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小結――帰るべき場所
シウリンの剣
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聖剣から発した金色の光は同心円を描いて四方に波及し、光に呑み込まれた黒い影は光に溶けるように消滅する。シウリンの一振りが起こした光の波は、葦の生い茂る湿原を撫でるように広がり、幾億もの光の粒となって魔物を消していく。邪悪な黒い影が、煌めく光の波に覆われて、輝く霧となって消えていく。
「な、なに今の!」
「――魔力が! あなたは魔力を体外に放出できないはずなのに――!」
それは、物理的な〈力〉に還元されていない、聖剣が帯びる聖なる〈魔力〉。だからこそ、実体のない魔物を消滅させられるのだと、アデライードは気づいた。
一方のシウリンは、その理屈に考えを巡らせる暇もなく、やみくもに聖剣を振り回す。数頭いた狐のような小型の獣の死骸は、光の波にのまれてガクンと頽れ、そして消えた。振り回しているうちに、何となく、僧院でジュルチ僧都に習った棒術の型を思いだしてやってみると、適当に振り回すよりもいい感じだった。
(そうだ、少し、重心の置き方が違うんだ、そう、上から下、下から右――)
気づけば無意識のうちに、シウリンは全く憶えのない剣の型をなぞっていた。ジュルチではない誰かに習い、身体に沁みつくほど繰り返してきたのか、シウリンの身体は勝手に動いていく。体内の魔力を巡らせ陰陽の〈気〉と交え、剣の聖なる力を引き出す。陰と陽の〈気〉を意識し、魔力を全身に循環させていく。
〈気〉の循環を意識して剣を振るえば、聖剣から発せられる光の威力はさらに上がり、光の波は遥か遠くまで届いて、黒い魔物の影を一掃していく。何となく体が覚えている型を一通りなぞり終えたときには、周囲の黒い影は全て消え失せていた。
聖剣を地面に突き刺して、シウリンが膝に両手をついて肩で息をする。
「はあ――」
がっくりと腰を落とし、灌木の幹に凭れて樹上を見上げた。
「何だったの、いったい、今の――」
アデライードが寄ってきて、シウリンに水を渡し、彼に寄り添う。太陽が西に沈んでいく。――しばらくは、魔物たちも眠りにつくはずだ。
「シウリン、よかった――」
「うん、とにかく君が無事でよかった――」
二人抱き合って無事を確かめあう。アデライードが半泣きで言う。
「ごめんなさい……役に、立たなくて……わたし、足手まといになってばかり……」
「アデライード、そんなことない、君がいたから僕はあそこまで走れたんだよ。君がいなかったら、たぶん、さっさと諦めて食われてたよ」
顔をくしゃっとさせて笑うシウリンを見て、アデライードも泣き笑いの顔になる。
咄嗟に聖剣を抜かなければ、二人とも死んでいた。でもアデライードの知る限り、聖剣を振り回しただけで、あれだけの魔力が放出されるようなことは、これまでなかった。――何か不思議な力があるのは間違いないとは思っていたが、剣を媒介に、彼の力を放出させるような、そんな場面は見たことがない。
聖剣をじろじろ眺めた挙句、ようやく左手に納めたシウリンを見ながら、アデライードは気づいた。
――シウリン、だから。
天と陰陽が、十年前の出会いからずっと、彼ら二人のことを見ているのだとしたら。
もともとこの〈聖剣〉は、ユエリンではなく、シウリンに与えられたものなのだとしたら。
――聖剣の本当の力は、シウリンだけが発揮できる。
すべてが、天と陰陽の意図の下に、初めから決められていたこと――。
「とにかく疲れたね、アデライード。どこか、休む場所を大急ぎで見つけなくちゃ」
シウリンに話しかけられて、アデライードが我に返る。
夕暮れの光の残る明るいうちに、今夜の塒をみつけなければならない。
