15 / 34
十四 毒草園
しおりを挟む
「師姐、どうしたんですか?」
怪訝そうな顔で近づいてきた楊楓に、紅鴛は今しがたの発見を語った。
「蜈蚣尊者の毒の源がこの草だとすれば、その蜈蚣大尊もいるかもしれないってことですか?」
「あるいは、翠繡達もね。もし二人が蜈蚣大尊の毒にあたったのだとしたら、解毒の手がかりを求めてこの地を訪れたのも不思議ではないはず。毒草が生えている場所には、必ずその毒を解く植物や、毒の効かない生き物がいるはずなの」
「少しあたりを探ってみますか?」
紅鴛は頷きかけて、楊楓が怪我を負っていることを思い出した。
「いいえ。今日は休みましょう。歩き回るなら、日が昇ってからの方がいいもの」
二人は岩場へと戻り、その日は眠りについた。
翌朝、紅鴛は早くに起き上がると、まだ目の覚めない弟弟子を残して探検に出かけた。
毒草が生えていた木を目印に奥へ奥へと進むと、空気が湿っぽくなり、濃い土の臭いが満ちていた。不気味な色の花や、刺だらけの蔦、真っ赤な色をした棒のような茸など、おかしな植物がやたらと目につく。どうやらここは毒物の楽園らしい。
ふと、草むらがざわついた。咄嗟に腰の剣へ手をかけながら振り向く。
飛び出してきたのは、小さな兎だった。向こうも人間の姿を見つけて驚いたのか、くりくりとした瞳を丸く見開き、また草むらの中に飛びこんでしまう。
安堵に肩を落とした矢先――紅鴛は見た。
草むら越しに、ほっそりとした人影がたたずんでいるのを。黒い外套をまとい、顔も頭巾で覆われ、口元が辛うじて覗いている。色鮮やかな毒物の林に囲まれてぽつねんと立つ姿は、形容しがたい不気味さがあった。
出し抜けに、影は身を翻した。軽功を用いて飛ぶように走り去る。
「待って!」
叫びながら、紅鴛も追いかけた。軽功なら大抵の相手に勝る自信がある。しかし、影は一帯の地形を熟知しているのか、右へ左に道を曲がり、紅鴛の足先を惑わせた。こちらの方が間違いなく速いのに、なかなか捕まえられない。
地の利が相手にある以上、進む先には罠が待ち構えているかもしれない。深追いして墓穴を掘ったらことだ。紅鴛は慎重にならざるを得なかった。林の中をぐねぐね回るうち、ついに影の姿を見失った。
やむを得ず、道を引き返す。
戻るのにも大分時間がかかった。楊楓が岩場で待っていた。紅鴛の姿を見るなり、表情が安堵で和らぐ。
「置いて行かれたかと思いました。どうしたんです?」
「怪しい人影を見たの。一緒に探すのを手伝って」
二人は再度、毒林へと足を運んだ。今度は迷わないよう目印をつけていく。罠を警戒し、二人は長い枝を持って地面や岩場を叩きながら進み続けた。
半刻ばかりも捜索したところで、楊楓がふと言った。
「このあたりの草、自然に生えてきたものじゃなさそうですね。ほら、人の手が加えられてます」
言われて紅鴛も気がついた。土を掘って植えた跡が幾つもある。恐らくあの影の仕業に違いない。この岩峰林の湿っぽい空気は、毒草を育てるの適した環境なのだろう。
「師姐。ここはもう奴の縄張りでしょう。この毒園に火を放てば、怒って姿を見せるかもしれませんよ」
「周囲を探し尽くしても、見つからなかったらね。それまで余計な挑発は無用よ」
この弟弟子は気持ちばかりが先走って、慎重さに欠けるところがある。とはいえ、これも経験の差かもしれない。紅鴛が十七歳の頃はもう、掌門候補として江湖の色んな危険を潜り抜けてきた。楊楓はまだそうした試練に直面したことがないのだ。今回の旅は、彼にとってよい学びになるかもしれない。
毒園のそばには何も植えられていない土の小道があった。進んでいくと、洞穴が見えた。
入口の布巾に足跡が微かに残っている。誰かが出入りしていたのは間違いない。
楊楓が微かに息をのむ。
「行ってみましょう」
弟弟子を促して、紅鴛は歩き出した。
その瞬間、か細い声が聞こえた。
「姉さん……?」
紅鴛は立ち止まった。他でもない、ずっと探し求めていた相手の声――。
風の音を聞き違えたわけでも、空耳でも無かった。
おもむろに振り向くと、茂みの中に、青白い顔をした白翠繡が立っていた。
怪訝そうな顔で近づいてきた楊楓に、紅鴛は今しがたの発見を語った。
「蜈蚣尊者の毒の源がこの草だとすれば、その蜈蚣大尊もいるかもしれないってことですか?」
「あるいは、翠繡達もね。もし二人が蜈蚣大尊の毒にあたったのだとしたら、解毒の手がかりを求めてこの地を訪れたのも不思議ではないはず。毒草が生えている場所には、必ずその毒を解く植物や、毒の効かない生き物がいるはずなの」
「少しあたりを探ってみますか?」
紅鴛は頷きかけて、楊楓が怪我を負っていることを思い出した。
「いいえ。今日は休みましょう。歩き回るなら、日が昇ってからの方がいいもの」
二人は岩場へと戻り、その日は眠りについた。
翌朝、紅鴛は早くに起き上がると、まだ目の覚めない弟弟子を残して探検に出かけた。
毒草が生えていた木を目印に奥へ奥へと進むと、空気が湿っぽくなり、濃い土の臭いが満ちていた。不気味な色の花や、刺だらけの蔦、真っ赤な色をした棒のような茸など、おかしな植物がやたらと目につく。どうやらここは毒物の楽園らしい。
ふと、草むらがざわついた。咄嗟に腰の剣へ手をかけながら振り向く。
飛び出してきたのは、小さな兎だった。向こうも人間の姿を見つけて驚いたのか、くりくりとした瞳を丸く見開き、また草むらの中に飛びこんでしまう。
安堵に肩を落とした矢先――紅鴛は見た。
草むら越しに、ほっそりとした人影がたたずんでいるのを。黒い外套をまとい、顔も頭巾で覆われ、口元が辛うじて覗いている。色鮮やかな毒物の林に囲まれてぽつねんと立つ姿は、形容しがたい不気味さがあった。
出し抜けに、影は身を翻した。軽功を用いて飛ぶように走り去る。
「待って!」
叫びながら、紅鴛も追いかけた。軽功なら大抵の相手に勝る自信がある。しかし、影は一帯の地形を熟知しているのか、右へ左に道を曲がり、紅鴛の足先を惑わせた。こちらの方が間違いなく速いのに、なかなか捕まえられない。
地の利が相手にある以上、進む先には罠が待ち構えているかもしれない。深追いして墓穴を掘ったらことだ。紅鴛は慎重にならざるを得なかった。林の中をぐねぐね回るうち、ついに影の姿を見失った。
やむを得ず、道を引き返す。
戻るのにも大分時間がかかった。楊楓が岩場で待っていた。紅鴛の姿を見るなり、表情が安堵で和らぐ。
「置いて行かれたかと思いました。どうしたんです?」
「怪しい人影を見たの。一緒に探すのを手伝って」
二人は再度、毒林へと足を運んだ。今度は迷わないよう目印をつけていく。罠を警戒し、二人は長い枝を持って地面や岩場を叩きながら進み続けた。
半刻ばかりも捜索したところで、楊楓がふと言った。
「このあたりの草、自然に生えてきたものじゃなさそうですね。ほら、人の手が加えられてます」
言われて紅鴛も気がついた。土を掘って植えた跡が幾つもある。恐らくあの影の仕業に違いない。この岩峰林の湿っぽい空気は、毒草を育てるの適した環境なのだろう。
「師姐。ここはもう奴の縄張りでしょう。この毒園に火を放てば、怒って姿を見せるかもしれませんよ」
「周囲を探し尽くしても、見つからなかったらね。それまで余計な挑発は無用よ」
この弟弟子は気持ちばかりが先走って、慎重さに欠けるところがある。とはいえ、これも経験の差かもしれない。紅鴛が十七歳の頃はもう、掌門候補として江湖の色んな危険を潜り抜けてきた。楊楓はまだそうした試練に直面したことがないのだ。今回の旅は、彼にとってよい学びになるかもしれない。
毒園のそばには何も植えられていない土の小道があった。進んでいくと、洞穴が見えた。
入口の布巾に足跡が微かに残っている。誰かが出入りしていたのは間違いない。
楊楓が微かに息をのむ。
「行ってみましょう」
弟弟子を促して、紅鴛は歩き出した。
その瞬間、か細い声が聞こえた。
「姉さん……?」
紅鴛は立ち止まった。他でもない、ずっと探し求めていた相手の声――。
風の音を聞き違えたわけでも、空耳でも無かった。
おもむろに振り向くと、茂みの中に、青白い顔をした白翠繡が立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる