【完結】みなしごは不器用な海の神から愛を知る

伊藤あまね

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*二十六 待ち受けていた、喰われるよりもつらい日々

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「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! 世にも珍しい人魚の子のお目見えだあ!!」

 見世物小屋の入り口では、呼び込みが声を張り上げて客寄せをしている声がする。時折、座っている木箱も勢い良く叩いているのか、合いの手のように激しい音も聞こえた。
 その呼び込みの声に行きかう人々は足を停め、木戸銭を払って次々と小屋の中へ入ってくる。

「人魚の子だってよお。どんなツラしてんだろうねえ」
「海の化け物なんだろ? そりゃあ、醜いんだろうよ」

 口々に期待と好奇をにじませる客の声が聞こえる。海璃はそれを、狭い舞台袖から客席の方を覗きながら、聞くともなしに聴いていた。
 見世物小屋に売払われて、どれくらいが経っただろうか。あれ以来、海璃はこの小屋から出ることは許されていない。常に足には重たい鎖を付けられ、小屋の中すら自由に行き来出来ないように制限されている。
 その海璃は、妙な意匠の派手な着物を着せられ、悪趣味な化粧を施されている。美しい簪はとうに親方の垣助に食費にすると奪われ、代わりにごてごてと飾りのついた、これもまた悪趣味な意匠の簪を何本もさされて結い上げた髪をしていた。
 見世物小屋で、海璃は人魚の子として芸をするように強いられている。しかし芸と言っても、海璃には何も人前で披露できるものはない。そう訴えてどうにか解放してもらおうとしたのだが、その度に頬を打たれ、「いま教えてやるから、すぐ覚えろ」と言われ、簡単な舞を教え込まれた。その舞を舞台で披露し、そうして、海璃は最も苦痛を伴うことをさせられていた。

「さあさあ皆さま、お立合い! これから世にも不思議な人魚の子をお見せいたしやしょう」

 舞台から声がかかり、海璃は背を蹴られるように表へと押し出される。よろよろと袖からまろび出れば、客席がわあっと声をあげて海璃に視線を注いできた。その視線の、悪意にも似た好奇に満ちている感触が、海璃には苦痛だった。
 何度舞台に立たされても、この大勢の視線を浴びることに慣れはしない。恐ろしくて、舐められているようで、鳥肌が立って足がすくむ。しかしそれを、垣助も舞台を取り仕切る若いとこも許すわけがない。

「おら、踊れ。さっさと踊らねえか」

 小声でせっつかれ、聞こえ始めた囃子に合わせ、海璃はこわごわ踊りを始める。教えられたとおりに手をあげ、腰をしならせ、首を傾げたりするものの、その様子を、ここにいる誰もが不気味な笑みを浮かべて眺めている。ニヤニヤと薄く笑いながら、怯えが指先にまでにじんで震える海璃の姿を舐め回すように。
 当然、そのような踊りはお世辞にも上手いとは言えず、人前に出せるような代物とは言えない。踊りの素人である客席にもそれは一目瞭然で、たちまちに不興の声が上がる。

「何だい下手くそだなぁ」
「やっぱり人魚は丘ではうまく踊れねえのか」

 ヤジが飛び、時にはゴミまで投げつけられる。それが海璃にあたるたびに、視界が滲んで揺れる。
 こんな仕打ち、遠い昔に終わったと思っていた。竜宮に行けば、もう二度と味わうことはないと思っていた。それなのに――どうしていまこんな目に遭っているのだろう。海璃は耐え難い仕打ちと状況に、涙をにじませる。

(渡津海のところを黙って出て来たから、こうなったの? 俺は、どこにいてもしあわせになれないの?)

 浴びせられる罵声に心が抉られていく音がする。ギリギリと痛む胸に、心無い言葉が刺さっていく。ツラい、悲しい……だけど、いまここで泣いても、渡津海のように自分を宥めてくれるものがいない。そうなってしまったら、自分はまたあの村でのように折檻をされるのだろうか。

「踊りはもういいから、人魚だって証しとやらを見せとくれよ」

 上の空で思い悩みつつ踊り続けていた海璃の耳に、最も恐れている言葉が飛び込んできた。それはいつも、海璃の踊りが始まってしばらくすると、頃合いを見計らったように客席から聞こえてくるのだ。
 舞台を仕切る男がそれを聞きつけ、にやりと笑いながらうなずいて請け負い、「おうい、金魚鉢を持ってきてくれ」と、舞台袖に声をかけた。
 すると、滑車のついた台座に載せられた、ずんぐりと大きなガラスの鉢が舞台に運び込まれる。その大きさにまず客席は驚き、そうして、すぐに海璃の方へ好奇の目を向けてくる。残酷な期待のこもった眼差しを、遠慮することもなく。
 これは、海璃が最も苦痛としている時間の始まりを意味していた。

「では! これからこの男が人魚の子であるか否か、証明してみせましょう! 人魚の子であればこの鉢の中でも踊ることができますし、そうでなければ溺れ死ぬ。さあ、真相はいかに!」

 威勢のいい男の声に合わせるように囃子が再び聞こえ始める。先程の踊りの時よりも気を急かすような旋律が、海璃の不安を煽り立てる。
 海璃は鉢の真横に据えられた台に載せられ、中を覗き込むようにしゃがみ込んでいる。鉢はガラスで透明ではあるが、その深さは果てがない沼のように見えた。

「何してる、さっさと飛び込まねえか」
「む、無理……無理……俺、だって……」
「うるせえな、客を待たせんじゃねえよ! おら、入れ!」

 怖気づいて震える海璃の肩を、男が強く押し、勢いのまま海璃が水しぶきを上げて鉢の中へ落ちた。しぶきに客席は悲鳴を上げたが、すぐさま海璃の方へ視線を注ぐ。あの妙に派手な姿をした男が、本当に人魚の子なのかどうか見定めよう、と。
 細かな泡に包まれながら、海璃は鉢の中いっぱいに手足を広げてもがく。息が、まったくできないからだ。
 海璃は確かに人魚の血をひくが、それが竜宮にいた頃のように水中での呼吸を可能としているわけではない。いま水中で出来ないのは、竜宮を出て行ったことによるものなのかは、海璃にはわからない。
 その上、海璃に出来ることは感情の昂ぶりで時化を起こすことでしかない。
 最初に水の中に突き落とされて溺れてから、海璃が何度もそう垣助をはじめとする見世物小屋の者たちに訴えているのに、一向に聞き入れてもらえない。それどころか、海璃の訴えは芸をやりたくないための嘘としか思われず、拒もうとするたびに殴られたり食事を抜かれたりした。
 そうして、今日も無理矢理に巨大な金魚鉢の中に突き落とされ、溺れていく。
 海璃が溺れる様は、一見すると踊っているように見えるのか、一旦は客席もやんややんやとはやし立てるのだが、一向にその手ぶりが落ち着かず、ただもがいているだけと気づくと、途端にヤジやごみが飛ぶ。

「なんだよ、人魚だなんて嘘っぱちじゃねえか!」
「トンチキな格好の男が溺れてるだけで、何の面白みもねえや」
「金返せ!」
「ああ、すみませんねえ、お客さん……どうにもこいつ、まだ目が覚めてねえようで……」

 そう言ったが早いか、舞台を仕切る男は海璃を鉢から引き揚げたかと思うと、「おら、寝ぼけてねえで、ちゃんと踊れ!」と言いながら頬を張り、また水の中へ突き落す。
 こういうことを何度も繰り返され、海璃は苦し紛れにようやくどうにか踊りをしてみせる。本当に呼吸もままならず、息が詰まりそうに苦しいのだが、そうでもしないと一生金魚鉢から出られない気がしたからだ。
 どうにか踊りが様になったのか、客席が納得したようで拍手をもらい、舞台は終了することができた。
 鉢に浸かったまま、海璃は台座に載せられて舞台から袖へと引き上げられたが、そこで一息つく暇などない。すぐさま鉢から引きずり出され、いやおうなしに垣助の平手が飛んでくる。

「お前は何度言ったらわかるんだ! 銭をもらったんだから、それなりの芸をしろと言ってるんだろう! なんだあのみっともない様は!」
「ごめ……ごめんなさ……っげほ、げほ……」
「ったく……少しは稼ぎの足しになるかと思ったのに、とんだお荷物だな、お前は」

 忌々し気に言葉を投げつけられ、床に付して体を起こすこともままならない海璃は涙を浮かべてうつむく。
 好きでここにいるわけじゃない。勝手に売られてきただけだ。それなのに、なんでこんな仕打ちを受けなければならないのだろう。
 水が滴っていても拭う手ぬぐいも着替えも与えられない海璃は、小屋のスミでがちがちと歯を鳴らして震えているしかできなかった。
 膝を抱え、濡れた髪をそのままに伏せて震えていると、ふと、耳飾りを思い出し、そっと触れる。
 渡津海は、耐え難いことがあれば名を呼べ、すぐに駆け付けると言ってくれた。でもそれは、あくまで海璃が渡津海の許に居続けるなら、という話だったのだろうか。食べられるのではと与えられた愛情を疑い、勝手に竜宮を飛び出し、どこぞへと売りさばかれたようないまの自分に、その約束が有効なのかわからない。

「……会いたい、渡津海……」

 会って、すべての過ちを償いたい。何をどうすればそれが可能なのかわからない。もしかしたら、それこそ食べられることでしか償えないかもしれない。
 でも、と海璃は考える。こんな劣悪で過酷な状況に居続けるくらいなら、カケラでも自分を大切にし、慈しんでくれていた渡津海に食べられる方がうんとマシだ、と。
 食べられてもいい。この状況からどんな形でもいいから脱せるなら、何でもいい――濡れそぼって震える海璃は、右耳のそれに触れながら、それでも彼の名を口にするかどうかを迷っていた。自分に、その資格があるのかがわからなかったから。


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