追放された宮廷錬丹術士、山奥で仙人ライフ始めます 〜薬草を煎じてるだけなのに、王女や弟子が次々やってくる件〜

甘夏蜜柑

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薬草採りと、ひと粒の真珠花

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 霧雲堂の朝は早い。
 陽が差し始めたころ、シュウは薬籠を背負い、山の奥へと足を運んでいた。

「今日は“星影の丘”まで行ってみましょう。あそこなら、春の薬草がちょうど咲いている頃です」

 同行するのは、弟子のシャオケイ一人。
 カリンは前日の発表会で張り切りすぎたせいか、朝からぐったりしていた。

「たまにはお留守番も必要です。……では、行きましょうか」

「はいっ!」

 山道を登る途中、空気は次第に冷たく澄み、土の香りが強くなっていく。

「シュウ先生、今日の目当ては“白茅”と“星月草”でしたよね?」

「ええ。どちらも春先の体調を整えるには重宝する薬草です。特に星月草は、精神の疲れにも効く。村の老人たちに喜ばれますよ」

 山の斜面に差しかかると、ちらほらと星形の小さな花が姿を見せ始めた。
 シュウは膝をつき、手袋を外して土に触れる。

「……よく育っていますね」

「先生、あそこに……白く光る花、見えませんか?」

 シャオケイが指さした先。
 苔むした岩の隙間に、小さく、けれど鮮やかに咲いていたのは――

「……真珠花(しんじゅか)……」

「え?」

「これは……かつて、私が王宮で初めて調合を任されたとき、偶然使った薬草です」

 シュウの瞳に、懐かしさと、わずかな哀しみが宿る。

 ――十数年前。

 まだ王都で“宮廷錬丹術士”として修行を始めたばかりのころ。
 若いシュウはある夜、病に伏した側妃のため、師からの命で茶薬の調合を任された。

 未熟だった彼は、資料にない花を、感覚だけで選び入れた。
 それが真珠花だった。

「結果的に効能は穏やかで、側妃の回復は順調でした。でも……師からはこっぴどく叱られました」

「勝手に薬草を選んではいけないって……?」

「そうです。効き目は良くても、根拠がなければ、錬丹術士として失格だと。……正論でした」

 しかし、とシュウはそっと微笑んだ。

「あの夜、側妃が言ったのです。“あの花、月の香りがして、夢を見ているみたいだった”と」

 真珠花は、夜に月光を浴びるとわずかに光を帯び、穏やかな香りを放つという。
 その姿を見つめながら、シュウはふうと息を吐いた。

「……私にとって、初心を思い出させてくれる薬草なのです」

 その後、採取を終えた二人は、山を降りて村へ戻った。
 その背中の籠には、丁寧に包んだ真珠花が一輪だけ、そっと揺れていた。

 霧雲堂の夕暮れ。
 カリンが縁側でぬるめの茶をすする傍ら、ウーロンが足元に丸まっている。

「おかえりなさい、ふたりとも。いいもの採れましたか?」

「ええ。今夜は新しいブレンドを試してみましょう。……初心に返って、ですね」

 シュウは微笑みながら茶棚を開けた。
 そして、小さな花びらを一片、そっと茶に浮かべる。

「“夢見の香”――これが、今日の一杯です」

 香りはやわらかく、ほんのり甘く。
 カリンもシャオケイも、うっとりと目を閉じて、しばし時を忘れる。

 この小さな薬草が、いつか誰かの記憶の奥で、やさしい光になりますように――
 そんな願いを込めて、シュウは静かに茶を注ぎ続けていた。
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