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第一章
白菜と大根の誓い
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階段を猛スピードで下る景継。
その瞳には、美しく区分けされ、子どもたちが笑い活気あふれる人々の賑わう町が映る。
世は戦乱だが、この地は武将ではなく戦神を祀る『焔乃宮神社』が治めていた。
戦の神を祀っているだけあり、各国から戦の前にお参りにくる武将が数多く、町の経済状態は概ね良好で、町ゆく人の顔は明るい。
良いことではないかもしれないが、戦が激しさを増すにつれ、焔乃宮神社への参拝客は増えた。
その戦乱に終止符を打つため、様々な勢力が台頭しては消えていった。
そして、焔乃宮家は成り行きで敗れた武将を迎え入れたりしていくうちに、大国が無視できないくらいの一大勢力となってしまった。
それでも、驕ることなく戦神を祀り続け中立を掲げ、自ら戦を仕掛けることはない。
しかし、攻め込まれれば、領民を守るため兵を挙げ、攻め入った国ごと掌握していった。
その背景には、焔乃宮家の法術に呪法が関係していた。
法術や呪法を戦に取り入れる武将や集団は少なく、初めて見る法術に腰を抜かし逃げ出す武将までいた。
性根は優しいが強大な力を有するのが、焔乃宮家なのである。
長男の景宗は剣術に法術の才、無限の可能性を秘めていたが、次男の景継の人柄は、皆から好かれて良いのだが……武の才能はまったくなかった。
その次男坊の焔乃宮景継は、大人だらけの神社を抜け出し、友達を探しに町を徘徊しては町の人たちに可愛がられ、大店(おおだな)の菓子屋などで菓子をよく奢ってもらっていた。
「良ければ、景継坊ちゃん食べてください」
店の看板娘から三色の団子を渡される。
景継は少しばかり不機嫌な顔のまま言った。
「坊ちゃんはやめてよ。景継って呼んでって言ったじゃん!」
看板娘はお盆で口元を隠し、笑いながら謝った。
「ごめんなさいね。景継ちゃん」
「ちゃんもいらない! 僕は男の子!」
親子のようなやり取りを聞いていた、大店の仲居や丁稚はクスクスと笑っている。
穏やかな空気が流れる中、大店の息子が景継に挨拶に来た。
「景継様、ようこそいらっしゃいました。先日のご助言通りに事を進めましたら、万事うまく回るようになりました」
景継は「良かった!」と喜び、団子を頬張った。
町で有名な贈答の菓子などを扱う大店だが、最近になり客が増え思うようにいかず、お客様に迷惑がかかる前に話し合いが持たれるが――改善されなかった。
店先で団子を食べながら聞いていた景継は、大店の息子に人事異動の提案をした。
その結果、商品流通が滞っていた部分が解消され、お客様を待たすことなく商品を提供できるようになった。
悪い噂が立つ前に店は守られ、仲居や丁稚、その家族の生活は守られた。
みんな楽しそうに働き、新商品の開発まで行われている。
「ありがとうございます。新商品の開発も景継様が推された者が担当しておりまして、明日には景継様にお出しできるかと」
と言うと、深々と頭を下げた。
景継は笑顔になり、明日も来る約束をした。
——良かった。僕の能力が役に立った。
と心の中でつぶやいた。
景継は剣術も法術も武術全般の才能はまったくなかったが、一つだけ取り柄があった。
それは、人の能力を見抜く能力で、密かに焔乃宮家の兵の人事などをしていた。
槍に向いている者に刀や弓を持たせても仕方がない。
法術師の家系だからといって、法術に向いているわけではない。
そもそも戦いに向いていない者は、文官に登用したりしていた。
それは、政治に経済に仕事に生活でも言えることで、数ある仕事の中で自分に向いている得意を探すのは困難だ。
人には持って生まれた才能というものがあり、景継は本能的にそれを見抜く。
しかし、自分の「得意に向いているもの」は――見抜けなかった。
この能力のことは誰にも話していないし、話したところで誰も信じてはくれないと思っているが、この能力を使っての野望が一つだけあった。
それは、この能力を使い最強의軍を作り、この平和な町を守ることだった。
建前上、この町歩きも有能な人材確保のために行っているのだ。
そんな都合良くズバ抜けた才能のある人物を見つけることができず、大半は無駄に終わるのが常であったため、落ち込むことはなかった。
いつの間にか町の外れを通り越し、森の中にまで来てしまった。
この森は海沿いに広がり、伐採をして田畑にする予定もあったが、土自体が痩せていて作物を育てるのには不向きで、手付かずの状態だった。
景継は誰も来ない森で一人で海を眺めながら、ボーッとするのが日課になりつつあった。
ただ、ボーッとするのも芸がないと思った景継は、今の焔乃宮軍の構成を考えたり、どんな法を定めれば領民が安心して暮らせるか思案する時間にしていた。
木の根っこに座り目を閉じようとしたとき、崖の前を行き来する子どもを見つけた。
着物はボロボロで痩せ細っていて、明らかな栄養不足の症状が出ている。
景継は一目で戦災孤児だと判断し、保護することにした。
それ以上に、景継の目は輝き、孤児のズバ抜けた才能を見抜いた。
——いたよ! 最強の剣士が!
