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第二章
捨て駒の咆哮
雷に焔が交差し、凍気が時間を停止させる。
静と動が一瞬で交差した刹那、辺りには衝撃波と、相対する力の反発が巻き起こる。
法術と研ぎ澄まされた武術は噛み合い、まるで予定調和のもとで行われる演武のようであった。
二本の大刀を手足のように操り、雷と焔を撒き散らす景宗の突き。
その攻撃を、重量級の戦斧の遠心力を利用して弾くヴァルムンド。
一撃ごとに威力は増していき、大上段からの戦斧の一撃は地面を割り、凍結させ、深い穴を穿つ。
景宗は後ろへ跳びかわし、二刀を構え直した。
凍結法術の恐ろしいところは、触れる物すべてを凍らせ、粉砕するところだ。
もし、景宗の鎧や体の一部に触れようものなら、容易く欠損し、二度と戻らなくなるだろう。
それは武器も同じで、景宗の法力が途切れようものなら一瞬で砕かれ、本人にも被害が及ぶはずだ。
利点だらけの凍結法術にも弱点はあった。
景宗は軽く息を吸い、絞り出すように言った。
「随分と手甲が白くなっているな――それも凍結法術の恩恵か?」
ヴァルムンドは笑った。
「中々、余裕があるな焔乃宮の長男よ。あぁ、冷たくてしょうがないよ……」
そう言うと、彼は凍結の法術を解いた。
垂れ流しになっていた白いモヤが止まり、戦斧フロストリーヴァーの持ち手を地面に突き刺す。
凍結法術は強力であるがゆえに、術者自身にも痛手を負わせるのだ。
凍気が武器と空気を伝わり、凍傷が手足を蝕んでいく。
それは身体の欠損を招き、死に至らしめる諸刃の剣。
短期決戦には向いているが、長期戦になれば弱点が牙を剥く。
ヴァルムンドは戦斧を離して手を温めたいところだろうが、そんなことは許されるはずもなく、ただ耐えるしかない。
氷点下まで冷やされた戦斧を握る手には、凍気を伝えにくい丈夫な手袋を嵌めているが、いつ凍傷になり、下手をすれば崩れ落ちて欠損するかもわからぬ危うさがあった。
再び戦斧を構え、ヴァルムンドは口を開く。
「できれば、その焔で少しばかり暖めてくれないかな」
そんな冗談は、今の景宗には通じない。
「敵に塩を送るつもりはない……雷と焔で、その身を焦がしてやるよ、グロス・ヴァルムンド!」
ヴァルムンドは戦斧を振り回し、遠心力をつけながら応えた。
「ジョークの通じない少年だな! モテないぞ!」
雷と焔を纏った大刀と、凍気を纏った戦斧が激突し、衝撃波が空気を揺らして轟音を撒き散らした。
地下の大部屋の中央では、焔直影と鷹司冬成が向き合い、力比べのごとく鍔迫り合いを演じていた。
いつもは左手だけで小太刀を扱う直影だが、体格差もあり、純粋な力比べでは冬成には敵わない。
両手で柄を握り、必死に押し返そうとしていた。
カチャカチャと音を立てる二本の刀を挟んで睨み合う二人は、武術もさることながら、頭のキレも良く口も回る。
「何の冗談だ冬成……神叡が俺たちを見捨てた? 言っている意味がわからんな」
冬成は笑いながら答えた。
「おかしいと思わんか。外が静かだろ……」
確かに、先ほどまで激しかった金属音が鳴りを潜めている。
その程度の揺さぶりで動揺する直影ではない。
「何らかの術でも、この部屋に仕込んだか。相変わらず、小賢しいな――」
同時に金属音が響き、後ろへ跳ぶ二人。
直影は肩口の布が切れ、冬成は手甲に火花が散った。
離れる一瞬の間に三手のやり取りがあり、最後の一撃が、この一騎打ちで初めて互いの身体をかすめたのだ。
直影と冬成は二手三手先を読みながら、刀を振るい術を繰り出す。
他に気を回す余裕はなく、戦況が不利なのか有利なのかも判然としない。
冬成は戦いを楽しんでいたが、直影は焦っていた。
直影は一刻も早く外の本隊と連絡を取り、今後の作戦を決めたかった。
だが、それを許してくれるほど鷹司冬成という男は甘くない。
それでも、目的の一つである冬成の足止めは果たしている。
都合良く討ち取ることができれば、本隊との挟み撃ちという作戦も視野に入る。
直影の足元には、仲間の死体が転がり、増えてゆく。
死ぬのが怖いわけではない。
自分が発案した作戦だけに、役目を果たせず世を去ることだけは避けたかった。
――なんとしても、冬成だけはこの場に足止めする!
そう心に決め、小太刀を握り直して幻術の準備に入る。
その時、天窓から大太鼓を打つ音が聞こえ、花火が一発だけ上がって破裂音が響いた。
直影は目を見開いた。
「馬鹿な……撤退だと……」
句倶理流忍軍の誰もが耳を疑った。
冬成は口元を緩め、句倶理流忍軍に向かって叫んだ。
「お前らは見捨てられたのだ! ここで全員……死ぬがよい!」
白い凍気を放つ戦斧は空気中の水分を凍結させ、辺りに霜と氷を撒き散らす。
グロス・ヴァルムンドの凍結法術だけに目がいくが、彼は母国にいた頃から手にしていた戦斧の扱いにも長けていた。
戦火の絶えない大陸を戦斧一本で生き抜き、この東方の地・黒鋼国に辿り着く頃には、天下無双ともいえる腕前になっていた。
この地では、ヴァルムンドの母国とはまったく違う文化や文明が発展しており、彼は目を見張った。
大陸では「魔法」と呼んでいた術の発展が著しく、多種多様に枝分かれし、生活の中に――そして戦場に溶け込んでいる。
時が経ち、黒鋼国で暴れ回っていた際に鷹司冬成と刃を交え、一度は投獄されるも、鵜鞍焃王に見出され、冬成の助言もあって黒鋼国軍に入った。
そこからみるみるうちに頭角を現し、希少性の高い凍結の法術まで身につけたのだ。
戦斧フロストリーヴァーを構えながら、彼は思う。
――やはり戦いはいい。冬成についてきて正解だったな……。
景宗はとどめを刺すべく、二刀同時に突きを連続で繰り出す。
ヴァルムンドは飛来する連突きを、戦斧の柄の中央を握って回転させ、弾き飛ばした。
間合いを取ろうとする景宗に対し、重量級の戦斧の遠心力を利用した一撃を放つ。
高速で振り下ろされた刃が景宗の脳天を狙うも、横にかわされ、地面に突き刺さった刃が大地を凍りつかせ、砕いた。
氷の破片が飛び散る中、ヴァルムンドはギラついた目で景宗を射抜く。
ただならぬ気配に景宗は足を止め、様子を伺った。
受けに回る必要はないが、無理に攻めずとも相手が凍結法術により自滅するのは明白だ。
攻めるしかない状況で、ヴァルムンドが手を休めるなど考えづらかった。
ヴァルムンドは動かず、あろうことか戦斧に法力を送るのをやめた。
白いモヤは収まり、それはただの一本の戦斧へと戻る。
もしこのまま景宗の雷の大刀を受ければ、超硬化合金といえども雷を通し、凍気による痛手とは比べものにならないほどのダメージを負うだろう。
圧倒的優位に立ったが、景宗は動かない。
相手は軍事国家と称される列強の強者。その中でも師団長を務める男だ。
裏や奥の手があって然るべきであり、用心に越したことはない。
おもむろにヴァルムンドが口を開いた。
「いやー、強いね。さすがは焔乃宮景宗……さて、取引といこうか」
景宗は戦闘態勢を解かずに応じる。
「取引? 条件次第だな」
正直に言えば、景宗もかなり疲弊していた。
条件次第では受け入れるつもりだが、姿の見えない鷹司冬成のことが気にかかり、ヴァルムンドに問いかける。
「それとお前たちの総大将がいないようだが――勝手に決めていいのか?」
ヴァルムンドは少し表情を緩めて答えた。
「この一騎打ちの全権は俺に任されているから、問題はない。それに大将は……取り込み中だ」
察しろと言わんばかりのヴァルムンドの態度に、景宗は全力で思考を巡らせる。
城の中では直影と冬成の軍が戦っているはずだ。
冬成の足止めは直影の役目であり、彼はそれをしっかりと果たしてくれている。
若年兵がここにいることを直影は知っているだろうか。
彼らを取り戻して焔乃宮軍が退いたことを知らず、城内で冬成を討ち破って留まれば、一万の黒鋼国軍を相手にしなければならなくなる。
