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第二話
7.『煙々羅(えんえんら)』
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案内されて辿り着いた先には、黒い靄のようなものが立ち込めていた。山と里の境目の道の上にかかる黒い靄は地面付近にまで広がっている。中心付近の木は半分近く靄に埋もれてしまっていた。
靄の周りを里の妖狐たちが野次馬となって囲んでいて、手にしたうちわで靄を飛ばそうとしているものもいた。
智久と池永と篠原さんは、屋敷を訪ねてきた男性と一緒に騒動の中心へとやってきた。忠重さんも遅れて到着したようだ。
「何だこれ? 煙か?」
「待って池永。それ以上近づかない方がいい」
煙のような靄に近づいて触れようとした池永を制止する。智久はこれがどのようなものか既に分かっていた。
「そうだぞ坊主。その煙を吸ったらいかん」
野次馬になっていた妖狐たちの一人が同調する。ほら、見ろといって道の脇を指差す。そこには目を閉じてぐったりする一匹の狐がいた。タオルの上に寝かせられて看病されているらしい。
「あの煙に顔を突っ込んだらぱったり倒れちまった。どうやら眠ってるだけみたいだが、むやみやたらと触るもんじゃねぇぞ」
「わ、わかりました」
諭された池永は素直に下がる。篠原さんは首を傾げて呟いた。
「なんなんだろうね、この煙? 妖怪の仕業なのかな」
「間違いなくそうだね。きっと煙々羅(えんえんら)が迷い込んだんだ」
「「煙々羅?」」
池永と篠原さんがハモる。それっていったいなに?と顔が言っていた。
「たしか、煙を吐く鳥の妖怪ではありませんでしたかな?」
忠重さんが後ろから口を挟む。智久はそうですと首肯した。
煙々羅は外敵などに見つかると口から煙を吐いてその中に隠れる妖怪だ。吐き出した煙には強い睡眠作用があり、大人の男性でも一瞬で昏倒してしまう。本来なら外敵が眠っている隙に逃げ去ってしまうのだが、どうやら結界に阻まれて逃げられず、混乱状態にあるようだ。
(でも、どうして結界の内側に?)
入ってきたなら出ていくことも出来るはず。そうしないのは何故だろう。結界の解れ(ほつれ)た場所が分からなくなったのだろうか?
なんにせよ、煙々羅の煙と妖狐の炎では力の相性が悪い。里の中で火の気を使う訳にもいかないだろう。
「とにかく、煙々羅を捕獲します。煙から離れてください」
「皆のもの、煙から離れよ! 陰陽師殿がなんとかしてくださる!」
忠重さんが野次馬に呼びかけると、「おお!」「陰陽師殿が!」とざわめきが広がった。智久が進み出れば、自然と妖狐たちは煙から離れていく。
智久はポケットの中から三枚のカードを取り出した。
「与一、小次郎太、勘九郎」
名を呼ぶとカードの中から三匹の獣が現れる。胴の長い小さな四足獣、鎌鼬三兄弟。智久の頼もしい使い魔だ。篠原さんがもふもふ~!と嬉しそうにしている。
「お呼びでやしょうか、旦那?」
長男の与一が代表して智久に尋ねる。小次郎太はあくびをしながら伸びをしていた。
「うん、いきなり呼び出して悪いね。今回は強い風を起こして欲しいんだ。合図をしたら、あの煙を吹き飛ばしてくれ」
智久が煙の塊を指差して言うと、与一はなるほどと納得したように頷いた。
「小次郎太、勘九郎、つむじをやるぞ」
「おうさ」
「分かりました」
二匹はふんすと息を吐き、やる気充分だ。
智久は財布を取り出し、札入れから常備していた白い御札を一枚抜き取った。胸の内ポケットに挿していた筆ペンで御札に文言を書き記す。
「OK。やってくれ!」
智久が短い号令を下す。与一、小次郎太、勘九郎の三匹は輪になってぐるぐると回りだした。そうして次第に速度を増し、茶色いリングのようになった中心から細い竜巻が発生する。竜巻はどんどんと勢いを付けて大きくなり、直径二メートルほどの太さになった。
それがゆっくりと煙に近づき、触れると、立ちどころに風が煙を巻き取って黒い旋風と化す。
「ハッ!」
煙を剥ぎ取られた中心に向けて智久は御札を投げた。淡い黄色の光を帯びたそれは、姿を表した樹木の枝を避けて見えない部分へ入り込む。
枝が揺れ、葉がこすれ、ぽとりと落ちてきたのは赤子ほどの大きさの黒い鳥だった。遠目に見ればカラスと変わらないその鳥は、すっかり目を回しているようでくたりとその場から動かない。
「これが煙々羅?」
「カラスにそっくり。触っても大丈夫?」
智久が抱え上げた煙々羅を興味深げに覗く池永と篠原さん。そっと手を触れた篠原さんは「スベスベしてる!」と面白そうだ。
智久は忠重さんのところまで行き、
「結界の外で放してあげてください」
と言って煙々羅を手渡した。
「分かりました。鮮やかな手際、お見事でございます」
煙々羅を赤子のように抱いて忠重さんが礼をする。わっと野次馬から歓声が上がった。
しかしそれもつかの間のことで、
「お~い! 大変だ! こっちにも靄がかかってるぞ!」
という呼び掛けによって、歓声はどよめきに変わる。まさか二匹も、とその場が動揺するなか、智久は忠重さんと目を合わせた。
「お願いできますかな?」
「任せてください」
智久は鎌鼬三兄弟を連れ、遠くにうっすらと見える黒い靄に向かって走り出した。
靄の周りを里の妖狐たちが野次馬となって囲んでいて、手にしたうちわで靄を飛ばそうとしているものもいた。
智久と池永と篠原さんは、屋敷を訪ねてきた男性と一緒に騒動の中心へとやってきた。忠重さんも遅れて到着したようだ。
「何だこれ? 煙か?」
「待って池永。それ以上近づかない方がいい」
煙のような靄に近づいて触れようとした池永を制止する。智久はこれがどのようなものか既に分かっていた。
「そうだぞ坊主。その煙を吸ったらいかん」
野次馬になっていた妖狐たちの一人が同調する。ほら、見ろといって道の脇を指差す。そこには目を閉じてぐったりする一匹の狐がいた。タオルの上に寝かせられて看病されているらしい。
「あの煙に顔を突っ込んだらぱったり倒れちまった。どうやら眠ってるだけみたいだが、むやみやたらと触るもんじゃねぇぞ」
「わ、わかりました」
諭された池永は素直に下がる。篠原さんは首を傾げて呟いた。
「なんなんだろうね、この煙? 妖怪の仕業なのかな」
「間違いなくそうだね。きっと煙々羅(えんえんら)が迷い込んだんだ」
「「煙々羅?」」
池永と篠原さんがハモる。それっていったいなに?と顔が言っていた。
「たしか、煙を吐く鳥の妖怪ではありませんでしたかな?」
忠重さんが後ろから口を挟む。智久はそうですと首肯した。
煙々羅は外敵などに見つかると口から煙を吐いてその中に隠れる妖怪だ。吐き出した煙には強い睡眠作用があり、大人の男性でも一瞬で昏倒してしまう。本来なら外敵が眠っている隙に逃げ去ってしまうのだが、どうやら結界に阻まれて逃げられず、混乱状態にあるようだ。
(でも、どうして結界の内側に?)
入ってきたなら出ていくことも出来るはず。そうしないのは何故だろう。結界の解れ(ほつれ)た場所が分からなくなったのだろうか?
なんにせよ、煙々羅の煙と妖狐の炎では力の相性が悪い。里の中で火の気を使う訳にもいかないだろう。
「とにかく、煙々羅を捕獲します。煙から離れてください」
「皆のもの、煙から離れよ! 陰陽師殿がなんとかしてくださる!」
忠重さんが野次馬に呼びかけると、「おお!」「陰陽師殿が!」とざわめきが広がった。智久が進み出れば、自然と妖狐たちは煙から離れていく。
智久はポケットの中から三枚のカードを取り出した。
「与一、小次郎太、勘九郎」
名を呼ぶとカードの中から三匹の獣が現れる。胴の長い小さな四足獣、鎌鼬三兄弟。智久の頼もしい使い魔だ。篠原さんがもふもふ~!と嬉しそうにしている。
「お呼びでやしょうか、旦那?」
長男の与一が代表して智久に尋ねる。小次郎太はあくびをしながら伸びをしていた。
「うん、いきなり呼び出して悪いね。今回は強い風を起こして欲しいんだ。合図をしたら、あの煙を吹き飛ばしてくれ」
智久が煙の塊を指差して言うと、与一はなるほどと納得したように頷いた。
「小次郎太、勘九郎、つむじをやるぞ」
「おうさ」
「分かりました」
二匹はふんすと息を吐き、やる気充分だ。
智久は財布を取り出し、札入れから常備していた白い御札を一枚抜き取った。胸の内ポケットに挿していた筆ペンで御札に文言を書き記す。
「OK。やってくれ!」
智久が短い号令を下す。与一、小次郎太、勘九郎の三匹は輪になってぐるぐると回りだした。そうして次第に速度を増し、茶色いリングのようになった中心から細い竜巻が発生する。竜巻はどんどんと勢いを付けて大きくなり、直径二メートルほどの太さになった。
それがゆっくりと煙に近づき、触れると、立ちどころに風が煙を巻き取って黒い旋風と化す。
「ハッ!」
煙を剥ぎ取られた中心に向けて智久は御札を投げた。淡い黄色の光を帯びたそれは、姿を表した樹木の枝を避けて見えない部分へ入り込む。
枝が揺れ、葉がこすれ、ぽとりと落ちてきたのは赤子ほどの大きさの黒い鳥だった。遠目に見ればカラスと変わらないその鳥は、すっかり目を回しているようでくたりとその場から動かない。
「これが煙々羅?」
「カラスにそっくり。触っても大丈夫?」
智久が抱え上げた煙々羅を興味深げに覗く池永と篠原さん。そっと手を触れた篠原さんは「スベスベしてる!」と面白そうだ。
智久は忠重さんのところまで行き、
「結界の外で放してあげてください」
と言って煙々羅を手渡した。
「分かりました。鮮やかな手際、お見事でございます」
煙々羅を赤子のように抱いて忠重さんが礼をする。わっと野次馬から歓声が上がった。
しかしそれもつかの間のことで、
「お~い! 大変だ! こっちにも靄がかかってるぞ!」
という呼び掛けによって、歓声はどよめきに変わる。まさか二匹も、とその場が動揺するなか、智久は忠重さんと目を合わせた。
「お願いできますかな?」
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