奇獲 ―あやとり― 【沙耶の章】

綾部 響

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3.異霊の暗翳

ユウキ

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 確かに沙耶は女性霊の霊障を受けて、危うく命を落としそうになったのだ。その時女性霊に、その気があったかどうかに拘らず……である。
 詩依良の言葉にハッとした表情で、女性霊は未だ尻餅をついて起き上がれない沙耶を見下ろした。だがその眼には哀しみが湛えられており、詩依良の話を受け入れた様に沙耶には視えた。
 そして無言で向けられる哀しみを湛えた紅い眼を、沙耶も視つめ返していた。

「……それにこれは……余り言いたくなかったんだが……このままだと、間宮悠人自身にも悪影響が出るぞ。いや、もう出ているかもしれないな……」

 そう話す詩依良も言い難そうだった。
 本当はこんな脅しめいた事を言いたくは無かったのだろうが、それが事実とあれば仕方ない事だ。
 それにこの話が、女性霊を説き伏せるにも効果的だったのは言うまでも無い。詩依良の言葉を聞いた女性霊の体が、ビクリッと怯えたように跳ねた。
 そして、恐る恐る詩依良の方へ視線を向ける。

「それ……は……どういう……」

 発する言葉にもその怯えは含まれていた。
 守りたい筈の悠人に、自分の影響が……しかもそれが悪い形で干渉する等と聞かされれば、怯んでしまうのも無理のない事だった。それこそ、最悪の本末転倒だ。

「実際に影響がどんな形で現れるのかは俺も分からん。ただ、これだけ現世の者に影響を与える力があるんだ。主たる間宮悠人だけが例外なんてありえないだろう?」

 その説明は、女性霊にとって決定的であり衝撃的であった。
 それが本当に表面化してしまったのなら、自分の存在意義が霧散してしまう。主を守りたい為にこの世へ残ったと言うのに、その対象を害する等あってはならない事だった。

「……分かりました」

 決心したのであろう女性霊は、静かに、そう小さく呟いた。詩依良を見つめるその紅い眼にも、もう迷いは感じられなかった。

「それで、私達はどうすれば良いのでしょうか?」

 そして詩依良に今後の対策を問いかけた。

「私達?」

 だが沙耶はその言い方に少し疑問を感じた。いや、ずっと疑問に思っていた。


 沙耶のイメージでは、目の前の女性霊も彼女の本体も、元は一つの霊である。
 今は〝分身〟と言う方法で二分していたとしても、元が1つに繋がっている以上、私達と言った言葉を使うのには少し違和感があったのだ。
 沙耶が呟いた疑問に、女性霊は優しい眼差しを向けて答えた。

「私は本体である御方様が分身を使い作った、いわば使い魔のような存在。ですが私と言う1体の霊でもあります。御方様と同じ目的、同じ思考ではありますが、個々に意識を有しており、全てを本体と共有している訳ではありません。ですから今伺った話は、改めて御方様に説明し判断を仰ぐ必要があります」

「だから私達なのかぁ……」

 女性霊の説明に、沙耶は漸く理解する事が出来た。1つの霊から分裂して出来た霊体とは言え、彼女達はそれぞれが別個の意志を持つ、別々の霊なのだ。
 ゆっくりと頷く女性霊を見て詩依良が話を続けた。

「……出来れば成仏して欲しい。それが無理なら……封印してやる」

 本来、生命が停止した者は成仏と言う形で昇天する。それは漠然と知っている人間の常識であり、また真実だった。
 未練があり、この世にしがみ付いた霊も、その本懐を遂げたならばやはり成仏する。そして、霊自身が全てに納得した場合も同様だった。
 成仏と言う形が本来は自然であり、他者の手を借りて昇天するのは本当では無い。また、それが強制的になってしまっては意味も無い。

「フフッ……優しいのですね」

 それが理解出来たのだろう女性霊は、柔和な表情で笑い声を漏らして呟いた。

「フンッ。その方がこっちとしては楽なだけだ」

 そっぽを向いて答える詩依良の顔は少し赤らんでいる。

「……分かりました。その旨、御方様に伝えます。貴女方は、後から悠人の家へ来てください」

 女性霊の言葉を聞いて、詩依良は彼女の周りに展開していた光の檻を解除する。それを確認した女性霊は、詩依良に向き直り丁寧にお辞儀した。

「ありがとうございます。それから私の名は『ユウキ』と言います。短い間になると思いますがお見知り措き下さい」

 そう言って顔を上げたユウキに、迷いの表情は一切伺えなかった。

「それがお前の〝真名〟か? しかしそれを俺達に教えても良いのか?」

 詩依良はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてユウキを見る。
 沙耶にはすぐに分からないが、恐らくユウキにとっては大事な事なのだろう事は察する事が出来た。

「構いません。これは貴方に対するお礼でもあります。気付かせてくれてありがとうございました。それに……この名も、すぐに意味のないものへ変わってしまうでしょうから。……それでは後程」

 そう言ってユウキは再び優雅な所作で頭を下げ、今度はその姿のままその場から消え失せてしまったのだった。

「……ねぇ、詩依良ちゃん。真名って何?」

 二人の会話を黙って聞いていた沙耶は、ユウキが消えたタイミングで詩依良に問いかける。

「ん? ああ、真の名と書いて真名って言うんだ。森羅万象、、真なる名とはその者を縛る強力な呪力を秘めている。特に怪異は真名を知られる事で、封印されたり、消滅させられたりするリスクが高くなるからな。よっぽどの事が無い限り、己の真名を他言する事は無いんだ」

 その説明から、ユウキが詩依良を信用した事が伺えた。言い方は今一つだが、ユウキは詩依良にとっての、〝まな板の上の鯉〟に自らなったと言える。
 しかし彼女の頭の中に、もう一つの疑問が湧いて出てきた。

「でも彼女……ユウキさんは、すぐに意味がなくなるって言ってたよ?」

 それほど重要な事を詩依良に伝えたのならば、それがすぐに意味の無くなるものとはならないのではと沙耶は思ったのだ。

「それは……ユウキが考えたのは、本体と合流したその後、本体に再度取り込まれるか、共に成仏すると言う意味だろう。どちらにせよ、〝ユウキ〟と言う存在はこの世からいなくなってしまうのだから、すぐに意味がなくなるってのはそう言う理由からだと思うぞ」

 少し言い辛そうに、詩依良は沙耶へ説明した。
 少なくともユウキは性根の悪い霊では無かった。結果的に沙耶を害してしまったが、それも意図しての事では無い。
 彼女の口調や素振りは、違う形で出会えていたなら、友好関係を築けるのではないかと思わせるものだったのだ。

「そうなんだ……」

 自分自身、先ほど殺されかけたのだが、沙耶は寂しい気持ちになっていた。自然とその言葉にも元気がなくなり、尻すぼみに小さい声音へとなっていた。

「それよりいつまで座ってるんだよ。とにかく間宮悠人の家へ行くぞ」

 意気消沈していく沙耶の気を逸らせる為なのか、殊更にぶっきら棒な物言いでそう言い放った詩依良は、クルリと踵を返して来た道を戻ろうとする。勿論、間宮悠人の家を知っている訳も無く、何となくこの方向だろうと思っての行動だった。
 しかし詩依良にそう声を掛けられても、沙耶は立ち上がろうとしない。それどころか、モジモジと恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

「あ……あの……」

 そして何かを口にしようとするが、モゴモゴと言葉を濁すだけで、一向にしっかりとした言葉を発せないでいる。

「何やってんだよ? 置いてっちまうぞ」

 そこに詩依良の催促が飛んで来た。
 その言葉通り、彼女は沙耶を置いて歩を進めようとしていた。

「あ、あのね……こ、腰が……抜けちゃった……みたい……」

「はぁ!?」
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