武当女侠情剣志

春秋梅菊

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十四 毒草園

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「師姐、どうしたんですか?」
 怪訝そうな顔で近づいてきた楊楓に、紅鴛は今しがたの発見を語った。
「蜈蚣尊者の毒の源がこの草だとすれば、その蜈蚣大尊もいるかもしれないってことですか?」
「あるいは、翠繡達もね。もし二人が蜈蚣大尊の毒にあたったのだとしたら、解毒の手がかりを求めてこの地を訪れたのも不思議ではないはず。毒草が生えている場所には、必ずその毒を解く植物や、毒の効かない生き物がいるはずなの」
「少しあたりを探ってみますか?」
 紅鴛は頷きかけて、楊楓が怪我を負っていることを思い出した。
「いいえ。今日は休みましょう。歩き回るなら、日が昇ってからの方がいいもの」
 二人は岩場へと戻り、その日は眠りについた。

 翌朝、紅鴛は早くに起き上がると、まだ目の覚めない弟弟子を残して探検に出かけた。
 毒草が生えていた木を目印に奥へ奥へと進むと、空気が湿っぽくなり、濃い土の臭いが満ちていた。不気味な色の花や、刺だらけの蔦、真っ赤な色をした棒のような茸など、おかしな植物がやたらと目につく。どうやらここは毒物の楽園らしい。
 ふと、草むらがざわついた。咄嗟に腰の剣へ手をかけながら振り向く。
 飛び出してきたのは、小さな兎だった。向こうも人間の姿を見つけて驚いたのか、くりくりとした瞳を丸く見開き、また草むらの中に飛びこんでしまう。
 安堵に肩を落とした矢先――紅鴛は見た。
 草むら越しに、ほっそりとした人影がたたずんでいるのを。黒い外套をまとい、顔も頭巾で覆われ、口元が辛うじて覗いている。色鮮やかな毒物の林に囲まれてぽつねんと立つ姿は、形容しがたい不気味さがあった。
 出し抜けに、影は身を翻した。軽功を用いて飛ぶように走り去る。
「待って!」
 叫びながら、紅鴛も追いかけた。軽功なら大抵の相手に勝る自信がある。しかし、影は一帯の地形を熟知しているのか、右へ左に道を曲がり、紅鴛の足先を惑わせた。こちらの方が間違いなく速いのに、なかなか捕まえられない。
 地の利が相手にある以上、進む先には罠が待ち構えているかもしれない。深追いして墓穴を掘ったらことだ。紅鴛は慎重にならざるを得なかった。林の中をぐねぐね回るうち、ついに影の姿を見失った。
 やむを得ず、道を引き返す。
 戻るのにも大分時間がかかった。楊楓が岩場で待っていた。紅鴛の姿を見るなり、表情が安堵で和らぐ。
「置いて行かれたかと思いました。どうしたんです?」
「怪しい人影を見たの。一緒に探すのを手伝って」
 二人は再度、毒林へと足を運んだ。今度は迷わないよう目印をつけていく。罠を警戒し、二人は長い枝を持って地面や岩場を叩きながら進み続けた。
 半刻ばかりも捜索したところで、楊楓がふと言った。
「このあたりの草、自然に生えてきたものじゃなさそうですね。ほら、人の手が加えられてます」
 言われて紅鴛も気がついた。土を掘って植えた跡が幾つもある。恐らくあの影の仕業に違いない。この岩峰林の湿っぽい空気は、毒草を育てるの適した環境なのだろう。
「師姐。ここはもう奴の縄張りでしょう。この毒園に火を放てば、怒って姿を見せるかもしれませんよ」
「周囲を探し尽くしても、見つからなかったらね。それまで余計な挑発は無用よ」
 この弟弟子は気持ちばかりが先走って、慎重さに欠けるところがある。とはいえ、これも経験の差かもしれない。紅鴛が十七歳の頃はもう、掌門候補として江湖の色んな危険を潜り抜けてきた。楊楓はまだそうした試練に直面したことがないのだ。今回の旅は、彼にとってよい学びになるかもしれない。
 毒園のそばには何も植えられていない土の小道があった。進んでいくと、洞穴が見えた。
 入口の布巾に足跡が微かに残っている。誰かが出入りしていたのは間違いない。
 楊楓が微かに息をのむ。
「行ってみましょう」
 弟弟子を促して、紅鴛は歩き出した。
 その瞬間、か細い声が聞こえた。
「姉さん……?」
 紅鴛は立ち止まった。他でもない、ずっと探し求めていた相手の声――。
 風の音を聞き違えたわけでも、空耳でも無かった。
 おもむろに振り向くと、茂みの中に、青白い顔をした白翠繡が立っていた。
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