孤児は崖の淵まで移動し、飛び降りるかと思ったが、その場で踏みとどまり崩れた。
それとは対照的に、景継の表情は、目を眩しいほどキラキラさせて晴れ渡っていた。
その表情のまま孤児の視界に入り、顔を近づけ話しかける。
「ねぇ、死ぬつもりなの? もったいないからやめなよ!」
孤児は驚いた顔をしたが、すぐに元の無気力な顔に戻った。
景継は手を差し出した。
「じゃあ、僕と友達になってよ」
孤児は景継の人懐っこい笑顔に口説かれ、無意識に差し出された手を握っていた。
景継は笑顔のまま手を引き、崖から移動させると、孤児のお腹の虫が盛大に騒ぎ出した。
それを聞いた景継は言った。
「とりあえず、何か食べようか。町に行けば何かあるよ!」
景継は返事も聞かず、孤児の手を引き町へ戻った。
木の陰には黒ずくめの忍者が、その様子を静かに見ていたが、「やれやれ」と漏らし、後を追うように消えた。
町に戻った景継と孤児は露天商にこっそり近づき、うつらうつらしている老婆を確認すると、大根と白菜を掴んだ。
景継は大根を孤児に持たせ、自分は白菜を抱え走り去った。
孤児は慌てて後を着いていく。
露天商の老婆は走り去る音で目を覚まし――二人を怒鳴りつけた。
「この悪ガキども、金払わんか!」
と怒鳴っても、二人の足が止まることはなく、土煙だけ残して走り去った。
老婆は肩で息をして、ブツクサ文句を言いながら座っていた場所に戻ると、深編み笠を被った武士が声をかけた。
「すまぬ、うちの若が――金は払う。どうか内密に頼む」
と言うと、倍の金をゴザの上に置いた。
老婆はびっくりして、「こんなには! どこの武家様の若様なんでしょう?」と聞くと、深編み笠の武士は、笠を直しながら言った。
「あれは焔乃宮神叡様の次男、景継様……だ」
老婆は驚き、目を丸くした。
「景継様じゃったか。あんなことせずとも」
深編み笠の武士は、軽く頭を下げるとその場を後にした。
武士は物陰に入ると、深編み笠と着物を一気に脱いだ。
深編み笠の下の顔は男だが、女かと思わせるほど美しく、癖っ毛の黒髪が印象的な黒ずくめの忍者だった。
忍者は肩をポキポキと鳴らし愚痴る。
「大根と白菜くらい買えよ。小遣いもらってるだろうが」
と言うと、音もなく消えた。
景継と孤児は森に戻り、白菜と大根を持たされていた小刀で切り、森に隠していた鉄鍋に入れ味付けをして煮ていた。
景継は煮えてきた鍋を見て言った。
「もうすぐかな? 食べるだろ?」
孤児は、もじもじしながら首を縦に振るところを見ると、相当に腹が減っているようだ。
でないと困るとばかりに、景継は椀によそい孤児に渡した。
孤児は恐る恐る口に運んだ。
美味しそうな匂いは良かったのだが、それまでの味付けの過程を見ているだけに、恐怖を感じながら口にするのは仕方のないことだった。
味付けは醤油に、よくわからないトカゲの尻尾、それにその辺に生えていた薬草などである。
孤児は死のうとしていたのだ、怖いものはないと自分に言い聞かせ、空腹が紛れても最後の晩餐になるかもしれない恐怖を乗り越え――口に白菜を入れた。
その瞬間、口の中には得も言われぬ白菜の旨味と甘みが広がった。
孤児は夢中で食べていくうちに、原因は涙だろうが、少しばかり塩味がした。
