奇獲 ―あやとり― 【沙耶の章】

綾部 響

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5.一杯の想いを抱いて

奇獲師 詩依良

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「やめろっ! 俺の話を聞けって!」

 繰り出される攻撃をかわしながら、猫霊に向かって詩依良が叫ぶ。

 先程からこの場では、激しい戦いが繰り広げられていた。周囲には猫霊の攻撃だろうか、大きく破壊された家屋や道路の跡が無数にあった。
 本来ならば霊体からの攻撃も、その霊体を攻撃する為の霊気も、物理的に周囲の建物を破壊する事は無い。また、常人には猫霊もその攻撃も、詩依良の繰り出す猫霊への攻撃も見る事が出来ない筈だ。
 これが現界での戦いならば、それは一見すればただ詩依良のみが走り、跳び、叫んでいる、まるでアクション映画の撮影か、見ようによっては大道芸に映るだろう。
 だがこの瞬間も、詩依良と猫霊の間では激しい攻防が繰り広げられており、その度に何かしらの建物が破壊され、道路等には大きな穴が穿たれていた。

 ここは現界では無い。

 結界内の怪異だけを別世界に転移した異界なのだ。
 街並みや道筋まで現界のそれをしっかりと再現されているが、それらは全て現界の物質では無い物で形作られている。それ故に、霊体の攻撃で破壊されるのだ。

『うるさいっ! 悠人は私が守るっ! お前こそ、私達を放っておいてっ!』

 詩依良の霊体に直接響く猫霊の言霊。霊体との会話には、この言霊を使うことが多い。
 口から発する言葉では種族の違いで言葉が通じない事が多いが、霊体に直接働きかける言霊ならばその心配はない。
 もっとも、言霊本来の使い方はまた別の所にあるのだが。
 当然詩依良も、己の言葉に言霊を乗せて発している。
 ただ言葉を発するだけの会話と比べて、言霊は色々なものが相手に伝わってしまう。詩依良の言葉が虚言でない事は、猫霊も理解している筈だった。
 だが呼びかける詩依良の言葉に、猫霊は耳を貸そうとしない。それどころか、猫霊の攻撃は一層激しさを増す。

「今のお前では間宮悠人を傷つけるだけだっ! 何でそれが分からないっ!」

 詩依良の心意を込めた言霊を受けても、やはり猫霊は聴こうとしていない。


 詩依良が今対峙し、戦い、言葉を交わしているのは……件の猫霊である。ただし、一般的な猫や猫の霊と言った姿をしていない。
 美しい……と言って良い顔立ちをした、一目見るだけでは落ち着きのある大人の女性。
 紫色の瞳と、それと同じ色をした着物に身を包んでいる。
 両手を行儀よく身体の前で合わせ、ピンと背筋を伸ばしたその姿は怪異のものとは程遠い。

 しかし、それも良く見れば人のそれとは大違いであり。

 頭の上には2つの耳が。お尻の辺りからは尻尾が3本生えていた。
 この様な場所でコスプレをする趣味があるのでなければ、彼女が異形の者である以外に考えられない事だった。

 そして、最も人らしからぬ部分が……その表情だ。

 確かにこの猫霊は、美麗と言って良い面立ちをしている。
 しかしその表情は怒りを孕み、憎しみを纏い、とても人の作り出せるものでは無かったのだった。
 そして何よりも、彼女の纏う尋常でない……霊気。
 妖気と言っても良いその禍々しい霊気は、例え霊感が低い者でも思わず後退ってしまうに違いない。
 その猫霊が、手を動かす代わりに尻尾を振るう。ただそれだけで、圧縮され刃と形成された霊気が詩依良を襲っていた。


 道路に大きな穴を幾つも穿ち、建物をバターの様に易々と斬り裂く攻撃を、詩依良は美しい円を猫くかの様な側転で華麗に躱している。
 5撃、10撃と連続で繰り出される猫霊の霊刃を連続回転で避け、猫霊が最後に放った攻撃を一際大きく側方に移動し、詩依良は猫霊から距離を取った。

「やめろっ! お前を消し去りたくないんだっ!」

 猫霊を思っての言葉だったが、に詩依良の意図など伝わらない。

『私は悠人を守るっ! その私に害をなすお前は悠人の敵だっ!』

 再び猫霊が尻尾を連続で振るう。詩依良も再度、連続側転で躱していく。しかし先程の攻撃とは違い、詩依良の着地を先読みした猫霊が、霊刃とは違う霊気塊を攻撃に織り交ぜて放った。
 タイミング良く繰り出された猫霊の霊塊は、詩依良の着地予定付近を巻き込んで爆発を起こす。さしもの詩依良も、線ではなく面で攻撃をされては全てを往なす事など出来ない。

「チッ!」

 着地と同時に詩依良へと襲い掛かった爆発を、いつの間に用意したのか彼女は両手指の間に張った糸を身体の前に翳す事で防ぐ素振りを見せ。
 その指間に張った糸が盾と化したかのように、その一切を防御して見せたのだった。

「こんの……わからず屋がっ!」

 更に猫霊の攻撃は続いた。3本の尻尾が、不規則に追撃を仕掛け続けている。
 詩依良はその猛攻を躱し、防いで、凌ぎ続けていた。
 一連の攻撃を受けきった詩依良は、猫霊から再度大きく距離を取った。

「このままじゃあ埒が明かねぇ」

 ババッと手にした紅い糸を体の前で複雑に組む。殆ど一瞬で、糸で形作られた格子が彼女の両掌間に出来上がった。
 手と手の間で張り巡らされた格子の中に、詩依良は猫霊の姿を捉え。

かんっ!」

 発した詩依良の声に、その糸が光を発して反応する。同時に猫霊の周りを光の檻が取り囲む。
 それは、ユウキの動きを止めた光の檻とそっくりだった。

『ガッ! グワァアアアアッ!』

 そしてユウキの時と違い、詩依良は猫霊を取り囲む檻の大きさに余裕を作らなかった。
 猫霊を捕えるだけで考えれば明らかに小さすぎる光の檻が、彼女の体を窮屈に押さえつけようとする。
 光の檻と猫霊の体が触れる所から、霊気の火花が飛び散った。
 猫霊の叫び声からも、それは彼女にダメージを与えている様だったのだが。
 しかし一際大きい火花と共に、光の檻が内側からは弾け飛んだ。猫霊が力ずくで檻を破壊したのだ。

「チッ! やっぱりじゃあダメかっ!」

 詩依良は、己の読み違いに毒づいた。


 猫霊の力が増大の一途を辿っていたのは、沙耶の話や実際猫霊の発する霊気を見た事で詩依良もある程度理解していた。だが実際に会話をしたと言うユウキの話から、まだ説得が有効かとも思っていたのだ。
 しかし実際の猫霊はすでに悪霊化の一歩手前であり、ゆっくりだが無制限に霊力を膨れ上がらせている。
 今、では、容易にダメージを与える事は出来ない程となった。

『きさまぁっ!』

 そして今放った詩依良の攻撃で猫霊の怒りは更に強くなり、先程よりもさらに苛烈な攻撃が詩依良に降り注いだのだった。
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