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紅葉狩りと、王女の小さな嘘
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秋の終わりが、山々を赤く染めていた。
雲渓村から少し山を登ると、谷を望む丘があり、そこでは紅葉が今まさに見頃を迎えていた。
そんな季節の空気に誘われて、霧雲堂でも「紅葉狩り茶会」を開くことになった。
「ふふ、紅葉にはやっぱり栗の甘露煮と、あったかい煎茶よね~」
そう言って、店の戸を軽やかに開けたのは、王女カリンだった。
いつもの豪華なドレス姿ではなく、村娘のような動きやすい装い。肩にふわりと羽織をかけ、手には大きな木箱を抱えている。
「ああ、お待ちしておりました。例の“薬箱”、持ってきていただけましたか?」
シュウは奥から出てきて、カリンの持つ木箱に目をやった。
それは、霊真王国の薬師たちに受け継がれてきた秘伝の薬箱――通常は宮廷から持ち出すことなど許されぬ代物だ。
「はい。ただし……これは“内緒”ということでお願いします」
「ほう、王族が持ち出し禁止の品を“内緒”とは、大胆ですね」
「たまには、冒険もいいでしょう?」
いたずらっぽく笑うカリンに、シャオケイが呆れたように眉を上げる。
「姫さま、まるで旅商人みたいですよ。その格好」
「旅する姫君、って響き、ちょっと憧れるじゃない?」
その午後、霧雲堂は店を一時閉め、全員で丘の上へ向かった。
紅葉に染まった山道を抜けると、そこには黄金と朱のじゅうたんが広がっていた。
「うわぁ……きれい……!」
シャオケイは両手を広げて風を受け、ウーロンは落ち葉の中をくるくると走り回る。
カクエンとトウファも揃っており、霧雲堂の仲間たちがゆったりと座るにはちょうどいい広さの平地だった。
シュウが携えた茶道具を並べ、湯を沸かし始める。
「今日の茶は、“霊蘭”と“紅葉”の香りを合わせたものです。色味も紅葉に合わせて、やや赤みを強くしてあります」
「さすが師匠。お茶にも季節感が……」
カリンも茶碗を手に取り、香りを確かめた。
「これは……少し甘くて、でも芯のある香り。お兄様も好きそう」
ふと口にしたその言葉に、シュウがちらりと視線を向けた。
「……兄、ですか。あなたが王宮を抜け出した本当の理由も、それですか?」
「……さすが。鋭いわね、先生」
カリンは少し苦笑して、そっと薬箱を開ける。
中には、びっしりと並んだ小瓶と紙包み。それぞれに、手書きのラベルが貼られている。
「兄上の病が、また悪化してきたの。でも、宮廷の薬師たちは、もう手がないって」
「だから、自分で探しに?」
「ええ。先生の処方が、王宮に届いていたのは知ってたの。お兄様も、シュウ先生の“静心丹”だけは“少し楽になる”って言っていたのよ」
静心丹――精神を落ち着け、呼吸を穏やかにする緩和剤。
重度の神経過敏症や慢性喘息に効くとされるが、完全な治癒薬ではない。
「まだ間に合うかもしれない。あたし、諦めたくないの」
その言葉に、シュウはしばし黙って紅葉を見つめた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……薬というのはな。治すのではなく、支えるものです。人の心と体が、自ら回復するための“きっかけ”にすぎません」
そして、紅葉の落ち葉を一枚拾い、茶に浮かべた。
「だが、その支えがあれば、人は変われます。たとえば――あなたのように、ね」
「……ありがとう、先生」
夕暮れ。
村の紅葉が、空の朱と交じり合う。
王女と弟子、そして元宮廷錬丹術士が一緒に囲んだ野点の茶席。
木箱の薬草と、笑顔と、静かな決意が、そこにあった。
雲渓村から少し山を登ると、谷を望む丘があり、そこでは紅葉が今まさに見頃を迎えていた。
そんな季節の空気に誘われて、霧雲堂でも「紅葉狩り茶会」を開くことになった。
「ふふ、紅葉にはやっぱり栗の甘露煮と、あったかい煎茶よね~」
そう言って、店の戸を軽やかに開けたのは、王女カリンだった。
いつもの豪華なドレス姿ではなく、村娘のような動きやすい装い。肩にふわりと羽織をかけ、手には大きな木箱を抱えている。
「ああ、お待ちしておりました。例の“薬箱”、持ってきていただけましたか?」
シュウは奥から出てきて、カリンの持つ木箱に目をやった。
それは、霊真王国の薬師たちに受け継がれてきた秘伝の薬箱――通常は宮廷から持ち出すことなど許されぬ代物だ。
「はい。ただし……これは“内緒”ということでお願いします」
「ほう、王族が持ち出し禁止の品を“内緒”とは、大胆ですね」
「たまには、冒険もいいでしょう?」
いたずらっぽく笑うカリンに、シャオケイが呆れたように眉を上げる。
「姫さま、まるで旅商人みたいですよ。その格好」
「旅する姫君、って響き、ちょっと憧れるじゃない?」
その午後、霧雲堂は店を一時閉め、全員で丘の上へ向かった。
紅葉に染まった山道を抜けると、そこには黄金と朱のじゅうたんが広がっていた。
「うわぁ……きれい……!」
シャオケイは両手を広げて風を受け、ウーロンは落ち葉の中をくるくると走り回る。
カクエンとトウファも揃っており、霧雲堂の仲間たちがゆったりと座るにはちょうどいい広さの平地だった。
シュウが携えた茶道具を並べ、湯を沸かし始める。
「今日の茶は、“霊蘭”と“紅葉”の香りを合わせたものです。色味も紅葉に合わせて、やや赤みを強くしてあります」
「さすが師匠。お茶にも季節感が……」
カリンも茶碗を手に取り、香りを確かめた。
「これは……少し甘くて、でも芯のある香り。お兄様も好きそう」
ふと口にしたその言葉に、シュウがちらりと視線を向けた。
「……兄、ですか。あなたが王宮を抜け出した本当の理由も、それですか?」
「……さすが。鋭いわね、先生」
カリンは少し苦笑して、そっと薬箱を開ける。
中には、びっしりと並んだ小瓶と紙包み。それぞれに、手書きのラベルが貼られている。
「兄上の病が、また悪化してきたの。でも、宮廷の薬師たちは、もう手がないって」
「だから、自分で探しに?」
「ええ。先生の処方が、王宮に届いていたのは知ってたの。お兄様も、シュウ先生の“静心丹”だけは“少し楽になる”って言っていたのよ」
静心丹――精神を落ち着け、呼吸を穏やかにする緩和剤。
重度の神経過敏症や慢性喘息に効くとされるが、完全な治癒薬ではない。
「まだ間に合うかもしれない。あたし、諦めたくないの」
その言葉に、シュウはしばし黙って紅葉を見つめた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……薬というのはな。治すのではなく、支えるものです。人の心と体が、自ら回復するための“きっかけ”にすぎません」
そして、紅葉の落ち葉を一枚拾い、茶に浮かべた。
「だが、その支えがあれば、人は変われます。たとえば――あなたのように、ね」
「……ありがとう、先生」
夕暮れ。
村の紅葉が、空の朱と交じり合う。
王女と弟子、そして元宮廷錬丹術士が一緒に囲んだ野点の茶席。
木箱の薬草と、笑顔と、静かな決意が、そこにあった。
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