気ままに陰陽師!

海月大和

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第一話

12.心持つがゆえ

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 ぱしん、という軽い音が響く。

「何っ!?」

 頭上の白玲が狼狽する気配がする。

 彰はそれをはっきりと感じ、自分の企みが成功したことを知った。

 かくんと菜央の膝が落ち、身体が前へ傾く。菜央に意識はない。あの倒れ方では頭を打ってしまう。

 危ない。と思った途端、体が勝手に動いていた。菜央に覆いかぶさるように抱きつき、自分の背中から地面に倒れるよう、体を捻る。

 背中に衝撃。地面は思いのほか硬かった。

「おのれ……。貴様らはまたっ……!」

 大きく後方へ弾かれ、地に降りた白玲は、唇を白くなるほどに噛み締めて恨みの声を絞り出す。その恨みの矛先は当然、彰へ向かった。

 激昂した白玲の背後で炎の柱がいっそう火勢を強める。赤々と燃える尾が大蛇のようにうねり、今にも襲い掛からんとするとき、彰の懐から飛び出る影があった。

「勘九郎っ!」

 兄たちに劣らぬ瞬発力を見せた勘九郎が瞬く間に白玲に肉薄し、尻尾の鎌で一撃を加える。

「ぬ、ぐっ、このっ――――邪魔だ!!」

 勘九郎の鎌は狐面を僅かに削り、彼女を怯ませたが、即座に逆上した白玲の腕でなぎ払われ、床をボールのようにバウンドして転がっていった。

 ぎょろり。

 割れた面から覗く白玲の瞳は、狂気を宿している。その瞳に射抜かれ、彰は全身を硬直させた。勘九郎の安否を気遣う間も無く、憎しみを乗せた炎が彰に襲い掛かる。

「……っ!」

 彰は気絶している菜央の盾になるため、炎に背を晒した。

 ひゅお、と耳元で風が鳴る。銀色の軌跡が奔り、盛大に炎が弾けた。

 真っ赤な大蛇はその身を散らし、熱を含んだ風が彰へと吹き寄せる。気が付けば、彰と菜央を守るように、与一と小次郎太が立ち塞がっていた。

「あまり、無茶をしないでくれ」

 静かな声が、倒れたままの彰の脇を通り過ぎていく。薄紫色の光が、蛍のように揺れていた。

「心臓が止まるかと思ったよ」

 白玲の前に立った二宮は、首を回して後ろの彰へ視線を寄越す。言葉とは裏腹に、彼は余裕たっぷりの涼しげな微笑を浮かべていた。

「……嘘つけよ」

 自然と軽口がこぼれ出る。安堵とともに、彰は自分の役目が終わったことを感じた。

「嘘じゃないんだけどなぁ」

 困ったように頬を掻いて、二宮は微笑を苦笑に変えた。その横では、与一と小次郎太が白玲へ睨みを利かせている。

「さて……」

 笑みを消し、真顔になった二宮は白玲へ向き直った。

「終わりにしようか」

 冷徹とも取れる落ち着いた声音で彼は言い、無造作に白玲に近付いていく。

「ふざけるな!」

 白玲は叫んだが、そこに先ほどまでの鳥肌が立つような圧力はない。炎の尾も、振るった端から二匹の鎌鼬によって斬り飛ばされた。二宮には掠りもしない。

 無人の野を往くがごとく歩みを進めた二宮は、白玲の眼前に辿り着くと、緩やかな動作でもって彼女に札を突き付けた。

 白玲は二宮を親の仇でも見るような目で睨み付けていたが、やがて、ふっとその肩から力を抜いた。

「わしを滅するか? それとも、またあの祠へ封ずるのか?」

 割れた面から覗く瞳は、疲れ果て、諦めた者のそれ。あれほどに燃え盛っていた憎しみの、残り火すら見いだせなかった。

 二宮は黙して答えない。

「二度も封じられるなど耐えられぬ。殺せ」

 白玲はもう抵抗するつもりがないのか、自身の尾を消し、二宮をひたと見つめて告げた。炎の尾に照らされ、一時明るかった空間がまた元の薄暗い闇に戻る。蝋燭の僅かな灯りが、対峙する二人が闇に埋もれることを辛うじて防いでいた。

