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家族
3.どうやらここは異世界のようです
しおりを挟むカランコローン
「ありがとうございました~……」
「…………。」
玄関に備え付けられた、簡素なベルが、先程来店した客が帰ったことを伝えた。
それと同時に、一切その手元にある本から目を離さずに、誠意など微塵も感じさせない声音でお礼を述べる時代錯誤の魔法使い。
このヘンテコな世界に来てから3日程過ぎたが、未だにこの状況を上手く飲み込めていない自分がいる。
この女、名前をレイという。
正式名称は長いので覚えていないが、ともかくこの女の言うことには、ここは俺の住んでいた世界とは全く異なる場所らしい。
最初こそ頭のおかしい奴の戯れ言に付き合うつもりはないというスタンスでいたのだが、外を見てみれば一目瞭然。どう考えても今の日本では有り得ない光景が広がっていたのだ。
見たことの無い生き物が運ぶ荷台。明らかに人ではない、人の形をした何か(スライムみたいにどろどろで、半透明なのに人の姿だった)。エルフやドワーフといった類いの、有名な種族もいた。
アスファルトではなく石畳が道として整備されていて、建物もなんだか異国の雰囲気を感じさせる。
極めつけに、レイが見せた「魔法」なるものをこの目で見たことによって、最早ここが俺の慣れ親んだ世界ではないことが確定したのだ。
「……はぁ…。」
この世界に来てから何度目かもうわからないため息を吐いた。
帰りたい、という気持ちはあまり無い。
無いというか、諦めたと言った方がいいのだろうか。もとの世界に帰れる方法はレイが言うには「契約者の僕が死ねば自然と召喚獣は故郷に帰れるようになる」と言っていたが、この少女の死を願ってまで帰りたいと思えるほどこだわりのある人生ではなかった。
だから、まぁとりあえずレイが死んでしまうまではこの世界にいようかと楽観的に決めたのだ。
では何故こんなにもため息を吐いているか。
半分は、やることが山程あるからだ。この世界の常識を知らねばならないし、お金の単位や価値も未だに理解していない。歴史も知らなければどのような魔法が存在するのか、そもそもとして何故こいつは俺を召喚したのか。
知らないことが多過ぎて、何から手を付けて良いか分からないのだ。
ではもう半分は何か。
それは──
「今日も暇だね、クロン。」
「……俺の名前はクロンじゃないんだが。」
「君はもしかして記憶力が乏しいのかな?一昨日も、昨日も、今日の朝も説明したと思うが、召喚獣は契約者に名を授かるものなのだよ。だから少なくともこの世界での君の名前はクロンだ。」
「……はぁ…。」
──これである。
俺の元の名前は最初に告げたはずなのだが、頑としてその名で呼んではくれなかった。
それどころか、ペット扱いで尚且つ「クロン」とかいうネーミングセンスの欠片もない名前をつけられ、今に至る。
勿論抗議したが、『安直すぎる!センスが微塵も感じられない!!』とつっこんだのが不味かったのか、
『あ、安直!!?センスが……微塵も!!?な、な……なんだとこのくろかたまり!!ちょっと可愛いなとか思っていたのに全然可愛くないぞ!!ふんだ!もう決まったからな!君の名前は今から!未来永劫!クロンだ!!!ばーか!!』
……と、他の名にすることを良しとしてくれなかった。
「……つか、なんだよくろかたまりって…。」
この世界で、「クロン」という名の黒猫になってしまった俺は、レイににまにまと見られながら、またため息を吐いた。
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