異世界で黒猫やってます

チェス

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家族

2.目が覚めたら黒猫でした

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  「…………。」

  言葉を発することができない。驚きの叫びすら、喉から発せられることはなかった。
  しかし、内心はとても穏やかではいられない。この巨人の姿を見たとき、既に俺の脳みそはパニックを起こしているのだから。

  目の前の彼女はとても大きかった。推定だが、恐らく5メートルは越すだろう。当たり前だが、生まれてこのかたそのように大きい人間と出会ったことがないので、そんな非日常を垣間見てしまった俺は、まぁ一時的にパニックを起こすのも仕方ないなと思うわけだ。
  
  しかし容姿はなかなかに可愛い部類だと思う。少女と呼んで差し支えない、あどけなさの残る顔立ちと、大きくくりくりした目を持つ彼女は今まで出会った中でもかなりの美少女と言えるだろう。

  また、目を引くのはその驚異のAPP値だけではない。
  『どこのコスプレイヤーさんですか?』と問いたくなるその格好は、RPG等でよく見掛ける魔法使いそのものだった。

  茶色いポンチョのような、長い羽織物と、その下に着ている白を基調にした足首まであるローブ。極め付きに魔女御用達のぶっかぶかのとんがり帽子まで被っている。
  どこからどう見ても魔女だ。

  そんなことを考えていると、首をこてんっと可愛らしく横に倒しながら、彼女が言葉を発した。

  「どうしたんだい?そんな鳩が豆鉄砲を食らったような目をして……。まさかと思うが君、今の状況が把握できていないとでも言うつもりかい?」

  全くもってその通りでございます。
  出来るなら事細かに今のこの意味の分からない状況についてご教授してもらいたく!

  という心の叫びを敏感に察してくれたのか、彼女は目を閉じ小さく息を吐いた。

  「そうか……召喚には成功したが、記憶等はあやふやか……。実験は成功したが……いや、確実に失敗だな。自信があったのだが、残念だ……。」

  実験とか物騒な上に失敗とは失礼だな。『お前は失敗作だ!』って言われてるみたいでどうにも気に入らない。

  とはいえ、彼女の呟く言葉は物騒ではあったが危害を与えてくる素振りはないようだ。俺はようやくパニック状態から冷静さを取り戻した。

  さて、状況を把握しよう。

  まずなぜこうなったか、だが、これについてはすぐに思い当たった。
  黒い車に轢き飛ばされてからの記憶がない。
  つまり、今の状況はその事故から暫く経った後なのだろう。

  問題は『実験』『大きい人間』『失敗』という不穏なワードで、これらから考えるに、蘇生『実験』を行ったが『失敗』してしまい記憶があやふや。ということになり、『大きい人間』とは実験の結果俺の身体が小さくなってしまった、という話になってしまう。
  ……まぁ、流石に有り得ないだろう。突拍子が無さすぎる。

  かぶりを降って、そんな陳腐な妄想を振り払う。

  気を取り直して、次は場所だ。
  周りを見渡してみると、薄暗い小さな部屋だということがわかる。所狭しと置かれた道具からは、年季を感じさせるものが沢山あった。

  RPGでよく見掛ける木の杖のようなものが置かれていたり、羽ペンと紙があったり、かなり年老いた女性の肖像画が飾られてあったり、古そうな本が積まれていたり……。
  雰囲気的には嫌いではないし、寧ろ居心地の良さすら感じるが、ヒントになるようなものが一つもない上に更なる疑問が重なる。

  ……ほんと、どこだここ。
  入ったことはもちろん見たことすらないこの部屋で眠っていた意味がわからない。
  
   冷静になってきた脳が、再び焦り出す。
  しかし、深呼吸をして、酸素を取り込み、パニックになるのを防ぐ。混乱し、視野が狭くなると思考も鈍ってしまうから。
  
  三回ほど深呼吸を行った所で、ふと自分の身体について気になった。
  というか、一度車に轢かれている以上真っ先に心配しなければいけないはずだったのだが、痛みなどどこにも存在しないのですっかり忘れていたのだ。

  寝そべっていた身体を起こす。
  痛みもないから異常もないだろうと思いつつ、若干ふらっとしながら自分の両の手の平を見る。

  硬直。

  今日一番。いや人生においてこれほど驚いたことはないという自負があった。
  それほどまでに、今までの記憶と今の現状が乖離していたのだ。

  常識外れも甚だしいが、果たしてそれを誰にぶつければいいのかすら分からない。
  握る、離すを繰り返す。どれほど続けても、いや、続ける度にどうしようもない現実となる。その両手は、どう見ても俺の手だった。

  「あ、そうだ、一つ聞きたいんだけどさ。君、何て言う種族なの?僕君みたいな召喚獣初めて見るんだけど……。」

  何か喋っているが、俺の耳には最早聞こえない。
  
  黒い毛の生えた腕、ピンク色の肉球。足を見ればしゅっとした黒い足。そして、背中に見える、くねくねと揺れる尻尾……。

  頭の上を触ってみるが、間違いない。

  身体がわなわなと震える。そんな様子に、彼女は心配そうに声をかけようとする。

  じわりと目が涙で滲む感覚があった。しかしもう、体裁など考える余裕もない。

  「……ね」
  「ね?」

  信じられない真実に、遂に感情が爆発した。

  「猫だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

  短い人生でしたが、これほど奇特な事もそう無いでしょう。
  わたくしこと鳥居  海斗。車に轢かれ、目が覚めたら黒猫になっていました。

  ……神様マジ呪ってやる…。

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