いくら句倶理流忍軍・歴代最強と称される焔直影といえど、一万の兵をどうにかできるとは思えない。
なんとか直影と連絡をとる方法はないかと模索していたその時、背後から声が聞こえた。
「景宗様、お取り込み中……失礼いたします」
その声に覚えはなかったが、心当たりがないわけでもない。
こうも簡単に背後を取られるとは自分もまだまだだな、と自嘲しながら、景宗はその声に答えた。
「句倶理流忍軍の者か? 手短に頼む……」
「ハッ。冬成の足止めに成功。若年兵は見つからず、直影様は負傷なされ、場を離れました」
直影の傷は心配だが、これは朗報だった。
これで城内の様子を気にせず、条件を飲むか否かを決められる。
景宗の背後にいた黒い影は、同時に焔乃宮神叡の前にも膝をつき、同じ報告をしていた。
二人とも、この忍者に面識はなかった。
というより、焔直影以外の句倶理流忍軍の顔や声を知る者はいないのだ。
隠密、そして焔乃宮家に不正がないかの監視も兼ねているため、頭領の直影以外は決して顔を晒さない。
それが……今回は裏目に出た。
この忍者は、鷹司冬成の直轄の部下が化けた偽物だったのである。
景宗と神叡は目を合わせ、互いを確かめ合うように頷いた。
ヴァルムンドが戦斧から手を離して腕を組んでいるのを確認すると、景宗は大刀を鞘に収め、話し合う姿勢を見せた。
「いいだろう。条件とやらを聞こうか」
ヴァルムンドは笑いながら言う。
「簡単なことだ。人質解放と同時に、お互い軍を退く。それと撤退の合図を焔乃宮軍の形式で――派手に頼む。うちには『撤退』の二文字はないからな……」
それと同時に、十字に張り付けにされていた若年兵たちが解放された。
まだ黒鋼国武将の手の内にあるが、焔乃宮軍に安堵の声が漏れる。
それでも神叡は気を抜かず、黒鋼国軍を睨みつけて牽制しながら言った。
「我が兵をこちらに歩かせてもらおう――」
「いや、撤退の合図が先だ。選択権はまだこちらにある!」
ヴァルムンドは神叡の言葉を遮った。
城へ潜入した句倶理流忍軍は撤退した、という偽の報告を神叡たちは受けている。
鷹司冬成も直影が深手を負わせたのなら、城壁前の戦場には戻ってこられないだろう。
なぜそんな条件を出してきたのかは測りかねたが、特に断る理由もない。
神叡は了承し、撤退の合図を命じた。
大太鼓と花火の破裂音が止むと、城内の句倶理流忍軍の動きも止まった。
確かに城の中に若年兵の姿はなく、これ以上の捜索は無駄でしかない。
だが、この状況を焔乃宮神叡は理解しているのか。
目的を果たしての撤退なのか、それとも――損害を被っての撤退なのか。
直影は考えを巡らせるが、納得のいく答えに辿り着けず、配下に指示を出せずにいた。
「捕虜にした兵はどこにいる?」
焔直影は困惑を隠せず、思わず問いかけていた。
鷹司冬成はニヤリと笑って答える。
「言うとでも思っているのか……」
その声には、少し呆れたような響きがあった。
あの撤退の合図が本物なら、焔直影率いる句倶理流忍軍は絶望的な状況にある。
仮に冬成の軍を打ち破ったとしても、外には一万の兵が待ち構えているのだ。
直影は微かな希望にかけ、刀を握り直した。
静と動が一瞬で交差した刹那、辺りには衝撃波と、相対する力の反発が巻き起こる。
法術と研ぎ澄まされた武術は噛み合い、まるで予定調和のもとで行われる演武のようであった。
二本の大刀を手足のように操り、雷と焔を撒き散らす景宗の突き。
その攻撃を、重量級の戦斧の遠心力を利用して弾くヴァルムンド。
一撃ごとに威力は増していき、大上段からの戦斧の一撃は地面を割り、凍結させ、深い穴を穿つ。
景宗は後ろへ跳びかわし、二刀を構え直した。
凍結法術の恐ろしいところは、触れる物すべてを凍らせ、粉砕するところだ。
もし、景宗の鎧や体の一部に触れようものなら、容易く欠損し、二度と戻らなくなるだろう。
それは武器も同じで、景宗の法力が途切れようものなら一瞬で砕かれ、本人にも被害が及ぶはずだ。
利点だらけの凍結法術にも弱点はあった。
景宗は軽く息を吸い、絞り出すように言った。
「随分と手甲が白くなっているな――それも凍結法術の恩恵か?」
ヴァルムンドは笑った。
「中々、余裕があるな焔乃宮の長男よ。あぁ、冷たくてしょうがないよ……」
そう言うと、彼は凍結の法術を解いた。
垂れ流しになっていた白いモヤが止まり、戦斧フロストリーヴァーの持ち手を地面に突き刺す。
凍結法術は強力であるがゆえに、術者自身にも痛手を負わせるのだ。
凍気が武器と空気を伝わり、凍傷が手足を蝕んでいく。
それは身体の欠損を招き、死に至らしめる諸刃の剣。
短期決戦には向いているが、長期戦になれば弱点が牙を剥く。
ヴァルムンドは戦斧を離して手を温めたいところだろうが、そんなことは許されるはずもなく、ただ耐えるしかない。
氷点下まで冷やされた戦斧を握る手には、凍気を伝えにくい丈夫な手袋を嵌めているが、いつ凍傷になり、下手をすれば崩れ落ちて欠損するかもわからぬ危うさがあった。
再び戦斧を構え、ヴァルムンドは口を開く。
「できれば、その焔で少しばかり暖めてくれないかな」
そんな冗談は、今の景宗には通じない。
「敵に塩を送るつもりはない……雷と焔で、その身を焦がしてやるよ、グロス・ヴァルムンド!」
ヴァルムンドは戦斧を振り回し、遠心力をつけながら応えた。
「ジョークの通じない少年だな! モテないぞ!」
雷と焔を纏った大刀と、凍気を纏った戦斧が激突し、衝撃波が空気を揺らして轟音を撒き散らした。
地下の大部屋の中央では、焔直影と鷹司冬成が向き合い、力比べのごとく鍔迫り合いを演じていた。
いつもは左手だけで小太刀を扱う直影だが、体格差もあり、純粋な力比べでは冬成には敵わない。
両手で柄を握り、必死に押し返そうとしていた。
カチャカチャと音を立てる二本の刀を挟んで睨み合う二人は、武術もさることながら、頭のキレも良く口も回る。
「何の冗談だ冬成……神叡が俺たちを見捨てた? 言っている意味がわからんな」
冬成は笑いながら答えた。
「おかしいと思わんか。外が静かだろ……」
確かに、先ほどまで激しかった金属音が鳴りを潜めている。
その程度の揺さぶりで動揺する直影ではない。
「何らかの術でも、この部屋に仕込んだか。相変わらず、小賢しいな――」
同時に金属音が響き、後ろへ跳ぶ二人。
直影は肩口の布が切れ、冬成は手甲に火花が散った。
離れる一瞬の間に三手のやり取りがあり、最後の一撃が、この一騎打ちで初めて互いの身体をかすめたのだ。
直影と冬成は二手三手先を読みながら、刀を振るい術を繰り出す。
他に気を回す余裕はなく、戦況が不利なのか有利なのかも判然としない。
冬成は戦いを楽しんでいたが、直影は焦っていた。
直影は一刻も早く外の本隊と連絡を取り、今後の作戦を決めたかった。
だが、それを許してくれるほど鷹司冬成という男は甘くない。
それでも、目的の一つである冬成の足止めは果たしている。
都合良く討ち取ることができれば、本隊との挟み撃ちという作戦も視野に入る。
直影の足元には、仲間の死体が転がり、増えてゆく。
死ぬのが怖いわけではない。
自分が発案した作戦だけに、役目を果たせず世を去ることだけは避けたかった。
――なんとしても、冬成だけはこの場に足止めする!
そう心に決め、小太刀を握り直して幻術の準備に入る。
その時、天窓から大太鼓を打つ音が聞こえ、花火が一発だけ上がって破裂音が響いた。
直影は目を見開いた。
「馬鹿な……撤退だと……」
句倶理流忍軍の誰もが耳を疑った。
冬成は口元を緩め、句倶理流忍軍に向かって叫んだ。
「お前らは見捨てられたのだ! ここで全員……死ぬがよい!」
白い凍気を放つ戦斧は空気中の水分を凍結させ、辺りに霜と氷を撒き散らす。
グロス・ヴァルムンドの凍結法術だけに目がいくが、彼は母国にいた頃から手にしていた戦斧の扱いにも長けていた。
戦火の絶えない大陸を戦斧一本で生き抜き、この東方の地・黒鋼国に辿り着く頃には、天下無双ともいえる腕前になっていた。
この地では、ヴァルムンドの母国とはまったく違う文化や文明が発展しており、彼は目を見張った。
大陸では「魔法」と呼んでいた術の発展が著しく、多種多様に枝分かれし、生活の中に――そして戦場に溶け込んでいる。
時が経ち、黒鋼国で暴れ回っていた際に鷹司冬成と刃を交え、一度は投獄されるも、鵜鞍焃王に見出され、冬成の助言もあって黒鋼国軍に入った。
そこからみるみるうちに頭角を現し、希少性の高い凍結の法術まで身につけたのだ。
戦斧フロストリーヴァーを構えながら、彼は思う。
――やはり戦いはいい。冬成についてきて正解だったな……。
景宗はとどめを刺すべく、二刀同時に突きを連続で繰り出す。
ヴァルムンドは飛来する連突きを、戦斧の柄の中央を握って回転させ、弾き飛ばした。
間合いを取ろうとする景宗に対し、重量級の戦斧の遠心力を利用した一撃を放つ。
高速で振り下ろされた刃が景宗の脳天を狙うも、横にかわされ、地面に突き刺さった刃が大地を凍りつかせ、砕いた。
氷の破片が飛び散る中、ヴァルムンドはギラついた目で景宗を射抜く。
ただならぬ気配に景宗は足を止め、様子を伺った。
受けに回る必要はないが、無理に攻めずとも相手が凍結法術により自滅するのは明白だ。
攻めるしかない状況で、ヴァルムンドが手を休めるなど考えづらかった。
ヴァルムンドは動かず、あろうことか戦斧に法力を送るのをやめた。
白いモヤは収まり、それはただの一本の戦斧へと戻る。
もしこのまま景宗の雷の大刀を受ければ、超硬化合金といえども雷を通し、凍気による痛手とは比べものにならないほどのダメージを負うだろう。
圧倒的優位に立ったが、景宗は動かない。
相手は軍事国家と称される列強の強者。その中でも師団長を務める男だ。
裏や奥の手があって然るべきであり、用心に越したことはない。
おもむろにヴァルムンドが口を開いた。
「いやー、強いね。さすがは焔乃宮景宗……さて、取引といこうか」
景宗は戦闘態勢を解かずに応じる。
「取引? 条件次第だな」
正直に言えば、景宗もかなり疲弊していた。
条件次第では受け入れるつもりだが、姿の見えない鷹司冬成のことが気にかかり、ヴァルムンドに問いかける。
「それとお前たちの総大将がいないようだが――勝手に決めていいのか?」
ヴァルムンドは少し表情を緩めて答えた。
「この一騎打ちの全権は俺に任されているから、問題はない。それに大将は……取り込み中だ」
察しろと言わんばかりのヴァルムンドの態度に、景宗は全力で思考を巡らせる。
城の中では直影と冬成の軍が戦っているはずだ。
冬成の足止めは直影の役目であり、彼はそれをしっかりと果たしてくれている。
若年兵がここにいることを直影は知っているだろうか。
彼らを取り戻して焔乃宮軍が退いたことを知らず、城内で冬成を討ち破って留まれば、一万の黒鋼国軍を相手にしなければならなくなる。
いくら句倶理流忍軍・歴代最強と称される焔直影といえど、一万の兵をどうにかできるとは思えない。
なんとか直影と連絡をとる方法はないかと模索していたその時、背後から声が聞こえた。
「景宗様、お取り込み中……失礼いたします」
その声に覚えはなかったが、心当たりがないわけでもない。
こうも簡単に背後を取られるとは自分もまだまだだな、と自嘲しながら、景宗はその声に答えた。
「句倶理流忍軍の者か? 手短に頼む……」
「ハッ。冬成の足止めに成功。若年兵は見つからず、直影様は負傷なされ、場を離れました」
直影の傷は心配だが、これは朗報だった。
これで城内の様子を気にせず、条件を飲むか否かを決められる。
景宗の背後にいた黒い影は、同時に焔乃宮神叡の前にも膝をつき、同じ報告をしていた。
二人とも、この忍者に面識はなかった。
というより、焔直影以外の句倶理流忍軍の顔や声を知る者はいないのだ。
隠密、そして焔乃宮家に不正がないかの監視も兼ねているため、頭領の直影以外は決して顔を晒さない。
それが……今回は裏目に出た。
この忍者は、鷹司冬成の直轄の部下が化けた偽物だったのである。
景宗と神叡は目を合わせ、互いを確かめ合うように頷いた。
ヴァルムンドが戦斧から手を離して腕を組んでいるのを確認すると、景宗は大刀を鞘に収め、話し合う姿勢を見せた。
「いいだろう。条件とやらを聞こうか」
ヴァルムンドは笑いながら言う。
「簡単なことだ。人質解放と同時に、お互い軍を退く。それと撤退の合図を焔乃宮軍の形式で――派手に頼む。うちには『撤退』の二文字はないからな……」
それと同時に、十字に張り付けにされていた若年兵たちが解放された。
まだ黒鋼国武将の手の内にあるが、焔乃宮軍に安堵の声が漏れる。
それでも神叡は気を抜かず、黒鋼国軍を睨みつけて牽制しながら言った。
「我が兵をこちらに歩かせてもらおう――」
「いや、撤退の合図が先だ。選択権はまだこちらにある!」
ヴァルムンドは神叡の言葉を遮った。
城へ潜入した句倶理流忍軍は撤退した、という偽の報告を神叡たちは受けている。
鷹司冬成も直影が深手を負わせたのなら、城壁前の戦場には戻ってこられないだろう。
なぜそんな条件を出してきたのかは測りかねたが、特に断る理由もない。
神叡は了承し、撤退の合図を命じた。
大太鼓と花火の破裂音が止むと、城内の句倶理流忍軍の動きも止まった。
確かに城の中に若年兵の姿はなく、これ以上の捜索は無駄でしかない。
だが、この状況を焔乃宮神叡は理解しているのか。
目的を果たしての撤退なのか、それとも――損害を被っての撤退なのか。
直影は考えを巡らせるが、納得のいく答えに辿り着けず、配下に指示を出せずにいた。
「捕虜にした兵はどこにいる?」
焔直影は困惑を隠せず、思わず問いかけていた。
鷹司冬成はニヤリと笑って答える。
「言うとでも思っているのか……」
その声には、少し呆れたような響きがあった。
あの撤退の合図が本物なら、焔直影率いる句倶理流忍軍は絶望的な状況にある。
仮に冬成の軍を打ち破ったとしても、外には一万の兵が待ち構えているのだ。
直影は微かな希望にかけ、刀を握り直した。
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シャカシャカ鳴る、ただの袋。
なのにその袋は、なぜか竜を落ち着かせる。
討伐か、保護か。
世界の常識と、ひとりの男の常識が衝突する。
これは――
ビニール袋から始まる、異世界保護ファンタジー。