29 / 34
*二十九 追い詰められた末に
しおりを挟む
渡津海に出会うまで、誰かと触れ合うと言う行為自体を海璃は知らなかった。抱きしめられたり、頬を寄せあったりすることで得られるぬくもりをまったく知らないままだったから、たった四年の人生を閉じようとするほどに絶望をして海に入ったのかもしれない。
だけどそこから救い出してくれた神様とやらは、滅多なことでにこりともしなかったし、近寄りがたいものがあったが、それでも不器用なやさしさを一身に海璃に向けられているのは解っていた。こわごわと触れてくる大きな手のひらも、厚く硬い頬の肌の感触も、どれも彼からの愛に満ちていた――いまなら、はっきりとそう思える。
こんな、うす暗い粗末な小屋の隅で、その神とは違う、大きくて重たい影に圧し掛かられているいまなら、より強く。
「ッや! っやだぁ! やめ……!」
「ああ、うるせえな。黙って脚を開け、口を吸わせろ」
垣助から、マクラをやれと命じられた海璃は、その言葉の持つ不穏さから咄嗟に逃げようと立ち上がって駆け出そうとした。
しかし、ろくな食べ物も口にできず、閉じ込められたままだった海璃は、着物の裾をつかまれてあっけなく床に転がされ、上に跨られる。遥かに目方のある体に押しつぶされるように捕えられ、海璃は身じろぎもできない。
それでもなお抗うように手足をばたつかせ、声をあげては見るものの、見世物小屋の中の人間は、誰もが親方である垣助の言いなりだ。助けを求めようにも黙殺され、ただ虚しく海璃の叫び声が響くばかりだ。
折しも外は大雨の嵐で、小屋に来るような客もいない。強い風雨の音も海璃の叫びをかき消し、一層彼を孤立させていく。
「やめて……ヤダ、やめてぇ……!」
「穀潰しのお前が拒めると思うなよ。メシが食いたきゃ黙って抱かれてろ」
強い力で両手首を頭上にまとめられ、空いた片方の手が乱暴に海璃の着物の袷を暴いていく。襦袢すら身に付けさせてもらえていないため、あっさりと肌が露出する。身を捩り抗うも、戒めるように露わになった胸元をつねられた。
ピリリとする痛みに、海璃は短く悲鳴を上げる。やめて欲しいと懇願してもそれは何の意味もなく、ただ垣助の欲情を煽り立てるばかりだ。
その内に触れられていない方の胸元に舌が這わされ、海璃の肌が気持ちの悪さで泡立つ。吐気すらするその感触に、もはや声も出ない。
(こんなの、いやだ……渡津海……渡津海がいい……)
こわごわと、しかしやさしく海璃に触れていた、あの大きな指先が懐かしい。海の神のそれは思いのほかあたたかでやさしく、触れられる端からしあわせな心地にさせてくれた。どんなに寂しい夜でも、心許なさを覚える瞬間でも、渡津海が傍に寄り添い、触れてくれれば、海璃は何もいらないとさえ思えていた。
神様の、渡津海の仲間になるためにはまぐわいをしなくてはならないと言っていた。互いの性器と性器を合わせ、密着するのだ、と。
密着、と言う言葉に、ハッと我に返ると、いま海璃の乱れた袷の裾はめくり上げられ、露わになった下履きに、垣助の張りつめた下履きが押し当てられている。その下には滾る垣助自身――性器が隠れていることを、海璃は知っている。
自分のそれに押し当てる行為、それが何を意味しているのか、海璃は恐怖を覚えながら言葉にした。
「……まぐわい、するの?」
恐る恐る、いまこの身に起きようとしていることを確かめるように訊ねると垣助はにやりと下卑た笑みを浮かべてうなずき答える。
「そうとも。良く分かったな、人魚のガキ。お前は俺に抱かれるんだ。この先もここで生きていくためにな」
そう言いながら、垣助は一気に海璃の着物をはぎ取り、肌を露出させた。その肌はかつて村で折檻を受けた時のように、白い肌に紫や黒、赤の痣が散りばめられている。痛々しいそれを見下ろしながら、垣助が喉を鳴らし、舌なめずりをする。そうやって海璃を見下ろしてくる眼付も、向けてくる眼差しも、尋常のものとは思えない。
まぐわいがどのようなものであるかは、渡津海からの教えで何となくではあるが理解していたし、それが渡津海とであれば未知の行為であっても怖くはないと思っていた。寂しい気持ちを癒してくれる渡津海とより密着できるのであれば、それはきっと心地よさも伴うだろうと思えたからだ。
しかし――痣だらけの海璃の肌の上を這いまわる垣助の舌や指の感触は、思い描いていた心地よさに程遠い。虫唾が走るほどに不快で、恐ろしくて、イヤで仕方がない。
「やだ! やめ……やめて! 放して! 放してぇ!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな。生娘だからやさしくやってやろうってのに、手酷くされてぇのか?」
睨みつけられ凄まれ、ひゅっと海璃の呼吸が止まりそうになる。小屋に来てから幾度となく、芸ができないことで折檻を受けて来たがその比ではない凄味に、海璃は抗う言葉を奪われた。歯の根が合わぬほどの恐怖を覚え、小さく震える。殺される、そう、本能的に察知したのだ。
凄んだことで大人しくなった海璃の姿を、垣助は目を細めて眺めている。舐めるように、品定めをするように、海璃の肌の味を想像しているようでもある。
「ンぅ、ン……! ンや!」
顎に手を宛がわれて上向かされ、噛みつかれるように口を吸われる。渡津海のものとは違う、不快感しかないそれに、海璃の肌が再び泡立つ。
気持ち悪い、いやだ、放して、怖い……思いつく限りの拒絶の言葉を頭いっぱいに並べはしたが、海璃にそれを言い放つ気力はもはやない。恐怖心が身体を支配し、動けなくしていたからだ。
その内に垣助の指が海璃の下履きを引き剥がし、震える花芯が露わにされる。薄っすらとした下生えの中に、震える海璃自身が蹲る。それに、垣助の手が遠慮なくつかみかかる。自身でもまさぐることが滅多になかったそこに触れられ、海璃は身体を強張らせた。
「ッや、やぁ……やめ、て……」
「下生えが薄くてまるでガキみてえだな。このちっせぇ一物がなけりゃ、あの女そっくりだ」
くすくすと嗤いながら、垣助はそれを手荒く扱いてくる。乱暴で容赦がない手つきに海璃は不快と痛み覚え涙をにじませながらも、呟かれた言葉の意味を問うように見つめ返す。
「……あの、女? 似てる? 誰?」
「よく似てるぜ、その泣き顔なんて……ぞくぞくするくらいだ」
(あの女、って誰? 誰と、俺、似てるの?)
脳内を渦巻く疑問を問いただしたくとも、垣助の乱暴な愛撫に引っ掻き回されて散り散りになっていく。
小屋の外の風雨の音が激しさを増していく。きっと、海璃が涙をにじませて不快に抗おうとしているからだろうが、海璃以外にそれを知る者はいない。垣助は嵐の音に構うことなく、海璃に乱雑で一方的な愛撫を施そうとする。
圧し掛かられ、自由をほとんど奪われていても、海璃はそれでもどうにか垣助の間の手と毒牙から逃げようとしていた。か細くなった体のどこにそのような力が残っていたのか、懸命に身を捩る、大きな垣助の肩や胸を押し退けようと足掻いた。
「っや! やだ、触らない、でぇ!」
「ッぅがッ!!」
幾度目になるかしれない強引な口吸いで海璃の口がふさがれたその刹那、海璃は必死の思いで挿し込まれた舌に噛みついた。噛み千切らんばかりの勢いで噛みつき、垣助が痛みと衝撃で口を話した瞬間、突き飛ばして難を逃れようとしたのだ。
囚われていて歩みもままならない脚で、よろけつつ這うような格好で小屋の出口に向かおうとした海璃の長い髪につかみかかられ、引き倒される。痛みよりも引き戻され遠ざかっていく出口の光景が海璃の目に焼き付いていた。
「ンのやろぉ……! やさしく扱ってやろうと思って下手に出てりゃいい気になりやがって!!」
あんな一方的な扱いでも下手だ、やさしさだと言い張る垣助の傲慢さに、海璃は恐ろしさを改めて覚え、睨み据えられて言葉を失う。殺気や憎しみさえこもった眼差しは、海璃をそれだけで射抜いていく。
床に縫い付けられるように押し倒され、つかまれた手首に爪が食い込んでいく。そこに情けも容赦もなく、ただ海璃をぐちゃぐちゃに凌辱しようと言う憎しみの混じった欲情にまみれた眼差しが注がれる。
――もう、ダメだ……ここで犯されて、殺されて、自分は喰われてしまうんだ……
自分の意思に反したものから強制的に死を向けられる恐怖に、海璃は諦観の想いで硬く目を閉じた。このままもう目を開けることもなく、いっそ一思いにすべてを終わらせられたら。それが、最後の望みだと思っていた。
その時、押さえつけられていた右の手の指先に、ちらりと何かが触れる。それは、あの耳飾り――――
『何か、どうしても耐え難いことがあったら、これに念じて儂の名を呼べ。どこへ居ても、駆け付ける』
最期に、もう一度あの人の名前を呼びたい。一目会うことすら叶わなくとも、この胸の中に確かにいたのは彼で、彼だけを求めていたことが、これを通じて届いたなら。
「――渡津海、渡津海……会いたい……助けて、お願い、助けて……!」
震える声で小さく彼の名を呼んで、念じる。もし、この耳飾りに彼の力がまだ宿っているのなら、願いを叶えて欲しい――身も心も壊れてしまいそうに耐え難い今だからこそ、海璃は最後の力を振り絞ってそう願った。
「おら、ツラを見せろ、人魚のガキ。憎たらしいその顔を善がらせて歪めてやるよ」
背けている海璃の顔を無理にそちらへ向かせ、唇を差し出させようとしてくる垣助の方を、海璃は睨みつける。憎しみを込め、怯むことなく。
垣助は一瞬海璃の表情に目を見張ったが、すぐに忌々しそうに宛がう手に力をこめ、片頬をあげて嗤った。
「身の程を知らねえようだな、化け物は。仕置きが必要だな」
そう言いながら再び口を吸うために垣助が身をかがめて近づいてきたその刹那、海璃の耳元から強烈な光が放たれた。それは垣助の目を射貫くように光を放ち、垣助はとっさに目を抑えて海璃から身を離し転がっていく。
不意に自由になった海璃が驚いた様子で身を起こそうとした時、その背中を抱くような大きくてあたたかな気配が背後にあった。それはとても良く知る、懐かしさを覚える感触だ。
海璃は、背後を振り向きざまにその名を口にしようと口を開きかけた時、それが海璃を抱きしめて名を呼んだ。
『海璃!! 捜したぞ!!』
抱き潰されそうなほど強い腕の力に抱かれながら、海璃はようやく心から安堵の息を吐き、涙をあふれさせた。
だけどそこから救い出してくれた神様とやらは、滅多なことでにこりともしなかったし、近寄りがたいものがあったが、それでも不器用なやさしさを一身に海璃に向けられているのは解っていた。こわごわと触れてくる大きな手のひらも、厚く硬い頬の肌の感触も、どれも彼からの愛に満ちていた――いまなら、はっきりとそう思える。
こんな、うす暗い粗末な小屋の隅で、その神とは違う、大きくて重たい影に圧し掛かられているいまなら、より強く。
「ッや! っやだぁ! やめ……!」
「ああ、うるせえな。黙って脚を開け、口を吸わせろ」
垣助から、マクラをやれと命じられた海璃は、その言葉の持つ不穏さから咄嗟に逃げようと立ち上がって駆け出そうとした。
しかし、ろくな食べ物も口にできず、閉じ込められたままだった海璃は、着物の裾をつかまれてあっけなく床に転がされ、上に跨られる。遥かに目方のある体に押しつぶされるように捕えられ、海璃は身じろぎもできない。
それでもなお抗うように手足をばたつかせ、声をあげては見るものの、見世物小屋の中の人間は、誰もが親方である垣助の言いなりだ。助けを求めようにも黙殺され、ただ虚しく海璃の叫び声が響くばかりだ。
折しも外は大雨の嵐で、小屋に来るような客もいない。強い風雨の音も海璃の叫びをかき消し、一層彼を孤立させていく。
「やめて……ヤダ、やめてぇ……!」
「穀潰しのお前が拒めると思うなよ。メシが食いたきゃ黙って抱かれてろ」
強い力で両手首を頭上にまとめられ、空いた片方の手が乱暴に海璃の着物の袷を暴いていく。襦袢すら身に付けさせてもらえていないため、あっさりと肌が露出する。身を捩り抗うも、戒めるように露わになった胸元をつねられた。
ピリリとする痛みに、海璃は短く悲鳴を上げる。やめて欲しいと懇願してもそれは何の意味もなく、ただ垣助の欲情を煽り立てるばかりだ。