「君は、どうして人の姿をとる?」

 沈黙を破り、二宮が問う。問いの内容は、話しの流れにまったく沿わないものだった。

「何?」

 ぽつりと脈絡のない言葉を零す二宮に、白玲は訝しむような視線を向ける。

「君の本来の姿は狐だろう。なぜ不便な人間の形をとる?」

 気分を害したのか、白玲は口元を固く引き結ぶ。

「その姿に想い入れでも?」

 感情を乗せず、淡々と二宮は問いを重ねた。

「白玲というのも本当の名前じゃないだろう? でなきゃ、妖が自分から名を明かす筈がない。それに――」
「何をごちゃごちゃと……。わしを滅するならば早くやれ。封ずるというのなら、いま少し抗わせてもらう」

 痺れを切らし、二宮の言葉を断ち切る白玲。その声には、もうぞっとするほどの凄みはなかった。ただ、退けぬ矜持があるだけだ。

 彰は妙な気分に襲われていた。怒り狂い、人を焼き殺せるほどの炎を操って自分を殺そうとした白玲は本当に恐ろしい存在だった。

 だが、今ああして二宮と言葉を交わしている白玲には、なんら恐怖を感じない。炎さえ出さなければ、見た目には人間と大差ないためだろうか。

 取り留めのないことを考えていた彰の腕の中で、菜央がなにごとかを呻いた。意識が戻ったのかと菜央を見るが、どうやら寝言のようだ。発音が不明瞭で、何を言っているかは聞き取れなかった。

「菜央さんの様子はどうですか?」

 声と一緒に、伸ばした彰の足に重みが加わる。

「勘九郎! 無事だったのか!」

 いつの間に近付いたのか、勘九郎は彰の膝の辺りに前足を乗せ、菜央の顔を覗き込んでいた。

「ええ。このとおり、ぴんぴんしてますよ。菜央さんも大丈夫のようですね。池永さんは、怪我とかしてませんか?」
「いや、全然」

 怪我らしき怪我は皆無だ。強いて言えば、菜央を抱えて地面にダイブしたときに、背中を打ったくらい。それもたいした痛みではなかったし、もうその痛みも引いた。

 勘九郎は、そうですか、と何故かちょっぴり残念そうな表情で言って、二宮の方へ顔を向けた。

 向かい合う二宮と白玲の間には、さっきから妙な沈黙が保たれている。二宮はどうして何もせずにいるのだろうか。白玲に抵抗の意志はなさそうだし、もう決着は付いている筈なのに。

「見定めているのでしょう」

 疑問が顔に浮かんでいたのだろう。勘九郎が彰を見て短く言った。

「見定める?」

 鸚鵡返しに答えた彰にそうですと勘九郎は頷いた。それから視線を二宮たちに戻して誰に聞かせるでもなく呟く。

「妖にも心はありますから」

 どういう意味かと彰は尋ねたかったが、静かに様子を見守っている勘九郎の後ろ姿を見ると、声を掛けるのは憚られた。

「どうした! 何故さっさとわしを消さぬ!」

 怒声が響く。苛立ちを隠すことなく、白玲が声を荒げた。

「これ以上、人に害を為さないと言うなら――」

 懇願する響きさえ含んだ彼女の叫びを受け止めた二宮は、

「君を滅する必要はない」

 突きつけていた札を下ろし、落ち着いた声で告げた。役割を終えた札から光が消える。

「な……にを……貴様は言っている……?」

 白玲は瞠目し、呆然と呟いた。まるで絶対だと信じていた前提があっさりと覆った、といった驚きようだった。

「わしを殺さぬというのか」
「そのつもりだよ」

 驚愕から立ち直り、疑心をありありと浮かべた口調の白玲に、二宮は冷静に言葉を返す。白玲は馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「人間の言うことなど信じられるものか。貴様ら人間は平気で騙し、裏切る」

 二宮を見据える白玲の瞳には、抑え切れない負の感情が燻っている。

「信じろ、とは言わない」

 持っていた札をしまうと、二宮は新しい札を何枚か取り出し、手馴れた様子で筆を滑らした。指に挟んだ十枚の札全てを十秒とかからず完成させた二宮は、

「けど、もし僕の言ったことが嘘じゃなかったら、もう人間を傷付けようとはしないでほしい。これなら、君も納得できるかい?」

 と穏やかに白玲に問うた。

 二宮の真意を図ろうと、白玲は無言で彼の表情を探る。しばらくの間、じっと二宮を見つめていた彼女は、やがて諦めたように目を閉じて疲れた吐息を零した。

「疑うたところで詮なきことか。よかろう。貴様の言葉が偽りでなければ、言う通りにしようぞ」

 再び開いた白玲の瞳に映るのは、空しさだ。それは、どうにもならない状況に憤ることすら諦めた者の瞳だった。

 二宮は白玲に何を言うでもなく、己のやるべきことに取り掛かった。掌の上に重ねた札を胸の前に持って来ると、いつぞやと同じように札が淡い光を帯びる。戦闘の時とは違い、柔らかい緑色の光だ。

 二宮は札を持った腕を自身の左から右へ、一直線に滑らして宙に札を並べる。それから、人差し指と中指を立てて他の指を握りこみ、印を結んだ。

 指先を下げてから、鋭く上方へ切り返す。印の動きに従って、空中に張り付いた十枚の札は、半分が下に、もう半分が上に、音も無く移動した。

 地面に下りた五枚の札は、白玲を中心に緑色の軌跡を残しながら円を描き、二メートルほどの高さまで上ったもう半分の札も、地面の円に合わせるように線を描いた。

 間隔を開けて停止した札から札へ、水平に線が伸びる。そうして出来上がった円陣は、真上から見ると円に五芒星を嵌め込んだ形。

 陣を完成させた二宮は、印を組んだ手を顔に近づけ、小声で呪文のような言葉を呟いた。途端、円陣から頭上へ突き抜けるように光が溢れた。

 闇を中和する優しい光に包まれて、白玲の体は四肢の先から細かい光の粒子に変わり、徐々に分解されていく。同時に、ぼろぼろと、まるで古くなったペンキが剥がれるように、白玲の作り出した空間が崩れていった。

「別れる前にひとつだけ、聞いてみてもいいかな」

 崩れゆく空間と、ゆっくりと薄れ、分解されていく白玲を見守っていた二宮は、白玲の四肢の半ばほどが消えたとき、唐突に言葉を発した。

 ぼんやり宙を眺めていた白玲の目が、二宮を捉える。答えはなかったが、気だるげな瞳はさきほどの言葉の続きを待っているように見えた。その意を汲み取った二宮は、そっと問いを投げかける。

「独りは、辛いかい?」

 僅かに目を瞠り、白玲は一瞬だけ言葉を詰まらせた。どこか遠くを見て、噛み締めるように呟く。

「……そうさな。独りは辛い」

 逡巡し、微かに間を空けた彼女は瞳を伏せ、自嘲の笑みを浮かべる。そして、万感を込めてこう続けた。

「――――狂うほどに」

 白玲の身体は、既に胸の辺りまでが消えている。あと数秒で、彼女は完全にこの場からいなくなるだろう。白玲は顔を上げ、菜央と、彼女を支えている彰を視界に入れた。

 陣の光が一層強まり、狐面の欠けた部分から全体へひびが走った。ガラスが割れるような音を立てて面が砕け、割れた面の欠片が瞬く間に光の粒子に変わる。

 素顔を晒した白玲は穏やかな表情をしていた。眩しそうに目を細め、二人の姿を見つめながら、柔らかな緑色の光の中に彼女は溶けていった。

 陣の発する光が爆発的に増し、温かな緑色の光は、包み込むように全てを吞み込んだ。

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