奇獲 ―あやとり― 【沙耶の章】

綾部 響

文字の大きさ
7 / 36
2.詩依良の表裏

あなた、一体だれ!?

しおりを挟む
「……え?」

 そう呟いて沙耶は身動ぎ一つ出来なくなった。彼女には、一体何が起こったのか正確に理解出来なかったのだ。
 目の前で起こった事象は、彼女の思考と行動を完全にフリーズさせるだけの威力があった。

「まったく……猫を被るってのも楽じゃねぇな。どうにも性に合わねぇ……」

 詩依良は首に右手を当てて左右に傾けると、その首からコキコキと音を鳴らした。

「……え?」

 沙耶の目と耳に新たに齎された情報は状況を改善するものでは無く、むしろ混乱を増大させる事となった。
 結果、再びポツリと呟きが漏れるだけで、再起動するまでには至らなかったのだった。

「しかしどこの学校に行っても同じ反応で面白味がねぇな。ま、俺がそう振る舞ってるんだから仕方ないんだけどな。……そっちの方が何かと都合が良いし」

 恐らくは一之宮詩依良と思しき人物が、ふぅーっと溜息交じりに頭を掻きながら呟いた。
 そんな彼女の言葉で、沙耶の意識も徐々に稼働していった。

 少なくとも沙耶の瞳に映りこむ目の前の女性は、彼女がさっきまで一緒に居た一之宮詩依良と同じ容姿、服装をしている。だから沙耶も、彼女が同一人物だと認識した。
 だが、理性的にそう考えても感情の部分がそれを否定し、決して認めようとしなかった。
 それ程いま目の前に居る、恐らくは一之宮詩依良と思われる女性から、沙耶が知る「一之宮詩依良」を感じさせる雰囲気がまるで無かったのだ。

 沙耶の見た所、目の前の女性は言葉遣いから行動から全てが下品で粗野だった。
 目の前で目を丸くし口を半開きのまま動かない沙耶を尻目に、一之宮詩依良と思われる女性は首元のリボンを緩めながら手摺の方へと歩いて行く。
 自分の眼前を横切る彼女を、沙耶は視線で追う事しか出来ないでいる。
 そんな彼女には気にも留めずに、一之宮詩依良は手摺に手を掛け、気持ち良さそうに風を受けていた。

「しっかし、屋上が人気の少ない場所だってのは有難いよな。大抵は陰気な場所が多かったからなぁ……」

 どんな時でも、学校で人気が少ない場所と言うのは当然陰気な場所になる。
 定番としては校舎や体育館の裏、運動部の部室裏などもあるが、どこも普通に学校生活を送っていれば関係者や用事のある者以外は行く事など殆ど無い場所だ。だからこそ、如何わしい連中の溜まり場として使用されるのだが。
 屋上と言う比較的生徒から人気のありそうなスポットだが、解放されている学校自体が珍しいのだ。その様な場所は、やはり人目を盗んで溜まり場にする者も多く、陰気な場所となりやすいと言える。

「おい。いつまで固まってんだよ?」

 未だに動く気配を見せず、詩依良の話にも何の反応も示さない沙耶に、屋上に吹く心地よい風を受けながら彼女は少し苛立った様な声を掛けた。

「……は……はい?」

 その声に漸く反応を示した沙耶の声は、裏返った間抜けなものとなっていた。
 しかし彼女の言葉に反応した結果、漸く沙耶は彼女と会話出来る思考を取り戻しつつあった。
 焦点が合っていなかった目を改めて詩依良に向けると、彼女からは呆れた様な、蔑む様な視線が向けられている。
 そんな表情も、詩依良がこの学校に来てから沙耶が初めて見るものだった。

「お前な、いい加減現実を直視しろよ」

 ヤレヤレといった感じで、溜息交じりに彼女は呟いた。

(現……実? ……現実? ……現実って……なんだっけ?)

 彼女の言う現実。
 沙耶の知る現実。
 いや、沙耶がこうあって欲しいと思う現実。
 頭の中で一生懸命に答えを探す沙耶だが、しかし明確な画像となって彼女に認識されなかった。
 そしてそれは、沙耶の表情となって表れた。
 彼女の面持ちには落ち着きが無く、視線もあちこちに泳いでいる動揺さえ失っていた。

「お前の目の前に居るのは、間違いなく今日転校して来た一之宮詩依良。教室の俺も、今の俺も同一人物だよ」

 そう言うと詩依良は、ニヤリと笑いながら親指で自分を指した。

「……同一……人物……?」

 沙耶の頭の中では、彼女の言う同一人物と言う言葉の意味を必死で探し出す作業が行われていた。
 しかし、どう考えても同じ人物像に当て嵌まらず、混乱に拍車が掛かるだけであった。

 一向に〝同一人物〟としての詩依良を見出せなかった沙耶が次に行った作業は、彼女がどうしてこうも違う人間に変貌したのかと言う事だった。

(……ひょっとして……二重人格!? この屋上に来た事で、もう一人の人格が目覚めたとか!? ……いえ、いっそ多重人格かもしれない。今の彼女はどう見ても男の子みたいだもん。……それとも……何か得体の知れない魔物に憑依されていて、目の前の彼女はその乗り移った魔物が現れ出ているのかもしれないわ! きっと本来の人格は抑え込まれて苦しんでいるのよ! ……あっ……ひょっとして……双子……とか!? 性格の違う双子が入れ替わるって話、マンガとかでよく見るし!)

 沙耶の中では定番と言うべきあらゆる妄想が、次々と浮かんでは流れて行った。

「……おい」

 更に自分を納得させる事が出来るシチュエーションを模索していた沙耶に、詩依良の冷めた声が投げ掛けられた。
 完全に自分の世界へと没頭していた沙耶は、その言葉にビクッと身を震わせて我に返った。

「言っとくけどな。俺は二重人格でも多重人格でもねぇ。更に言えば、何か得体の知れないものに取り憑かれてもいないし、ましてや双子でもないからな」

 つい先ほどまで沙耶が妄想していた事、その内容を殆どズバリと言い当てられ、沙耶は呆然として詩依良を見つめた。

(な、何で……考えてた事……分かったんだろ?)

 沙耶にしてみれば、まるで読心術を目の前で披露されたような気分だった。

「お前の考えなんて、だいたい分かるんだよ」

 そう言って、詩依良はニヤリと笑った。
 まるで自分の考えが程度の低いものだと言われている様で、沙耶は顔を赤くして縮こまってしまったのだった。

「さっきも言ったけど、今の俺も教室の俺も、どっちも本当の俺だよ。容姿がこれだからな。の方が周囲のウケも良いし、転校生としても受け入れられ易いんだ。何かと都合の良い事も多いしな」

 本当は嫌でしょうがないと言った様に、ウンザリとした表情で詩依良は言い捨てた。
 沙耶の目から見ても、確かにこちらの方が表情は豊かだし、自然に感じる部分が多かった。

 しかし、未だにその事実を受け入れられない沙耶が居た。
 それ程に先程までの一之宮詩依良は淑女然としており、万人が憧れる女性像だったのだ。
 それに今の一之宮詩依良は、どちらかと言うと……不良とかスケ番のそれだ。
 今まで人付き合いがなかった沙耶には、とのコンタクトは更に稀有であり、彼女の方も出来れば関わりたくないと思っていた人種でもある。
 自然、今の現実を否定したい部分が顔にも表れている。
 と、シュッと緩めていたリボンを締め直して、詩依良が沙耶に近づいた。

「貴女も……此方の方が良かったかしら?」

 そして小首を傾げて、ニッコリと微笑みながら沙耶に話しかける。
 沙耶の目の前には先程まで穏やかに、和やかに会話をしていた一之宮詩依良が出現したのだ。

「……あっ……」

 求め探していた者を漸く見つけた様に、沙耶は無意識の内に手を伸ばして近寄ろうとしていた。
 沙耶の思考には、先ほどまでの事が彼女の夢だったんだと上書きされそうになっていたのだが。

「ああ……ダメだ! やっぱこっちは耐えられねぇ。やってられっかよ」

 しかし、それは実行される事が無かった。
 即座に現れた暗黒面の一之宮詩依良が、それを許さなかったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...