その内に触れられていない方の胸元に舌が這わされ、海璃の肌が気持ちの悪さで泡立つ。吐気すらするその感触に、もはや声も出ない。
(こんなの、いやだ……渡津海……渡津海がいい……)
こわごわと、しかしやさしく海璃に触れていた、あの大きな指先が懐かしい。海の神のそれは思いのほかあたたかでやさしく、触れられる端からしあわせな心地にさせてくれた。どんなに寂しい夜でも、心許なさを覚える瞬間でも、渡津海が傍に寄り添い、触れてくれれば、海璃は何もいらないとさえ思えていた。
神様の、渡津海の仲間になるためにはまぐわいをしなくてはならないと言っていた。互いの性器と性器を合わせ、密着するのだ、と。
密着、と言う言葉に、ハッと我に返ると、いま海璃の乱れた袷の裾はめくり上げられ、露わになった下履きに、垣助の張りつめた下履きが押し当てられている。その下には滾る垣助自身――性器が隠れていることを、海璃は知っている。
自分のそれに押し当てる行為、それが何を意味しているのか、海璃は恐怖を覚えながら言葉にした。
「……まぐわい、するの?」
恐る恐る、いまこの身に起きようとしていることを確かめるように訊ねると垣助はにやりと下卑た笑みを浮かべてうなずき答える。
「そうとも。良く分かったな、人魚のガキ。お前は俺に抱かれるんだ。この先もここで生きていくためにな」
そう言いながら、垣助は一気に海璃の着物をはぎ取り、肌を露出させた。その肌はかつて村で折檻を受けた時のように、白い肌に紫や黒、赤の痣が散りばめられている。痛々しいそれを見下ろしながら、垣助が喉を鳴らし、舌なめずりをする。そうやって海璃を見下ろしてくる眼付も、向けてくる眼差しも、尋常のものとは思えない。
まぐわいがどのようなものであるかは、渡津海からの教えで何となくではあるが理解していたし、それが渡津海とであれば未知の行為であっても怖くはないと思っていた。寂しい気持ちを癒してくれる渡津海とより密着できるのであれば、それはきっと心地よさも伴うだろうと思えたからだ。
しかし――痣だらけの海璃の肌の上を這いまわる垣助の舌や指の感触は、思い描いていた心地よさに程遠い。虫唾が走るほどに不快で、恐ろしくて、イヤで仕方がない。
「やだ! やめ……やめて! 放して! 放してぇ!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな。生娘だからやさしくやってやろうってのに、手酷くされてぇのか?」
睨みつけられ凄まれ、ひゅっと海璃の呼吸が止まりそうになる。小屋に来てから幾度となく、芸ができないことで折檻を受けて来たがその比ではない凄味に、海璃は抗う言葉を奪われた。歯の根が合わぬほどの恐怖を覚え、小さく震える。殺される、そう、本能的に察知したのだ。
凄んだことで大人しくなった海璃の姿を、垣助は目を細めて眺めている。舐めるように、品定めをするように、海璃の肌の味を想像しているようでもある。
「ンぅ、ン……! ンや!」
顎に手を宛がわれて上向かされ、噛みつかれるように口を吸われる。渡津海のものとは違う、不快感しかないそれに、海璃の肌が再び泡立つ。
気持ち悪い、いやだ、放して、怖い……思いつく限りの拒絶の言葉を頭いっぱいに並べはしたが、海璃にそれを言い放つ気力はもはやない。恐怖心が身体を支配し、動けなくしていたからだ。
その内に垣助の指が海璃の下履きを引き剥がし、震える花芯が露わにされる。薄っすらとした下生えの中に、震える海璃自身が蹲る。それに、垣助の手が遠慮なくつかみかかる。自身でもまさぐることが滅多になかったそこに触れられ、海璃は身体を強張らせた。
「ッや、やぁ……やめ、て……」
「下生えが薄くてまるでガキみてえだな。このちっせぇ一物がなけりゃ、あの女そっくりだ」
くすくすと嗤いながら、垣助はそれを手荒く扱いてくる。乱暴で容赦がない手つきに海璃は不快と痛み覚え涙をにじませながらも、呟かれた言葉の意味を問うように見つめ返す。
「……あの、女? 似てる? 誰?」
「よく似てるぜ、その泣き顔なんて……ぞくぞくするくらいだ」
(あの女、って誰? 誰と、俺、似てるの?)
脳内を渦巻く疑問を問いただしたくとも、垣助の乱暴な愛撫に引っ掻き回されて散り散りになっていく。
小屋の外の風雨の音が激しさを増していく。きっと、海璃が涙をにじませて不快に抗おうとしているからだろうが、海璃以外にそれを知る者はいない。垣助は嵐の音に構うことなく、海璃に乱雑で一方的な愛撫を施そうとする。
圧し掛かられ、自由をほとんど奪われていても、海璃はそれでもどうにか垣助の間の手と毒牙から逃げようとしていた。か細くなった体のどこにそのような力が残っていたのか、懸命に身を捩る、大きな垣助の肩や胸を押し退けようと足掻いた。
「っや! やだ、触らない、でぇ!」
「ッぅがッ!!」
幾度目になるかしれない強引な口吸いで海璃の口がふさがれたその刹那、海璃は必死の思いで挿し込まれた舌に噛みついた。噛み千切らんばかりの勢いで噛みつき、垣助が痛みと衝撃で口を話した瞬間、突き飛ばして難を逃れようとしたのだ。
囚われていて歩みもままならない脚で、よろけつつ這うような格好で小屋の出口に向かおうとした海璃の長い髪につかみかかられ、引き倒される。痛みよりも引き戻され遠ざかっていく出口の光景が海璃の目に焼き付いていた。
「ンのやろぉ……! やさしく扱ってやろうと思って下手に出てりゃいい気になりやがって!!」
あんな一方的な扱いでも下手だ、やさしさだと言い張る垣助の傲慢さに、海璃は恐ろしさを改めて覚え、睨み据えられて言葉を失う。殺気や憎しみさえこもった眼差しは、海璃をそれだけで射抜いていく。
床に縫い付けられるように押し倒され、つかまれた手首に爪が食い込んでいく。そこに情けも容赦もなく、ただ海璃をぐちゃぐちゃに凌辱しようと言う憎しみの混じった欲情にまみれた眼差しが注がれる。
――もう、ダメだ……ここで犯されて、殺されて、自分は喰われてしまうんだ……
自分の意思に反したものから強制的に死を向けられる恐怖に、海璃は諦観の想いで硬く目を閉じた。このままもう目を開けることもなく、いっそ一思いにすべてを終わらせられたら。それが、最後の望みだと思っていた。
その時、押さえつけられていた右の手の指先に、ちらりと何かが触れる。それは、あの耳飾り――――
『何か、どうしても耐え難いことがあったら、これに念じて儂の名を呼べ。どこへ居ても、駆け付ける』
最期に、もう一度あの人の名前を呼びたい。一目会うことすら叶わなくとも、この胸の中に確かにいたのは彼で、彼だけを求めていたことが、これを通じて届いたなら。
「――渡津海、渡津海……会いたい……助けて、お願い、助けて……!」
震える声で小さく彼の名を呼んで、念じる。もし、この耳飾りに彼の力がまだ宿っているのなら、願いを叶えて欲しい――身も心も壊れてしまいそうに耐え難い今だからこそ、海璃は最後の力を振り絞ってそう願った。
「おら、ツラを見せろ、人魚のガキ。憎たらしいその顔を善がらせて歪めてやるよ」
背けている海璃の顔を無理にそちらへ向かせ、唇を差し出させようとしてくる垣助の方を、海璃は睨みつける。憎しみを込め、怯むことなく。
垣助は一瞬海璃の表情に目を見張ったが、すぐに忌々しそうに宛がう手に力をこめ、片頬をあげて嗤った。
「身の程を知らねえようだな、化け物は。仕置きが必要だな」
そう言いながら再び口を吸うために垣助が身をかがめて近づいてきたその刹那、海璃の耳元から強烈な光が放たれた。それは垣助の目を射貫くように光を放ち、垣助はとっさに目を抑えて海璃から身を離し転がっていく。
不意に自由になった海璃が驚いた様子で身を起こそうとした時、その背中を抱くような大きくてあたたかな気配が背後にあった。それはとても良く知る、懐かしさを覚える感触だ。
海璃は、背後を振り向きざまにその名を口にしようと口を開きかけた時、それが海璃を抱きしめて名を呼んだ。
『海璃!! 捜したぞ!!』
抱き潰されそうなほど強い腕の力に抱かれながら、海璃はようやく心から安堵の息を吐き、涙をあふれさせた。
0
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
拝啓、親愛なる王子、魔族に求婚されて元従者は花嫁と相成りそうです
石月煤子
BL
「――迎えにきたぞ、ロザ――」
とある国の王子に仕える従者のロザ。
過保護な余り、単独必須の武者修行へ赴く王子をこっそり尾行し、魔獣が巣食う「暁の森」へとやってきた。
そこでロザは出会う。
ウルヴァスという名の不敵な魔族に。
「俺の花嫁に相応しい」
(は? 今、何て言った?)
■表紙イラスト(フリー素材)はお借りしています■
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる