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6、新年の宴
宴のはじまり
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大広間に現れた総督夫妻の麗しさは、事前に売りに出された肖像以上で、列席する者たちはいずれも息を飲んで陶然と見惚れた。壇上中央に置かれた豪華な肘掛椅子に、まず総督のエスコートでアデライードが腰を下ろし、続いて恭親王が黒いマントを華麗に捌いて悠然と座る。その肩に黒い鷹が舞い降りた。
「総督にして恭親王殿下と、妃殿下に拝礼!」
トルフィンが帝国風の独特の抑揚で声をかけると、賓客たちは一斉に頭を下げる。恭親王が右手を上げて合図すると、トルフィンの指示で賓客は席に就くことが許された。やがて杯が配られ、酒が回る。正傅であるゲルが杯を持って壇に近づき、乾杯の挨拶をして宴が開始された。
アデライードが聖地を出て、女王国の側の貴族たちの前に出るのはこれが初めてである。
ユウラ女王の唯一の姫ながら幼少から聖地に閉じこめられた王女は、西の貴族たちの同情を集めてはいたが、イフリート公爵の強大な権力の前では、王女をナキアに迎えようと提案することは危険すぎた。このまま、あたら若い花が萎れるままに聖地で一生を終えるかと思われた王女は、〈聖婚〉によって東の皇子の妻となり、さらに唯一の〈王気〉持ち、正統なる女王の唯一の後継者として、西の玉座を要求しているのだ。そこにはイフリート家を排除するという、帝国と〈禁苑〉の思惑が絡んでいるものの、無力であった王女は、今やソリスティア十万の兵と宗教権威の後ろ盾を持つ、女王候補へと変身を遂げた。むしろ、イフリート公爵の娘として、将来の女王位を約束されていたはずのナキアの王女こそ、〈王気〉という龍種の証を持たぬ偽りの女王として、〈禁苑〉より糾弾を受ける身に転落したのだ。
白金色の髪と翡翠色の瞳という、始祖女王以来の女王家の特徴を示す輝くばかりの美貌は、存在するだけでその場の注目を集める。どこか儚げな雰囲気と、控えめな装飾の清廉な衣裳は、まさに天から降り立った月の精霊ディアーヌの再来であった。隣りに座る恭親王の端麗な容姿と、そのまま一対の神像のようにも見えて、改めてこの度の〈聖婚〉の夫婦の、太陽と月が並び立つような姿に、女王国ばかりか帝国の使者たちも感嘆の溜息をもらす。
皇帝よりの正使である大鴻臚卿ブライエ公爵が、結婚の承認の詔勅を読み上げ、アデライードを一品親王妃に叙す証としての玉飾冠を奉る。アデライードは言われていた通り、目だけで礼をしてその儀式は終わった。続いて東の皇后よりの結婚の祝いが並べられる。東の豪華な絹織物、螺鈿の楽器や道具、南方の珍しい香料、珊瑚、真珠、瑪瑙などの宝石たち。アデライードからの返礼として用意されていたのは、西方の特産である繊細なボビンレースのショール、西方の意匠が織り込まれた絨毯、西方の乳香、紅玉や緑玉の豪華な装飾品、そして豪華な金泥の施された手書きの彩色の『聖典』。もちろん、事前にセルフィーノと相談の上、恭親王が準備させたものである。
アデライードはいつの間にか、そんなものまで準備していた夫に驚いた。アデライードに負担をかけまいとの心遣いではあろうが、何もかもお膳立てされ、雛壇の上の人形のように飾り立てられるだけの自分が少し、情けない。
(仕方がないわ……何にも、できないんだもの。昨夜も「ガツン」を魔法の言葉だと勘違いしていたし、とにかく余計なことをしないで、座っていればいいと言われて当然だわ)
続いて、陰陽宮代表のメイローズが進み出て、今回の〈聖婚〉が〈聖剣の大婚〉であることを告げ、〈聖剣〉が本物であると保証する、と述べた。恭親王が立ち上がり、数歩前に出て左手を前に出す。掌から長大な剣が出現し、恭親王はそれを大広間の床に挿して、一同に示した。
どよめきが、大広間を揺るがせる。
どういう仕組みなのか。
呼び出した恭親王自身が不思議でしようがないのだから、誰にもわからない。
出てくるはずもない場所から出てきた剣の美しさに皆、度肝を抜かれ、ただただ〈聖剣〉を見つめるのみ。
ユリウスは年末の宴の際に実見済みであるが、エイロニア侯爵も、ユリウスの妻のイリスも、ヴェスタ侯爵とその妹ベルナデットも、〈聖剣〉と、それを掌から取り出した総督を、半ば口を開いて茫然と見る。とくにベルナデットは、はじめて直に見る恭親王の美貌と聖剣の神秘に、すっかりのぼせ上がってしまった。
「総督にして恭親王殿下と、妃殿下に拝礼!」
トルフィンが帝国風の独特の抑揚で声をかけると、賓客たちは一斉に頭を下げる。恭親王が右手を上げて合図すると、トルフィンの指示で賓客は席に就くことが許された。やがて杯が配られ、酒が回る。正傅であるゲルが杯を持って壇に近づき、乾杯の挨拶をして宴が開始された。
アデライードが聖地を出て、女王国の側の貴族たちの前に出るのはこれが初めてである。
ユウラ女王の唯一の姫ながら幼少から聖地に閉じこめられた王女は、西の貴族たちの同情を集めてはいたが、イフリート公爵の強大な権力の前では、王女をナキアに迎えようと提案することは危険すぎた。このまま、あたら若い花が萎れるままに聖地で一生を終えるかと思われた王女は、〈聖婚〉によって東の皇子の妻となり、さらに唯一の〈王気〉持ち、正統なる女王の唯一の後継者として、西の玉座を要求しているのだ。そこにはイフリート家を排除するという、帝国と〈禁苑〉の思惑が絡んでいるものの、無力であった王女は、今やソリスティア十万の兵と宗教権威の後ろ盾を持つ、女王候補へと変身を遂げた。むしろ、イフリート公爵の娘として、将来の女王位を約束されていたはずのナキアの王女こそ、〈王気〉という龍種の証を持たぬ偽りの女王として、〈禁苑〉より糾弾を受ける身に転落したのだ。
白金色の髪と翡翠色の瞳という、始祖女王以来の女王家の特徴を示す輝くばかりの美貌は、存在するだけでその場の注目を集める。どこか儚げな雰囲気と、控えめな装飾の清廉な衣裳は、まさに天から降り立った月の精霊ディアーヌの再来であった。隣りに座る恭親王の端麗な容姿と、そのまま一対の神像のようにも見えて、改めてこの度の〈聖婚〉の夫婦の、太陽と月が並び立つような姿に、女王国ばかりか帝国の使者たちも感嘆の溜息をもらす。
皇帝よりの正使である大鴻臚卿ブライエ公爵が、結婚の承認の詔勅を読み上げ、アデライードを一品親王妃に叙す証としての玉飾冠を奉る。アデライードは言われていた通り、目だけで礼をしてその儀式は終わった。続いて東の皇后よりの結婚の祝いが並べられる。東の豪華な絹織物、螺鈿の楽器や道具、南方の珍しい香料、珊瑚、真珠、瑪瑙などの宝石たち。アデライードからの返礼として用意されていたのは、西方の特産である繊細なボビンレースのショール、西方の意匠が織り込まれた絨毯、西方の乳香、紅玉や緑玉の豪華な装飾品、そして豪華な金泥の施された手書きの彩色の『聖典』。もちろん、事前にセルフィーノと相談の上、恭親王が準備させたものである。
アデライードはいつの間にか、そんなものまで準備していた夫に驚いた。アデライードに負担をかけまいとの心遣いではあろうが、何もかもお膳立てされ、雛壇の上の人形のように飾り立てられるだけの自分が少し、情けない。
(仕方がないわ……何にも、できないんだもの。昨夜も「ガツン」を魔法の言葉だと勘違いしていたし、とにかく余計なことをしないで、座っていればいいと言われて当然だわ)
続いて、陰陽宮代表のメイローズが進み出て、今回の〈聖婚〉が〈聖剣の大婚〉であることを告げ、〈聖剣〉が本物であると保証する、と述べた。恭親王が立ち上がり、数歩前に出て左手を前に出す。掌から長大な剣が出現し、恭親王はそれを大広間の床に挿して、一同に示した。
どよめきが、大広間を揺るがせる。
どういう仕組みなのか。
呼び出した恭親王自身が不思議でしようがないのだから、誰にもわからない。
出てくるはずもない場所から出てきた剣の美しさに皆、度肝を抜かれ、ただただ〈聖剣〉を見つめるのみ。
ユリウスは年末の宴の際に実見済みであるが、エイロニア侯爵も、ユリウスの妻のイリスも、ヴェスタ侯爵とその妹ベルナデットも、〈聖剣〉と、それを掌から取り出した総督を、半ば口を開いて茫然と見る。とくにベルナデットは、はじめて直に見る恭親王の美貌と聖剣の神秘に、すっかりのぼせ上がってしまった。
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