シウリンはアデライードの手をとって、周囲を見回す。頭上では、エールライヒが誘導するようにクルクルと旋回している。
「こっちに来いって言ってるみたいだね? 信用して大丈夫かな」
シウリンの問いかけに、アデライードが首を傾げる。
「すごく利口な鳥だけど、鳥にとっては素晴らしい場所、とかかもしれないですね」
「……鳥の楽園って、湿原とかだったりするよね……」
そんなことを言いながら、二人は夕焼け空に向かって飛ぶ、黒い鷹について行く。東から藍色の夜が天を覆いいつつある時、地平線の上に帯のように残るオレンジ色の空を背景に、門がいくつも連なったような、王冠を逆さにしたような、巨大な建造物の影が二人の目に飛び込んできた。――草原の中に佇む、巨大な環状列石であった。
「うわぁ、なにこれ……」
ポカンと口を開け、二人は小走りに巨石に近づく。高さは二十プル(約六メートル)以上はあるだろうか。巨大な板状の巨石の上に、積み木のようにして巨大な板状の巨石が載る組石が円形に並んでいる。その場所は平であるし、倒れた石の陰で休むことができそうだった。そして何よりも――。
「泉があるわ!」
アデライードが叫ぶ。その環状列石の中央には石組みされた泉があって、周囲は小さな池になっていた。さっきの湿原から少し離れているけれど、伏流水があって、泉が湧き出しているのだろう。
早速、泉に駆け寄って冷たい水に手を浸しているアデライードを目の端に入れながら、シウリンは周囲を観察する。巨石は自然石を粗削りにしたような感じで、明らかに泉神殿よりも古い。太古というより、原始時代の人々が作ったものと思われた。
(……巨石を組んで……つまり、この泉を信仰していた宗教があったんだろうな)
泉神殿もそうだが、この辺りでは陰陽の教えが広まる以前は、泉を崇める宗教が信じられていたに違いない。
シウリンも泉に近づき、冷たい水で顔を洗う。口に含めば、清新な冷たさに生き返るような気がした。
「アデライード、今夜はここで休もう」
もう、ほとんど日が沈んで、二人の影がようやく判別できるだけだ。アデライードが、微かに頷くのを確認して、シウリンは背中のずた袋の中から魔導ランタンを取り出した。
「な、なに今の!」
「――魔力が! あなたは魔力を体外に放出できないはずなのに――!」
それは、物理的な〈力〉に還元されていない、聖剣が帯びる聖なる〈魔力〉。だからこそ、実体のない魔物を消滅させられるのだと、アデライードは気づいた。
一方のシウリンは、その理屈に考えを巡らせる暇もなく、やみくもに聖剣を振り回す。数頭いた狐のような小型の獣の死骸は、光の波にのまれてガクンと頽れ、そして消えた。振り回しているうちに、何となく、僧院でジュルチ僧都に習った棒術の型を思いだしてやってみると、適当に振り回すよりもいい感じだった。
(そうだ、少し、重心の置き方が違うんだ、そう、上から下、下から右――)
気づけば無意識のうちに、シウリンは全く憶えのない剣の型をなぞっていた。ジュルチではない誰かに習い、身体に沁みつくほど繰り返してきたのか、シウリンの身体は勝手に動いていく。体内の魔力を巡らせ陰陽の〈気〉と交え、剣の聖なる力を引き出す。陰と陽の〈気〉を意識し、魔力を全身に循環させていく。
〈気〉の循環を意識して剣を振るえば、聖剣から発せられる光の威力はさらに上がり、光の波は遥か遠くまで届いて、黒い魔物の影を一掃していく。何となく体が覚えている型を一通りなぞり終えたときには、周囲の黒い影は全て消え失せていた。
聖剣を地面に突き刺して、シウリンが膝に両手をついて肩で息をする。
「はあ――」
がっくりと腰を落とし、灌木の幹に凭れて樹上を見上げた。
「何だったの、いったい、今の――」
アデライードが寄ってきて、シウリンに水を渡し、彼に寄り添う。太陽が西に沈んでいく。――しばらくは、魔物たちも眠りにつくはずだ。
「シウリン、よかった――」
「うん、とにかく君が無事でよかった――」
二人抱き合って無事を確かめあう。アデライードが半泣きで言う。
「ごめんなさい……役に、立たなくて……わたし、足手まといになってばかり……」
「アデライード、そんなことない、君がいたから僕はあそこまで走れたんだよ。君がいなかったら、たぶん、さっさと諦めて食われてたよ」
顔をくしゃっとさせて笑うシウリンを見て、アデライードも泣き笑いの顔になる。
咄嗟に聖剣を抜かなければ、二人とも死んでいた。でもアデライードの知る限り、聖剣を振り回しただけで、あれだけの魔力が放出されるようなことは、これまでなかった。――何か不思議な力があるのは間違いないとは思っていたが、剣を媒介に、彼の力を放出させるような、そんな場面は見たことがない。
聖剣をじろじろ眺めた挙句、ようやく左手に納めたシウリンを見ながら、アデライードは気づいた。
――シウリン、だから。
天と陰陽が、十年前の出会いからずっと、彼ら二人のことを見ているのだとしたら。
もともとこの〈聖剣〉は、ユエリンではなく、シウリンに与えられたものなのだとしたら。
――聖剣の本当の力は、シウリンだけが発揮できる。
すべてが、天と陰陽の意図の下に、初めから決められていたこと――。
「とにかく疲れたね、アデライード。どこか、休む場所を大急ぎで見つけなくちゃ」
シウリンに話しかけられて、アデライードが我に返る。
夕暮れの光の残る明るいうちに、今夜の塒をみつけなければならない。
シウリンはアデライードの手をとって、周囲を見回す。頭上では、エールライヒが誘導するようにクルクルと旋回している。
「こっちに来いって言ってるみたいだね? 信用して大丈夫かな」
シウリンの問いかけに、アデライードが首を傾げる。
「すごく利口な鳥だけど、鳥にとっては素晴らしい場所、とかかもしれないですね」
「……鳥の楽園って、湿原とかだったりするよね……」
そんなことを言いながら、二人は夕焼け空に向かって飛ぶ、黒い鷹について行く。東から藍色の夜が天を覆いいつつある時、地平線の上に帯のように残るオレンジ色の空を背景に、門がいくつも連なったような、王冠を逆さにしたような、巨大な建造物の影が二人の目に飛び込んできた。――草原の中に佇む、巨大な環状列石であった。
「うわぁ、なにこれ……」
ポカンと口を開け、二人は小走りに巨石に近づく。高さは二十プル(約六メートル)以上はあるだろうか。巨大な板状の巨石の上に、積み木のようにして巨大な板状の巨石が載る組石が円形に並んでいる。その場所は平であるし、倒れた石の陰で休むことができそうだった。そして何よりも――。
「泉があるわ!」
アデライードが叫ぶ。その環状列石の中央には石組みされた泉があって、周囲は小さな池になっていた。さっきの湿原から少し離れているけれど、伏流水があって、泉が湧き出しているのだろう。
早速、泉に駆け寄って冷たい水に手を浸しているアデライードを目の端に入れながら、シウリンは周囲を観察する。巨石は自然石を粗削りにしたような感じで、明らかに泉神殿よりも古い。太古というより、原始時代の人々が作ったものと思われた。
(……巨石を組んで……つまり、この泉を信仰していた宗教があったんだろうな)
泉神殿もそうだが、この辺りでは陰陽の教えが広まる以前は、泉を崇める宗教が信じられていたに違いない。
シウリンも泉に近づき、冷たい水で顔を洗う。口に含めば、清新な冷たさに生き返るような気がした。
「アデライード、今夜はここで休もう」
もう、ほとんど日が沈んで、二人の影がようやく判別できるだけだ。アデライードが、微かに頷くのを確認して、シウリンは背中のずた袋の中から魔導ランタンを取り出した。
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