景継は心配になり、孤児に聞いた。
「大丈夫? 多かったら残してもいいよ」
孤児は首を横に振り食べ続けた。
火の通った食事など、一人になってから初めて口にした。その温かさに涙が止まらず、景継に心配をかけたのは申し訳なく思った。
でも、景継が嬉しそうにしているのが心の救いだ。
景継は一段落つくと孤児に聞いた。
「ねぇ、友達になってくれる? 僕の周りは大人ばっかりで、つまらないんだよ」
孤児は首を縦に振る。
「よかった! 名前を教えてよ!」
ここまで互いの名前も知らずに行動を共にしていたことに、孤児は気づく。
孤児は立ち上がり、木の棒で地面に自分の名前を書いた。
――久瀬勇刃――
地面の文字をのぞきこむ二人の後から声が聞こえた。
「久瀬勇刃……どこかで聞いたことあるな」
その声に勇刃は跳び退いた。
景継はすごく嫌な顔をして振り向きもせず低い声を出す。
「あのさ、いつからいたの? 邪魔しないでくれる」
後から聞こえた声の主は、白菜と大根の代金を支払った忍者だった。
「代金を支払らず、白菜と大根を持ち去った悪党を追いかけていたら、こんな森にまで来てしまいました!」
忍者は大きな口を開けて笑う。
景継は少しカチンっときた。
「どうせ払ってくれたんでしょ……直影」
声は相変わらず低いままだ。
置いてけぼりの勇刃が、尻餅をついて怯えてるいるのに気づいた景継は、勇刃の肩を掴み立たせ落ち着かせる。
「大丈夫だよ。意地悪で口うるさくて関わりを持ちたくないけど、根だけは良い奴だから安心して」
忍者の手が景継の頭を後から握り潰す勢いで掴んでいた。
「痛い痛い! 直影!」
忍者のこめかみには青筋が立っていた。
「いい度胸してんじゃねぇかくそガキ……剣の稽古の量を倍にしてやろうか」
その様子を見た勇刃は、なぜか笑いがこみ上げてきた。
その兄弟のようなやり取りは勇刃に昔を思い出させた。
直影と呼ばれた忍者は、笑った勇刃を見て少し安心した。
景継を草むらに放り投げ、勇刃に自己紹介を始めた。
「俺は焔直影だ。あのチンチクリンの護衛兼教育係をしている」
「誰が、チンチクリンだー!」
景継は跳び蹴りをかますが当たるわけなく、直影の腕の一振りで草むらに逆戻りした。
直影は勇刃の前に片膝を地面に着き聞いた。
「久瀬というのは本当の名か? 北の大大名の御三家の一角だった……あの久瀬家か?」
ビクッとしたが、勇刃は静かにうなづいた。
北の大大名を支える御三家の一つだった久瀬家は、家臣の謀略により歴史から消えた。
その生き残りが勇刃である。
久瀬家の勇猛果敢な戦働きは、隣国に広まり畏怖の対象になっていた。
その血筋を引き幼き日より武術の修行をしていた勇刃が、景継の目により才を見抜かれたのも納得できる。
直影は勇刃の目を見て言った。
「よくぞ、ご無事で久瀬家のご子息よ」
その言葉を聞いたとき勇刃の目からは、大粒の涙がこぼれ声にならぬ声を出し大泣きした。
「勇刃をいじめるなー!」
懲りずに跳び蹴りを直影に放つ景継。
「お前は、ちょっと黙ってろ」
直影に片手で簡単取り押さえられモゴモゴ言っていた。
「勇刃は僕に仕えてもらうんだ! やっと見つけた友達なんだ!」
景継は直影の手を抜け出し、草まみれの姿のまま勇刃の前に立った。
屈託もなく裏表もない嘘偽りのない心からの笑顔で言った。
「僕は焔乃宮景継! よろしくね!」
大泣きしていた勇刃は、焔乃宮景継という名前を聞いたとき固まった。
北の大大名の御三家の久瀬家の子息が、焔乃宮家を知らないわけがない。
戦乱の世で唯一絶対神ともいえる戦の神を祀り、信奉者も多く影響力も計り知れない焔乃宮神社の巫覡が焔乃宮家だ。
勇刃はあまりの大物も登場に思考が停止しているが、景継はお構いなしに話を続ける。
「僕もいずれ戦場に出る。そのために一緒に戦える仲間が欲しい。ねぇ、勇刃……君の剣の腕を見込んで僕の――」
景継は勇刃の両手しっかり握り笑顔のまま、目を見て大きな声で言った。
「――家臣になってよ!」
勇刃は、大粒の涙を流し崩れ落ちた。
涙など父と母に兄が殺されたときに、枯れ果てたと思っていたのに止めどなく流れ落ちる。
勇刃は崩れ落ち景継の前で土下座する形になり、もう二度と言葉を発することはできぬ思っていたが、か細い風の音で消えてしまいそうな声で言った。
「……この久瀬幽刃、焔乃宮景継様に……救われた命を捧げます」
それを見ていた直影は景継に祝いの品を渡した。
「景継、手を出せ。初めて家臣ができた祝いだ」
手のひらには赤い勾玉が置かれた。
「これは何?」
と言う景継を見て直影は笑う。
「お守りだ。俺の法力が込められている」
この日、焔乃宮景継に初めての家臣ができた。
その瞳には、美しく区分けされ、子どもたちが笑い活気あふれる人々の賑わう町が映る。
世は戦乱だが、この地は武将ではなく戦神を祀る『焔乃宮神社』が治めていた。
戦の神を祀っているだけあり、各国から戦の前にお参りにくる武将が数多く、町の経済状態は概ね良好で、町ゆく人の顔は明るい。
良いことではないかもしれないが、戦が激しさを増すにつれ、焔乃宮神社への参拝客は増えた。
その戦乱に終止符を打つため、様々な勢力が台頭しては消えていった。
そして、焔乃宮家は成り行きで敗れた武将を迎え入れたりしていくうちに、大国が無視できないくらいの一大勢力となってしまった。
それでも、驕ることなく戦神を祀り続け中立を掲げ、自ら戦を仕掛けることはない。
しかし、攻め込まれれば、領民を守るため兵を挙げ、攻め入った国ごと掌握していった。
その背景には、焔乃宮家の法術に呪法が関係していた。
法術や呪法を戦に取り入れる武将や集団は少なく、初めて見る法術に腰を抜かし逃げ出す武将までいた。
性根は優しいが強大な力を有するのが、焔乃宮家なのである。
長男の景宗は剣術に法術の才、無限の可能性を秘めていたが、次男の景継の人柄は、皆から好かれて良いのだが……武の才能はまったくなかった。
その次男坊の焔乃宮景継は、大人だらけの神社を抜け出し、友達を探しに町を徘徊しては町の人たちに可愛がられ、大店(おおだな)の菓子屋などで菓子をよく奢ってもらっていた。
「良ければ、景継坊ちゃん食べてください」
店の看板娘から三色の団子を渡される。
景継は少しばかり不機嫌な顔のまま言った。
「坊ちゃんはやめてよ。景継って呼んでって言ったじゃん!」
看板娘はお盆で口元を隠し、笑いながら謝った。
「ごめんなさいね。景継ちゃん」
「ちゃんもいらない! 僕は男の子!」
親子のようなやり取りを聞いていた、大店の仲居や丁稚はクスクスと笑っている。
穏やかな空気が流れる中、大店の息子が景継に挨拶に来た。
「景継様、ようこそいらっしゃいました。先日のご助言通りに事を進めましたら、万事うまく回るようになりました」
景継は「良かった!」と喜び、団子を頬張った。
町で有名な贈答の菓子などを扱う大店だが、最近になり客が増え思うようにいかず、お客様に迷惑がかかる前に話し合いが持たれるが――改善されなかった。
店先で団子を食べながら聞いていた景継は、大店の息子に人事異動の提案をした。
その結果、商品流通が滞っていた部分が解消され、お客様を待たすことなく商品を提供できるようになった。
悪い噂が立つ前に店は守られ、仲居や丁稚、その家族の生活は守られた。
みんな楽しそうに働き、新商品の開発まで行われている。
「ありがとうございます。新商品の開発も景継様が推された者が担当しておりまして、明日には景継様にお出しできるかと」
と言うと、深々と頭を下げた。
景継は笑顔になり、明日も来る約束をした。
——良かった。僕の能力が役に立った。
と心の中でつぶやいた。
景継は剣術も法術も武術全般の才能はまったくなかったが、一つだけ取り柄があった。
それは、人の能力を見抜く能力で、密かに焔乃宮家の兵の人事などをしていた。
槍に向いている者に刀や弓を持たせても仕方がない。
法術師の家系だからといって、法術に向いているわけではない。
そもそも戦いに向いていない者は、文官に登用したりしていた。
それは、政治に経済に仕事に生活でも言えることで、数ある仕事の中で自分に向いている得意を探すのは困難だ。
人には持って生まれた才能というものがあり、景継は本能的にそれを見抜く。
しかし、自分の「得意に向いているもの」は――見抜けなかった。
この能力のことは誰にも話していないし、話したところで誰も信じてはくれないと思っているが、この能力を使っての野望が一つだけあった。
それは、この能力を使い最強의軍を作り、この平和な町を守ることだった。
建前上、この町歩きも有能な人材確保のために行っているのだ。
そんな都合良くズバ抜けた才能のある人物を見つけることができず、大半は無駄に終わるのが常であったため、落ち込むことはなかった。
いつの間にか町の外れを通り越し、森の中にまで来てしまった。
この森は海沿いに広がり、伐採をして田畑にする予定もあったが、土自体が痩せていて作物を育てるのには不向きで、手付かずの状態だった。
景継は誰も来ない森で一人で海を眺めながら、ボーッとするのが日課になりつつあった。
ただ、ボーッとするのも芸がないと思った景継は、今の焔乃宮軍の構成を考えたり、どんな法を定めれば領民が安心して暮らせるか思案する時間にしていた。
木の根っこに座り目を閉じようとしたとき、崖の前を行き来する子どもを見つけた。
着物はボロボロで痩せ細っていて、明らかな栄養不足の症状が出ている。
景継は一目で戦災孤児だと判断し、保護することにした。
それ以上に、景継の目は輝き、孤児のズバ抜けた才能を見抜いた。
——いたよ! 最強の剣士が!
孤児は崖の淵まで移動し、飛び降りるかと思ったが、その場で踏みとどまり崩れた。
それとは対照的に、景継の表情は、目を眩しいほどキラキラさせて晴れ渡っていた。
その表情のまま孤児の視界に入り、顔を近づけ話しかける。
「ねぇ、死ぬつもりなの? もったいないからやめなよ!」
孤児は驚いた顔をしたが、すぐに元の無気力な顔に戻った。
景継は手を差し出した。
「じゃあ、僕と友達になってよ」
孤児は景継の人懐っこい笑顔に口説かれ、無意識に差し出された手を握っていた。
景継は笑顔のまま手を引き、崖から移動させると、孤児のお腹の虫が盛大に騒ぎ出した。
それを聞いた景継は言った。
「とりあえず、何か食べようか。町に行けば何かあるよ!」
景継は返事も聞かず、孤児の手を引き町へ戻った。
木の陰には黒ずくめの忍者が、その様子を静かに見ていたが、「やれやれ」と漏らし、後を追うように消えた。
町に戻った景継と孤児は露天商にこっそり近づき、うつらうつらしている老婆を確認すると、大根と白菜を掴んだ。
景継は大根を孤児に持たせ、自分は白菜を抱え走り去った。
孤児は慌てて後を着いていく。
露天商の老婆は走り去る音で目を覚まし――二人を怒鳴りつけた。
「この悪ガキども、金払わんか!」
と怒鳴っても、二人の足が止まることはなく、土煙だけ残して走り去った。
老婆は肩で息をして、ブツクサ文句を言いながら座っていた場所に戻ると、深編み笠を被った武士が声をかけた。
「すまぬ、うちの若が――金は払う。どうか内密に頼む」
と言うと、倍の金をゴザの上に置いた。
老婆はびっくりして、「こんなには! どこの武家様の若様なんでしょう?」と聞くと、深編み笠の武士は、笠を直しながら言った。
「あれは焔乃宮神叡様の次男、景継様……だ」
老婆は驚き、目を丸くした。
「景継様じゃったか。あんなことせずとも」
深編み笠の武士は、軽く頭を下げるとその場を後にした。
武士は物陰に入ると、深編み笠と着物を一気に脱いだ。
深編み笠の下の顔は男だが、女かと思わせるほど美しく、癖っ毛の黒髪が印象的な黒ずくめの忍者だった。
忍者は肩をポキポキと鳴らし愚痴る。
「大根と白菜くらい買えよ。小遣いもらってるだろうが」
と言うと、音もなく消えた。
景継と孤児は森に戻り、白菜と大根を持たされていた小刀で切り、森に隠していた鉄鍋に入れ味付けをして煮ていた。
景継は煮えてきた鍋を見て言った。
「もうすぐかな? 食べるだろ?」
孤児は、もじもじしながら首を縦に振るところを見ると、相当に腹が減っているようだ。
でないと困るとばかりに、景継は椀によそい孤児に渡した。
孤児は恐る恐る口に運んだ。
美味しそうな匂いは良かったのだが、それまでの味付けの過程を見ているだけに、恐怖を感じながら口にするのは仕方のないことだった。
味付けは醤油に、よくわからないトカゲの尻尾、それにその辺に生えていた薬草などである。
孤児は死のうとしていたのだ、怖いものはないと自分に言い聞かせ、空腹が紛れても最後の晩餐になるかもしれない恐怖を乗り越え――口に白菜を入れた。
その瞬間、口の中には得も言われぬ白菜の旨味と甘みが広がった。
孤児は夢中で食べていくうちに、原因は涙だろうが、少しばかり塩味がした。
景継は心配になり、孤児に聞いた。
「大丈夫? 多かったら残してもいいよ」
孤児は首を横に振り食べ続けた。
火の通った食事など、一人になってから初めて口にした。その温かさに涙が止まらず、景継に心配をかけたのは申し訳なく思った。
でも、景継が嬉しそうにしているのが心の救いだ。
景継は一段落つくと孤児に聞いた。
「ねぇ、友達になってくれる? 僕の周りは大人ばっかりで、つまらないんだよ」
孤児は首を縦に振る。
「よかった! 名前を教えてよ!」
ここまで互いの名前も知らずに行動を共にしていたことに、孤児は気づく。
孤児は立ち上がり、木の棒で地面に自分の名前を書いた。
――久瀬勇刃――
地面の文字をのぞきこむ二人の後から声が聞こえた。
