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ぷろろーぐ
0-0 檻の中で
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諸相
僕はずっと考えていたんだ。小さい頃から変わらず、馬鹿みたく変わらない文句。
『大きくなったら皆を助けるヒーローになる!』
こればっか言ってた。昔は夢があって、それで、僕。
結局、何になれたんだっけ?
「おい、おいユーリ!」
「うわぁ! は、はい?」
飛び上がって起きるほどの電撃、いや電撃的驚き。バケツいっぱいの冷たい水を掛けられたらしい。
反射を受けた筋肉が目一杯体を跳ね上げる位だから相当だ。
ん、なんだ、今はいつでここはどこだ?
周囲を見回す。やったのは意地の悪い顔をした兵隊だった。薄汚れたチュニックに腰ベルト、短剣を腰に挿した映画かなんかで見た中世小姓の服装。
周りはどうやら牢屋? のようだ。なんでこんな場所に。
「ぼけっとすんなぁ! 高貴な血筋だかなんだか知らんが、お前はここじゃ立派な奴隷なんだよ!」
またも衝撃、こんどはお尻を蹴られたらしい。
兵士たちはものぐさな、あるいはつまらないような表情を浮かべながら牢をでる。
僕の反応が悪かったからだろうか。
恨みの目線を向ける度胸もなく前を向き直すと、見開かれた無数の目に遭遇する。腰を抜かす間もなく飛び交う怒号のおかげで、それらが何人もの人間の瞳だとすぐにわかった。
「てめぇバラすぞエテ公が!」
「若に何してくれてンだ床の染みにすんぞこら!」
暗がりに月光が照り返す体のその筋肉の掘り深さや、獣臭に近いこもった臭い、ぎらついた眼光それらは彼らの罵倒が口八丁の脅しでないと雄弁に語る。
二本のか細く年老いた腕が鉄格子から延びていなければ卒倒していただろう。
その腕は優しく僕の肩を支え、ぽん、と叩くと格子の奥に引っ込んでいった。
腕の持ち主はぱちくりと、愛嬌あるウィンクをすると闇の中、人だかりに消えた。
老人の一挙手一投足が終わるまで皆は黙っていたが、終えるとすぐさま声の津波が押し寄せる。
「若、体は平気で?」
「またギズモフのクズ野郎の仕業ですよ」
「カイエンに見てもらったらどうでしょう! モグリですが、腕はたいしたもんですよ」
さっきまでの窒息してしまいそうな敵意はそっくりそのまま僕への心配となって押し寄せたのだった。
見ず知らずの男達の心からの心配は勿論、もちろん有難いのだが。
「あ、あの!……ここ、どこですか?」
凍り付くような空気に僕は黙っている事が出来ずに声を出そうとする。どっと歓声が沸き起こる。
「またギズモフの真似ですか? ぶはは!」
「もういいですよ、そのネタ飽きましたって、こすり過ぎ!」
「あ、あはは……」
どうやら何らかのギャグに聞こえたらしい。この分からなすぎる状態もギャグならいいのに。
「それより、王子、我らが主の伝言をあのクズが持ってきたようで」
僕を王子と呼んだ隻眼、隻腕の男は書簡を懐から取り出した。
「王命を拝領!」
その隻腕の号令とともに一子乱れず跪く男達。軍隊、というよりもはやプログラムで動く機械じみた統率だった。
さっきとは一転空気が引き締まった。男が羊皮紙を読み上げる。
「父だ。暫くぶりだと思うが、元気にしているか? 早速で悪いが、この手紙が届いた次の日あたりには例の行事が始まる。手筈はギズモフが承知しているから、予しっかり聞いておく事。会えるのを楽しみにしているぞ……以上です」
読み上げが終わると男達はそれぞれ立ち上がり、もしくはそのまま座り込んで不平や怒りを表しはじめた。何事だろう。
「聞きましたー? 」
背後に声。振り向くと男がいた。コイツには一瞬であだ名をつけられる。ハリウッド君だ。
ブロンドヘアで60年代の恋愛映画、もしくはアメリカホームドラマに出てきそうな七三分けの髪型に真新しいカーキのトレンチコートと革手袋。
もう少しがっしりして顎が割れていれば完璧だ。
笑顔、立ち振舞い、姿形の全てが何もかも胡散臭い。バカな僕でもすぐわかる。コイツは信じちゃだめだ。
男は右前髪をかきあげ、鎧を着込んだ衛兵に指示して正面の格子を空けさせ、牢屋に入ってくる。
「さあさあ、ご歓談の所悪いですけど、貴方たちの王様のご要望です……借りてきますねー?」
俺を強引に引っ張り出した男は衛兵の槍の穂先に掛けていたつば長ハットを被ると牢屋から出る。
二人が15秒ほど無言で階段を登った所か。松明の繊維か、あるいは引き寄せられ炙られた蛾の爆ぜる小さな音と足音だけが木霊する螺旋階段の中、男は口を開いた。
「名前はなんと言うので?」
「ユーリ」
返答に少し間が空いてしまった。何か嫌な感じかして、とっさに本名ではなく皆が呼ぶ名前を口にしたのだ。男は返答しない。
小首を傾げるようにしてこちらを見た男の表情は暗いせいで分からなかった。けれど男は気にする様子もなく歩みを進め、やがて光が見えてきた。
「綺麗……」
思わず声が出た。目の前に広がるのは美しい夜景。
青白い満月の下月光に照らされた街並みは、奥ゆかしく生活の灯を揺らめかせ、蝋燭に似た暖かみを微か放っていた。
それをぐるりとかこむ城壁の上には長大で透き通った水晶が光り、その幾つもが空まで覆って天蓋となっている。空も地も愛おしい星々に満ちていた。
街全体が幾何学の水母に守られているみたいで、この光景は現実離れして見える。
先を歩んでいた男は歩みを止め振り向くと、帽子を脱いだ。
「紹介が遅れたね。私はギズモフ・バレンシア。ここハッサリア管区帝国治安当局の者だ」
月光の下男の顔に刻まれた表情は、不敵な笑みであった。
僕はずっと考えていたんだ。小さい頃から変わらず、馬鹿みたく変わらない文句。
『大きくなったら皆を助けるヒーローになる!』
こればっか言ってた。昔は夢があって、それで、僕。
結局、何になれたんだっけ?
「おい、おいユーリ!」
「うわぁ! は、はい?」
飛び上がって起きるほどの電撃、いや電撃的驚き。バケツいっぱいの冷たい水を掛けられたらしい。
反射を受けた筋肉が目一杯体を跳ね上げる位だから相当だ。
ん、なんだ、今はいつでここはどこだ?
周囲を見回す。やったのは意地の悪い顔をした兵隊だった。薄汚れたチュニックに腰ベルト、短剣を腰に挿した映画かなんかで見た中世小姓の服装。
周りはどうやら牢屋? のようだ。なんでこんな場所に。
「ぼけっとすんなぁ! 高貴な血筋だかなんだか知らんが、お前はここじゃ立派な奴隷なんだよ!」
またも衝撃、こんどはお尻を蹴られたらしい。
兵士たちはものぐさな、あるいはつまらないような表情を浮かべながら牢をでる。
僕の反応が悪かったからだろうか。
恨みの目線を向ける度胸もなく前を向き直すと、見開かれた無数の目に遭遇する。腰を抜かす間もなく飛び交う怒号のおかげで、それらが何人もの人間の瞳だとすぐにわかった。
「てめぇバラすぞエテ公が!」
「若に何してくれてンだ床の染みにすんぞこら!」
暗がりに月光が照り返す体のその筋肉の掘り深さや、獣臭に近いこもった臭い、ぎらついた眼光それらは彼らの罵倒が口八丁の脅しでないと雄弁に語る。
二本のか細く年老いた腕が鉄格子から延びていなければ卒倒していただろう。
その腕は優しく僕の肩を支え、ぽん、と叩くと格子の奥に引っ込んでいった。
腕の持ち主はぱちくりと、愛嬌あるウィンクをすると闇の中、人だかりに消えた。
老人の一挙手一投足が終わるまで皆は黙っていたが、終えるとすぐさま声の津波が押し寄せる。
「若、体は平気で?」
「またギズモフのクズ野郎の仕業ですよ」
「カイエンに見てもらったらどうでしょう! モグリですが、腕はたいしたもんですよ」
さっきまでの窒息してしまいそうな敵意はそっくりそのまま僕への心配となって押し寄せたのだった。
見ず知らずの男達の心からの心配は勿論、もちろん有難いのだが。
「あ、あの!……ここ、どこですか?」
凍り付くような空気に僕は黙っている事が出来ずに声を出そうとする。どっと歓声が沸き起こる。
「またギズモフの真似ですか? ぶはは!」
「もういいですよ、そのネタ飽きましたって、こすり過ぎ!」
「あ、あはは……」
どうやら何らかのギャグに聞こえたらしい。この分からなすぎる状態もギャグならいいのに。
「それより、王子、我らが主の伝言をあのクズが持ってきたようで」
僕を王子と呼んだ隻眼、隻腕の男は書簡を懐から取り出した。
「王命を拝領!」
その隻腕の号令とともに一子乱れず跪く男達。軍隊、というよりもはやプログラムで動く機械じみた統率だった。
さっきとは一転空気が引き締まった。男が羊皮紙を読み上げる。
「父だ。暫くぶりだと思うが、元気にしているか? 早速で悪いが、この手紙が届いた次の日あたりには例の行事が始まる。手筈はギズモフが承知しているから、予しっかり聞いておく事。会えるのを楽しみにしているぞ……以上です」
読み上げが終わると男達はそれぞれ立ち上がり、もしくはそのまま座り込んで不平や怒りを表しはじめた。何事だろう。
「聞きましたー? 」
背後に声。振り向くと男がいた。コイツには一瞬であだ名をつけられる。ハリウッド君だ。
ブロンドヘアで60年代の恋愛映画、もしくはアメリカホームドラマに出てきそうな七三分けの髪型に真新しいカーキのトレンチコートと革手袋。
もう少しがっしりして顎が割れていれば完璧だ。
笑顔、立ち振舞い、姿形の全てが何もかも胡散臭い。バカな僕でもすぐわかる。コイツは信じちゃだめだ。
男は右前髪をかきあげ、鎧を着込んだ衛兵に指示して正面の格子を空けさせ、牢屋に入ってくる。
「さあさあ、ご歓談の所悪いですけど、貴方たちの王様のご要望です……借りてきますねー?」
俺を強引に引っ張り出した男は衛兵の槍の穂先に掛けていたつば長ハットを被ると牢屋から出る。
二人が15秒ほど無言で階段を登った所か。松明の繊維か、あるいは引き寄せられ炙られた蛾の爆ぜる小さな音と足音だけが木霊する螺旋階段の中、男は口を開いた。
「名前はなんと言うので?」
「ユーリ」
返答に少し間が空いてしまった。何か嫌な感じかして、とっさに本名ではなく皆が呼ぶ名前を口にしたのだ。男は返答しない。
小首を傾げるようにしてこちらを見た男の表情は暗いせいで分からなかった。けれど男は気にする様子もなく歩みを進め、やがて光が見えてきた。
「綺麗……」
思わず声が出た。目の前に広がるのは美しい夜景。
青白い満月の下月光に照らされた街並みは、奥ゆかしく生活の灯を揺らめかせ、蝋燭に似た暖かみを微か放っていた。
それをぐるりとかこむ城壁の上には長大で透き通った水晶が光り、その幾つもが空まで覆って天蓋となっている。空も地も愛おしい星々に満ちていた。
街全体が幾何学の水母に守られているみたいで、この光景は現実離れして見える。
先を歩んでいた男は歩みを止め振り向くと、帽子を脱いだ。
「紹介が遅れたね。私はギズモフ・バレンシア。ここハッサリア管区帝国治安当局の者だ」
月光の下男の顔に刻まれた表情は、不敵な笑みであった。
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