【完結】みなしごは不器用な海の神から愛を知る

伊藤あまね

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*二十九 追い詰められた末に

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 渡津海に出会うまで、誰かと触れ合うと言う行為自体を海璃は知らなかった。抱きしめられたり、頬を寄せあったりすることで得られるぬくもりをまったく知らないままだったから、たった四年の人生を閉じようとするほどに絶望をして海に入ったのかもしれない。
 だけどそこから救い出してくれた神様とやらは、滅多なことでにこりともしなかったし、近寄りがたいものがあったが、それでも不器用なやさしさを一身に海璃に向けられているのは解っていた。こわごわと触れてくる大きな手のひらも、厚く硬い頬の肌の感触も、どれも彼からの愛に満ちていた――いまなら、はっきりとそう思える。
 こんな、うす暗い粗末な小屋の隅で、その神とは違う、大きくて重たい影に圧し掛かられているいまなら、より強く。

「ッや! っやだぁ! やめ……!」
「ああ、うるせえな。黙って脚を開け、口を吸わせろ」

 垣助から、マクラをやれと命じられた海璃は、その言葉の持つ不穏さから咄嗟に逃げようと立ち上がって駆け出そうとした。
 しかし、ろくな食べ物も口にできず、閉じ込められたままだった海璃は、着物の裾をつかまれてあっけなく床に転がされ、上に跨られる。遥かに目方のある体に押しつぶされるように捕えられ、海璃は身じろぎもできない。
 それでもなお抗うように手足をばたつかせ、声をあげては見るものの、見世物小屋の中の人間は、誰もが親方である垣助の言いなりだ。助けを求めようにも黙殺され、ただ虚しく海璃の叫び声が響くばかりだ。
 折しも外は大雨の嵐で、小屋に来るような客もいない。強い風雨の音も海璃の叫びをかき消し、一層彼を孤立させていく。

「やめて……ヤダ、やめてぇ……!」
「穀潰しのお前が拒めると思うなよ。メシが食いたきゃ黙って抱かれてろ」

 強い力で両手首を頭上にまとめられ、空いた片方の手が乱暴に海璃の着物の袷を暴いていく。襦袢すら身に付けさせてもらえていないため、あっさりと肌が露出する。身を捩り抗うも、戒めるように露わになった胸元をつねられた。
 ピリリとする痛みに、海璃は短く悲鳴を上げる。やめて欲しいと懇願してもそれは何の意味もなく、ただ垣助の欲情を煽り立てるばかりだ。
 その内に触れられていない方の胸元に舌が這わされ、海璃の肌が気持ちの悪さで泡立つ。吐気すらするその感触に、もはや声も出ない。

(こんなの、いやだ……渡津海……渡津海がいい……)

 こわごわと、しかしやさしく海璃に触れていた、あの大きな指先が懐かしい。海の神のそれは思いのほかあたたかでやさしく、触れられる端からしあわせな心地にさせてくれた。どんなに寂しい夜でも、心許なさを覚える瞬間でも、渡津海が傍に寄り添い、触れてくれれば、海璃は何もいらないとさえ思えていた。
 神様の、渡津海の仲間になるためにはまぐわいをしなくてはならないと言っていた。互いの性器と性器を合わせ、密着するのだ、と。
 密着、と言う言葉に、ハッと我に返ると、いま海璃の乱れた袷の裾はめくり上げられ、露わになった下履きに、垣助の張りつめた下履きが押し当てられている。その下にはたぎる垣助自身――性器が隠れていることを、海璃は知っている。
 自分のそれに押し当てる行為、それが何を意味しているのか、海璃は恐怖を覚えながら言葉にした。

「……まぐわい、するの?」

 恐る恐る、いまこの身に起きようとしていることを確かめるように訊ねると垣助はにやりと下卑た笑みを浮かべてうなずき答える。

「そうとも。良く分かったな、人魚のガキ。お前は俺に抱かれるんだ。この先もここで生きていくためにな」

 そう言いながら、垣助は一気に海璃の着物をはぎ取り、肌を露出させた。その肌はかつて村で折檻を受けた時のように、白い肌に紫や黒、赤の痣が散りばめられている。痛々しいそれを見下ろしながら、垣助が喉を鳴らし、舌なめずりをする。そうやって海璃を見下ろしてくる眼付も、向けてくる眼差しも、尋常のものとは思えない。
 まぐわいがどのようなものであるかは、渡津海からの教えで何となくではあるが理解していたし、それが渡津海とであれば未知の行為であっても怖くはないと思っていた。寂しい気持ちを癒してくれる渡津海とより密着できるのであれば、それはきっと心地よさも伴うだろうと思えたからだ。
 しかし――痣だらけの海璃の肌の上を這いまわる垣助の舌や指の感触は、思い描いていた心地よさに程遠い。虫唾むしずが走るほどに不快で、恐ろしくて、イヤで仕方がない。

「やだ! やめ……やめて! 放して! 放してぇ!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな。生娘だからやさしくやってやろうってのに、手酷くされてぇのか?」

 睨みつけられ凄まれ、ひゅっと海璃の呼吸が止まりそうになる。小屋に来てから幾度となく、芸ができないことで折檻を受けて来たがその比ではない凄味に、海璃は抗う言葉を奪われた。歯の根が合わぬほどの恐怖を覚え、小さく震える。殺される、そう、本能的に察知したのだ。
 凄んだことで大人しくなった海璃の姿を、垣助は目を細めて眺めている。舐めるように、品定めをするように、海璃の肌の味を想像しているようでもある。

「ンぅ、ン……! ンや!」

 顎に手を宛がわれて上向かされ、噛みつかれるように口を吸われる。渡津海のものとは違う、不快感しかないそれに、海璃の肌が再び泡立つ。
 気持ち悪い、いやだ、放して、怖い……思いつく限りの拒絶の言葉を頭いっぱいに並べはしたが、海璃にそれを言い放つ気力はもはやない。恐怖心が身体を支配し、動けなくしていたからだ。
 その内に垣助の指が海璃の下履きを引き剥がし、震える花芯が露わにされる。薄っすらとした下生えの中に、震える海璃自身が蹲る。それに、垣助の手が遠慮なくつかみかかる。自身でもまさぐることが滅多になかったそこに触れられ、海璃は身体を強張らせた。

「ッや、やぁ……やめ、て……」
下生えしたばえが薄くてまるでガキみてえだな。このちっせぇ一物がなけりゃ、あの女そっくりだ」

 くすくすと嗤いながら、垣助はそれを手荒く扱いてくる。乱暴で容赦がない手つきに海璃は不快と痛み覚え涙をにじませながらも、呟かれた言葉の意味を問うように見つめ返す。

「……あの、女? 似てる? 誰?」
「よく似てるぜ、その泣き顔なんて……ぞくぞくするくらいだ」

(あの女、って誰? 誰と、俺、似てるの?)

 脳内を渦巻く疑問を問いただしたくとも、垣助の乱暴な愛撫に引っ掻き回されて散り散りになっていく。
 小屋の外の風雨の音が激しさを増していく。きっと、海璃が涙をにじませて不快に抗おうとしているからだろうが、海璃以外にそれを知る者はいない。垣助は嵐の音に構うことなく、海璃に乱雑で一方的な愛撫を施そうとする。
 圧し掛かられ、自由をほとんど奪われていても、海璃はそれでもどうにか垣助の間の手と毒牙から逃げようとしていた。か細くなった体のどこにそのような力が残っていたのか、懸命に身を捩る、大きな垣助の肩や胸を押し退けようと足掻いた。

「っや! やだ、触らない、でぇ!」
「ッぅがッ!!」

 幾度目になるかしれない強引な口吸いで海璃の口がふさがれたその刹那、海璃は必死の思いで挿し込まれた舌に噛みついた。噛み千切らんばかりの勢いで噛みつき、垣助が痛みと衝撃で口を話した瞬間、突き飛ばして難を逃れようとしたのだ。
 囚われていて歩みもままならない脚で、よろけつつ這うような格好で小屋の出口に向かおうとした海璃の長い髪につかみかかられ、引き倒される。痛みよりも引き戻され遠ざかっていく出口の光景が海璃の目に焼き付いていた。

「ンのやろぉ……! やさしく扱ってやろうと思って下手したてに出てりゃいい気になりやがって!!」

 あんな一方的な扱いでも下手だ、やさしさだと言い張る垣助の傲慢さに、海璃は恐ろしさを改めて覚え、睨み据えられて言葉を失う。殺気や憎しみさえこもった眼差しは、海璃をそれだけで射抜いていく。
 床に縫い付けられるように押し倒され、つかまれた手首に爪が食い込んでいく。そこに情けも容赦もなく、ただ海璃をぐちゃぐちゃに凌辱しようと言う憎しみの混じった欲情にまみれた眼差しが注がれる。
 ――もう、ダメだ……ここで犯されて、殺されて、自分は喰われてしまうんだ……
 自分の意思に反したものから強制的に死を向けられる恐怖に、海璃は諦観の想いで硬く目を閉じた。このままもう目を開けることもなく、いっそ一思いにすべてを終わらせられたら。それが、最後の望みだと思っていた。
 その時、押さえつけられていた右の手の指先に、ちらりと何かが触れる。それは、あの耳飾り――――

『何か、どうしても耐え難いことがあったら、これに念じて儂の名を呼べ。どこへ居ても、駆け付ける』

 最期に、もう一度あの人の名前を呼びたい。一目会うことすら叶わなくとも、この胸の中に確かにいたのは彼で、彼だけを求めていたことが、これを通じて届いたなら。

「――渡津海、渡津海……会いたい……助けて、お願い、助けて……!」

 震える声で小さく彼の名を呼んで、念じる。もし、この耳飾りに彼の力がまだ宿っているのなら、願いを叶えて欲しい――身も心も壊れてしまいそうに耐え難い今だからこそ、海璃は最後の力を振り絞ってそう願った。

「おら、ツラを見せろ、人魚のガキ。憎たらしいその顔を善がらせて歪めてやるよ」

 背けている海璃の顔を無理にそちらへ向かせ、唇を差し出させようとしてくる垣助の方を、海璃は睨みつける。憎しみを込め、怯むことなく。
 垣助は一瞬海璃の表情に目を見張ったが、すぐに忌々しそうに宛がう手に力をこめ、片頬をあげて嗤った。

「身の程を知らねえようだな、化け物は。仕置きが必要だな」

 そう言いながら再び口を吸うために垣助が身をかがめて近づいてきたその刹那、海璃の耳元から強烈な光が放たれた。それは垣助の目を射貫くように光を放ち、垣助はとっさに目を抑えて海璃から身を離し転がっていく。
 不意に自由になった海璃が驚いた様子で身を起こそうとした時、その背中を抱くような大きくてあたたかな気配が背後にあった。それはとても良く知る、懐かしさを覚える感触だ。
 海璃は、背後を振り向きざまにその名を口にしようと口を開きかけた時、それが海璃を抱きしめて名を呼んだ。

『海璃!! 捜したぞ!!』

 抱き潰されそうなほど強い腕の力に抱かれながら、海璃はようやく心から安堵の息を吐き、涙をあふれさせた。


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