「久瀬勇刃……どこかで聞いたことあるな」
その声に勇刃は跳び退いた。
景継はすごく嫌な顔をして振り向きもせず低い声を出す。
「あのさ、いつからいたの? 邪魔しないでくれる」
後から聞こえた声の主は、白菜と大根の代金を支払った忍者だった。
「代金を支払らず、白菜と大根を持ち去った悪党を追いかけていたら、こんな森にまで来てしまいました!」
忍者は大きな口を開けて笑う。
景継は少しカチンっときた。
「どうせ払ってくれたんでしょ……直影」
声は相変わらず低いままだ。
置いてけぼりの勇刃が、尻餅をついて怯えてるいるのに気づいた景継は、勇刃の肩を掴み立たせ落ち着かせる。
「大丈夫だよ。意地悪で口うるさくて関わりを持ちたくないけど、根だけは良い奴だから安心して」
忍者の手が景継の頭を後から握り潰す勢いで掴んでいた。
「痛い痛い! 直影!」
忍者のこめかみには青筋が立っていた。
「いい度胸してんじゃねぇかくそガキ……剣の稽古の量を倍にしてやろうか」
その様子を見た勇刃は、なぜか笑いがこみ上げてきた。
その兄弟のようなやり取りは勇刃に昔を思い出させた。
直影と呼ばれた忍者は、笑った勇刃を見て少し安心した。
景継を草むらに放り投げ、勇刃に自己紹介を始めた。
「俺は焔直影だ。あのチンチクリンの護衛兼教育係をしている」
「誰が、チンチクリンだー!」
景継は跳び蹴りをかますが当たるわけなく、直影の腕の一振りで草むらに逆戻りした。
直影は勇刃の前に片膝を地面に着き聞いた。
「久瀬というのは本当の名か? 北の大大名の御三家の一角だった……あの久瀬家か?」
ビクッとしたが、勇刃は静かにうなづいた。
北の大大名を支える御三家の一つだった久瀬家は、家臣の謀略により歴史から消えた。
その生き残りが勇刃である。
久瀬家の勇猛果敢な戦働きは、隣国に広まり畏怖の対象になっていた。
その血筋を引き幼き日より武術の修行をしていた勇刃が、景継の目により才を見抜かれたのも納得できる。
直影は勇刃の目を見て言った。
「よくぞ、ご無事で久瀬家のご子息よ」
その言葉を聞いたとき勇刃の目からは、大粒の涙がこぼれ声にならぬ声を出し大泣きした。
「勇刃をいじめるなー!」
懲りずに跳び蹴りを直影に放つ景継。
「お前は、ちょっと黙ってろ」
直影に片手で簡単取り押さえられモゴモゴ言っていた。
「勇刃は僕に仕えてもらうんだ! やっと見つけた友達なんだ!」
景継は直影の手を抜け出し、草まみれの姿のまま勇刃の前に立った。
屈託もなく裏表もない嘘偽りのない心からの笑顔で言った。
「僕は焔乃宮景継! よろしくね!」
大泣きしていた勇刃は、焔乃宮景継という名前を聞いたとき固まった。
北の大大名の御三家の久瀬家の子息が、焔乃宮家を知らないわけがない。
戦乱の世で唯一絶対神ともいえる戦の神を祀り、信奉者も多く影響力も計り知れない焔乃宮神社の巫覡が焔乃宮家だ。
勇刃はあまりの大物も登場に思考が停止しているが、景継はお構いなしに話を続ける。
「僕もいずれ戦場に出る。そのために一緒に戦える仲間が欲しい。ねぇ、勇刃……君の剣の腕を見込んで僕の――」
景継は勇刃の両手しっかり握り笑顔のまま、目を見て大きな声で言った。
「――家臣になってよ!」
勇刃は、大粒の涙を流し崩れ落ちた。
涙など父と母に兄が殺されたときに、枯れ果てたと思っていたのに止めどなく流れ落ちる。
勇刃は崩れ落ち景継の前で土下座する形になり、もう二度と言葉を発することはできぬ思っていたが、か細い風の音で消えてしまいそうな声で言った。
「……この久瀬幽刃、焔乃宮景継様に……救われた命を捧げます」
それを見ていた直影は景継に祝いの品を渡した。
「景継、手を出せ。初めて家臣ができた祝いだ」
手のひらには赤い勾玉が置かれた。
「これは何?」
と言う景継を見て直影は笑う。
「お守りだ。俺の法力が込められている」
この日、焔乃宮景継に初めての家臣ができた。
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