48 / 170
6、新年の宴
流血の後始末
しおりを挟む
「騒ぐなっ!」
ただその一言で、恭親王は広間の混乱を鎮めた。
御座の前で血に塗れた聖剣を提げて立つ恭親王の肩に、空中へ退避していた黒い鷹が舞い降りてきて、止まった。
「慮外者は成敗した。大事はない。……ゾラ、騎士たちを指揮して、他に襲撃者がいないか調べろ。ゾーイはこの場に残り、アデライードや賓客の安全を確保せよ。……ユーエル!」
恭親王が御坐近くまで走り寄ってきていた騎士に呼びかける。
「は!」
会場の警備を担当していたユーエルが御前に進み出て跪くと、恭親王は命じた。
「死体を片づけ、検分の上で後程報告しろ。……それから巻き添えを食った侯爵と妹御を奥に。後程十分なお詫びをするが、今はゆっくり休養していただけ。エンロン!」
会場の方から副総督が進み出る。すでに彼は会場の汚れを片づける要員を呼び寄せるべく、指示を済ませていた。
「一旦、休会にし、この場を清掃させよ」
「仰せのとおりに」
その間にも、ユーエルらの騎士たちは布で死体をくるんで担架に乗せ、切り落とされた手首も拾って運び出し、清掃人が素早く床に水を撒いて汚れを拭う。別の騎士二人が倒れた令嬢と侯爵を助け起こし、奥の賓客用の控室へと誘導する。見苦しいものがなくなって初めて、恭親王はアデライードに向き合う。ずっとアリナの背後に庇われていたアデライードだが、死体などの見苦しいものが片づけられると、アリナはその前を避けて、御座の背後で片膝をついて控える。
「大丈夫だったか、アデライード」
「……は、はい。わたしは、大丈夫です……その、他の方々に、お怪我は?」
「あなたのイトコたちが返り血を浴びてしまった。気の毒なことをしたな」
心にもない同情の言葉を口にする恭親王は、マントで防いで返り血は浴びていない。恭親王はアデライードを上から下まで検分するように見て、汚れていないことを確認して頷いた。シャオトーズが差し出した布で聖剣の血のりを拭き取り、左手に納める。血で汚れたマントも新しいものと交換した。
「イフリートの〈黒影〉でしょうか?」
「……一瞬だが、入れ墨を確認した。ユーエルの検分を待つまでもないだろうな」
ゾーイの質問に、恭親王が頷く。
「清掃が済み次第、宴会を再開させろ。ただし、警備は厳重に」
「承知いたしました」
トルフィンやゲルの指示で、何事もなかったかのように、宴は再開される。不測の事態にも表情一つ変えなかった恭親王に、エイロニア侯爵も見かけ通りの優男ではないと、認識を改める。
遠目に見ていたユリウスも、近づいた男が盆を投げ捨てた時はさすがに慌てて中腰になったが、恭親王が立ち上がってアデライードの前に動いたのを見て、すぐに腰を下ろした。とんでもないスピードで走り込んできた、あの言葉遣いの悪い騎士も、さすがの判断だと言わざるを得ない。東と西では騎士の練度に大いに差があるのは認めなければならないだろう。
「それにしても……イフリート公は本当に、アデライードを殺すことに拘っていますね。……ただ、アルベラを女王にするためだけとは思えない」
ユリウスの言葉に、エイロニア侯爵も眉を顰める。
この世界において龍種とは天の意を受けてこの世に下り、世界の陰陽を分かった天の御使いであり、天からこの世界の支配を委任された存在である。龍種の血は希少で、よほどの重罪であっても命を奪われることはなく、生涯幽閉されるだけである。〈王気〉のないアルベラが龍種とは認められない以上、アデライードは現在の残る、唯一の西の龍種なのである。その命を奪おうというのは、まさしく天と陰陽への反逆に他ならなかった。
月蝕祭での暗殺未遂により、〈禁苑〉はイフリート家に破門を突き付けたが、公爵は全ての罪を嫡子ギュスターブに押し付け、ギュスターブを廃嫡にすることでイフリート家全体が破門されることは切り抜けた。太陰宮にはイフリート公爵の主張に迎合する者も多く、またナキア周辺への影響を考えて、〈禁苑〉も今回限りとして破門を見送ったのだ。
あの後、恭親王の話に拠れば聖地の〈港〉を散策中に襲撃され、またソリスティアに到着した時に運河上で狙われたというが、だがその刺客がイフリート家の者だという確証は得られなかった。また恭親王曰く、イフリート家を完全に破門にしてしまえば、かえって彼らが〈禁苑〉に敵対する名目を与えてしまうことになるため、恭親王としてはアデライード襲撃の証拠を〈禁苑〉に訴えることはしない、という。
『破門されてしまえば、彼らは〈禁苑〉の掣肘を受けなくなってしまう。今はまだ、イフリート公も〈禁苑〉の徒だからな。彼らが名目的にも〈禁苑〉の教えを戴いている状況の方が都合がいいのだ』
以前、二人で〈陰陽〉の盤を囲みながら恭親王は不敵に笑ったが、イフリート公が〈禁苑〉の教えからの離脱を目論んでいるのはほぼ、間違いない。
「イフリート家は泉神殿と関わる家だ。本来、〈禁苑〉とは少しく系統の異なる信仰を持っていたとは言われるが、だが陰陽の教えは奉じているはずだ。破門も辞さないという公爵の行動は、理解しがたいな」
エイロニア侯爵も不審げに首を傾げる。イフリート公の生育歴も含めて、恭親王は徹底的に洗っているらしいが、そこから公爵の考え方が浮かび上がるのか。ユリウスが秀麗な眉を顰めていると、エイロニア侯爵がユリウスに耳打ちした。
「ヴェスタ侯爵兄妹が、返り血を浴びたことで後ろに下がっただろう。……あのご令嬢がこの機会を利用しないはずがない。以前、総督は据え膳は食う男だと言っていたが、この据え膳は食わない方がいい。西の貴族令嬢の純潔を奪うと、理由はともあれ結婚させられるが、東の男はそのあたりの考えが甘そうだ。婿殿から、総督に釘を刺しておいた方がいいぞ」
エイロニア侯爵の言葉になるほどと頷くところがあったユリウスは、宴がはけたら早々に、義弟に面会を申し出ようと心に決めた。
ただその一言で、恭親王は広間の混乱を鎮めた。
御座の前で血に塗れた聖剣を提げて立つ恭親王の肩に、空中へ退避していた黒い鷹が舞い降りてきて、止まった。
「慮外者は成敗した。大事はない。……ゾラ、騎士たちを指揮して、他に襲撃者がいないか調べろ。ゾーイはこの場に残り、アデライードや賓客の安全を確保せよ。……ユーエル!」
恭親王が御坐近くまで走り寄ってきていた騎士に呼びかける。
「は!」
会場の警備を担当していたユーエルが御前に進み出て跪くと、恭親王は命じた。
「死体を片づけ、検分の上で後程報告しろ。……それから巻き添えを食った侯爵と妹御を奥に。後程十分なお詫びをするが、今はゆっくり休養していただけ。エンロン!」
会場の方から副総督が進み出る。すでに彼は会場の汚れを片づける要員を呼び寄せるべく、指示を済ませていた。
「一旦、休会にし、この場を清掃させよ」
「仰せのとおりに」
その間にも、ユーエルらの騎士たちは布で死体をくるんで担架に乗せ、切り落とされた手首も拾って運び出し、清掃人が素早く床に水を撒いて汚れを拭う。別の騎士二人が倒れた令嬢と侯爵を助け起こし、奥の賓客用の控室へと誘導する。見苦しいものがなくなって初めて、恭親王はアデライードに向き合う。ずっとアリナの背後に庇われていたアデライードだが、死体などの見苦しいものが片づけられると、アリナはその前を避けて、御座の背後で片膝をついて控える。
「大丈夫だったか、アデライード」
「……は、はい。わたしは、大丈夫です……その、他の方々に、お怪我は?」
「あなたのイトコたちが返り血を浴びてしまった。気の毒なことをしたな」
心にもない同情の言葉を口にする恭親王は、マントで防いで返り血は浴びていない。恭親王はアデライードを上から下まで検分するように見て、汚れていないことを確認して頷いた。シャオトーズが差し出した布で聖剣の血のりを拭き取り、左手に納める。血で汚れたマントも新しいものと交換した。
「イフリートの〈黒影〉でしょうか?」
「……一瞬だが、入れ墨を確認した。ユーエルの検分を待つまでもないだろうな」
ゾーイの質問に、恭親王が頷く。
「清掃が済み次第、宴会を再開させろ。ただし、警備は厳重に」
「承知いたしました」
トルフィンやゲルの指示で、何事もなかったかのように、宴は再開される。不測の事態にも表情一つ変えなかった恭親王に、エイロニア侯爵も見かけ通りの優男ではないと、認識を改める。
遠目に見ていたユリウスも、近づいた男が盆を投げ捨てた時はさすがに慌てて中腰になったが、恭親王が立ち上がってアデライードの前に動いたのを見て、すぐに腰を下ろした。とんでもないスピードで走り込んできた、あの言葉遣いの悪い騎士も、さすがの判断だと言わざるを得ない。東と西では騎士の練度に大いに差があるのは認めなければならないだろう。
「それにしても……イフリート公は本当に、アデライードを殺すことに拘っていますね。……ただ、アルベラを女王にするためだけとは思えない」
ユリウスの言葉に、エイロニア侯爵も眉を顰める。
この世界において龍種とは天の意を受けてこの世に下り、世界の陰陽を分かった天の御使いであり、天からこの世界の支配を委任された存在である。龍種の血は希少で、よほどの重罪であっても命を奪われることはなく、生涯幽閉されるだけである。〈王気〉のないアルベラが龍種とは認められない以上、アデライードは現在の残る、唯一の西の龍種なのである。その命を奪おうというのは、まさしく天と陰陽への反逆に他ならなかった。
月蝕祭での暗殺未遂により、〈禁苑〉はイフリート家に破門を突き付けたが、公爵は全ての罪を嫡子ギュスターブに押し付け、ギュスターブを廃嫡にすることでイフリート家全体が破門されることは切り抜けた。太陰宮にはイフリート公爵の主張に迎合する者も多く、またナキア周辺への影響を考えて、〈禁苑〉も今回限りとして破門を見送ったのだ。
あの後、恭親王の話に拠れば聖地の〈港〉を散策中に襲撃され、またソリスティアに到着した時に運河上で狙われたというが、だがその刺客がイフリート家の者だという確証は得られなかった。また恭親王曰く、イフリート家を完全に破門にしてしまえば、かえって彼らが〈禁苑〉に敵対する名目を与えてしまうことになるため、恭親王としてはアデライード襲撃の証拠を〈禁苑〉に訴えることはしない、という。
『破門されてしまえば、彼らは〈禁苑〉の掣肘を受けなくなってしまう。今はまだ、イフリート公も〈禁苑〉の徒だからな。彼らが名目的にも〈禁苑〉の教えを戴いている状況の方が都合がいいのだ』
以前、二人で〈陰陽〉の盤を囲みながら恭親王は不敵に笑ったが、イフリート公が〈禁苑〉の教えからの離脱を目論んでいるのはほぼ、間違いない。
「イフリート家は泉神殿と関わる家だ。本来、〈禁苑〉とは少しく系統の異なる信仰を持っていたとは言われるが、だが陰陽の教えは奉じているはずだ。破門も辞さないという公爵の行動は、理解しがたいな」
エイロニア侯爵も不審げに首を傾げる。イフリート公の生育歴も含めて、恭親王は徹底的に洗っているらしいが、そこから公爵の考え方が浮かび上がるのか。ユリウスが秀麗な眉を顰めていると、エイロニア侯爵がユリウスに耳打ちした。
「ヴェスタ侯爵兄妹が、返り血を浴びたことで後ろに下がっただろう。……あのご令嬢がこの機会を利用しないはずがない。以前、総督は据え膳は食う男だと言っていたが、この据え膳は食わない方がいい。西の貴族令嬢の純潔を奪うと、理由はともあれ結婚させられるが、東の男はそのあたりの考えが甘そうだ。婿殿から、総督に釘を刺しておいた方がいいぞ」
エイロニア侯爵の言葉になるほどと頷くところがあったユリウスは、宴がはけたら早々に、義弟に面会を申し出ようと心に決めた。
14
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳
どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。
一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。
聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。
居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。
左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。
かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。
今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。
彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。
怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて
ムーライトノベルでも先行掲載しています。
前半はあまりイチャイチャはありません。
イラストは青ちょびれさんに依頼しました
118話完結です。
ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる