奇獲 ―あやとり― 【沙耶の章】

綾部 響

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2.詩依良の表裏

儚く浅はかな思い

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 沙耶の、詩依良に向けて伸ばされようとしていた手が、怯えたように引込められた。
 目の前でその変貌ぶりを見せられては、その現実を受け入れない訳にはいかない。手品のタネを、直に見せられた気分なのだ。
 目を白黒とさせ最後にはやや失望の色も宿し出した沙耶を見て、詩依良は不機嫌そうな物言いを隠そうともせずに話し出した。

「……チェッ。……まあ、あんまり気にすんな。それに慣れる必要もねえ。こっちもここでの用事が済んだら、すぐにまた転向する予定だからな」

「……用事?」

 漸く受け入れた現実のショックから立ち直りつつあった沙耶は、彼女の言葉で気になる箇所を見つけて質問を返した。
 彼女が転校して来た事には理由がある様だったからだ。

「……ん? ……ああ、まあな。それでお前には俺に協力して欲しいんだ」

 詩依良の言い方は要望と言うより強要に近かったが、彼女の口からはくまでも「協力の要請」が紡ぎ出されていた。

「きょ……協力……?」

 先程から沙耶は、オウム返しに言葉を呟くしか出来ていない。それは勿論、一連のショックによる影響があったからだが、それとは別の理由も発生していたのだ。
 目の前の詩依良は、不愛想で粗野で下品な物言いをする、詩依良とは似ても似つかない人物であった。しかしそこに、怪しい美しさを沙耶は感じてしまっていたのだ。

 それもその筈で、元の母体は女神の如き容姿の一之宮詩依良である。性格が変わったと言っても、外見まで変わった訳では無いのだ。
 そして纏う雰囲気が変わる事で、同一人物でも別人と見紛う事は確かにある。
 白が黒に変わったのだが、それが悪い結果を齎すばかりとは限らないのであった。中には質が変貌を遂げた事で、全く違う良さが現れる事もあるのだ。
 目の前の詩依良も正にそれであり、その悪魔的な美しさは、容赦なく沙耶の心を絡め取ろうとしていた。女神的な美しさだった彼女を先に見ておかなければ、恐らく虜となっていただろう。
 だが耐性は多少あった沙耶だが、免疫は流石に付いていない。だから彼女の要請に、沙耶の考えは拒否や疑問の類を投げ掛ける事すら思いつかないでいたのだ。

「ああ……。この学校に怪異の影響を受けている奴が居る。それを調べて処理すれば、ここでの俺の用事は終了だ。お前にはその手伝いをして欲しいって事だな」

 しかし沙耶が見惚れているのを、詩依良は先程のショックから来るものと、自分の説明不足に理解出来ず呆けているのだと思ったのか、彼女は続けて補足説明をした。

「……手伝い……? えっ……? ……カイイって……?」

 初めて聞く言葉に、沙耶はやはりオウム返しするしかなかった。

「あぁ……そこから説明か……。面倒くせえなぁ……」

 頭をガシガシと書いて呟く詩依良は、心底面倒臭そうだった。

「怪異って言うのは、平たく言うと天使とか悪魔とか妖怪幽霊、そう言った人間でない何かの総称だ」

 彼女の口から、到底詩依良に似つかわしくない単語が紡ぎ出された。

「……悪魔。……妖怪。……天使?」

 それらは一般的に空想の産物として認識されており、現実には存在しない、非現実的な亜人種である。
 もし沙耶が一般人と同じだったなら、詩依良が口にした事全てを一笑に付していたかもしれない。高校生にもなって、天使だ悪魔だ魑魅魍魎だ等、しかもそれが現実に存在するかの様な口振りならば尚更だ。

 ―――しかし、沙耶にはそれらが見えている……。

 天使や悪魔、妖怪などには会った事も無いが、霊ならばいつも……今も見えている。
 沙耶にとってそれは現実なのだが、他の人にとっては〝居てはならない者〟であり、彼女が今の状況にあるのもそれらが見える事に起因しているのだ。
 だから沙耶の呟きも、別に信じられないから出た言葉では無い。ただ自分が見た事がなかっただけで、それほど多種多様に存在するとは考えもしなかったのだった。

「意外か? まあ、悪魔や妖怪は兎も角、天使まで『怪異』って括りには違和感があるかもな。だいたい天使って言えば人間を導く、言わば人間に味方する存在と認識されているからなぁ……」

 しかし詩依良は、沙耶の呟きをそうは取らなかった様だった。
「怪異」と言う、一種イメージの中に、天使と言うのイメージが含まれている事に疑問を感じたのだと思った様だった。

「でも天使だって、必ずしも人間の味方って訳じゃねぇんだ。その場で堕天する奴もいるしな。逆に忌み嫌われがちな妖怪も、人間に仇成す悪い奴ばかりじゃねぇんだぜ?」

 その言葉を、沙耶は驚く程すんなりと受け入れる事が出来ていた。

 沙耶は思わず喉を鳴らしてしまった。何だか想像もつかない話になって来たのが分かったからだ。

「それで、だ。そう言った人間に害を及ぼす輩を俺達が……まぁ端的に言うと退治するって訳だな」

 沙耶の心はもう、詩依良の豹変に付いても、彼女が超常現象に対している者であると言う事にも、天使だ悪魔だ魑魅魍魎だと言う言葉が飛び交っている事にも向いていなかった。
 ただ昔からほのかに望んで事を……が詩依良の口から漏れ出るのを期待し、待ち望んでいたのだ。
 そしてそれもここまで来れば、あながち非現実的と言う事でも無くなってきていたのだ。

「この学校に、かもしれない人物が居る……と言う事が確認されている。その人物の近辺に探りを入れて、必要ならば介入していくんだ。その手伝いをお前に……」

「私に手伝って欲しいんだね!」

 詩依良の言葉が終わる前に、沙耶は言葉を被せた。その目は輝き、大きく身を乗り出して、詩依良に肉迫する勢いだった。

「ま、まぁ……そうなんだが……」

 流石にその尋常ならざる迫力に、詩依良も数歩たじろいでしまった。

「その事で、私の力が必要なんだね!?」

 いつも考えている事が沙耶にはあった。
 そんな事は有り得ないと思いつつ、その反面そうあって欲しい……きっとそうなんだと思っていた事が。

 ―――何故、自分には霊達を視る事が出来るのか。

 それも感じるとか、薄っすらと視える程度では無い。ハッキリと、まるで生きている普通の人達と同じ様に視る事が出来るのだ。

 霊達は総じて人間とは違う雰囲気を纏っており、一見して見分けがつかないという事は無い。
 しかし浮遊霊や地縛霊などは、普通の人間と何ら変わらない姿で存在している事が多く、沙耶の目には割と普通に人間社会へと溶け込んでいる様に視えていた。
 そこまでハッキリと視えるのだ。これはきっと特殊な力に違いないと沙耶は考えていたのだった。

 あの時「彼」に迷惑をかけた罰として、今の境遇があるのは彼女も受け入れている。しかしその原因となったこの力さえ無ければ、罪を犯し、罰を受ける事は無かった筈だった。
 だが物事には、理由が存在している筈である。もしも理由が無くとも、何とかしてそれをこじつけたがるものだ。
 沙耶は自分にこんな力があるのには、きっとその理由があると考える様になっていたのだった。

 皆に怖がられ、気持ち悪がられ、誰も近づかない生活が10年近く続くのも。

 陰口を叩かれ、噂を流され、存在するだけで迷惑を振りまくかの様な扱いとなっていた事も。

 それはきっと、この時の為。
 一之宮詩依良に選ばれる為に。
 その為の今までだったのだと思いだしていたのだ。

(そう……私は……私は……!)

「ああ、お前の力は要らない」

 選ばれた者だったんだ! と心の中で叫んだ瞬間、それを全否定する言葉が詩依良の口から投げ掛けられたのだった。

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