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act9 ウソは言わない
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しかし、いくら、とにかく場を持たせるだけでいい、
教科として何も学ばせることができなくてもいい、
と認められたわずか16時間の仕事であっても、
自分の能力がまったく用をなさないとは。
労働の対価として得られるお金でないとずい分虚しさが募るものだ、
と蛍子はそれが贅沢な考えであることも思いつつ、
心の中で深いため息をついた。
まったく学ぶ意欲のない生徒たちを前に、
すっかりしおしおとした負け犬の気分で、
黒板に中学生レベルの本文を書き出し、
単語を確認したり、日本語の訳をつけた。
蛍子のひとり相撲である。
ビデオカメラに向かって授業をする有名予備校講師のほうが
まだマシであろう。
少なくとも、カメラの向こうには、何万という生徒が
熱心に授業を聴いているはずなのだから。
片や。
蛍子の眼前には血の通った肉体が38体あるというのに、
それらはヒトであってヒトではない。
小瓶に手紙を入れて大海原に流すのと、
どちらがレスポンスを得られる確率が高いのだろう。
1日で天国と地獄を経験したが、
順番は逆であってほしいと蛍子は思った。
「どうですか、うちの生徒は?たいへんでしょう。申し訳ない」
2週目も終わり、折り返し地点にやっとたどり着いたあたり、
帰り際に教頭に呼び止められた。
困難校の教頭や校長はたいへんだろうな、と蛍子は思う。
上位校の先生たちは、みんな肩をそびやかし朗らかだ。
自分たちの手柄ではなく、伝統の進学校という肩書で
優秀な生徒が集まってくるだけなのに。
逆に、此方は先生たちに落ち度があるわけではないのに、
やたらに腰が低くなってしまうのだ。
毎朝のように苦情の電話が鳴り響き、
生徒はありとあらゆる貧困に悩まされトラブルを抱えている中、
非常勤にも気を遣わないといけない。
たいへんでしょう?ハイ、そうですね、とは言えない。
でも、ウソも言えない。
久しぶりなもので、なかなかたいへんです
テヘペロ。
己の問題にしておけばいい。
教頭というものは、板挟みになるのが仕事のようなものだが、
別にそうありたくてそうなるわけではないので、
しんどいことには変わりはない。
肩書好きの権勢欲の臭いがしないひとであるから、
まるで殉教者のようだと蛍子は思う。
蛍子の言葉に腰の低い教頭はまた、いいひとに来てもらえてよかったよかった
と繰り返すのであった。
教科として何も学ばせることができなくてもいい、
と認められたわずか16時間の仕事であっても、
自分の能力がまったく用をなさないとは。
労働の対価として得られるお金でないとずい分虚しさが募るものだ、
と蛍子はそれが贅沢な考えであることも思いつつ、
心の中で深いため息をついた。
まったく学ぶ意欲のない生徒たちを前に、
すっかりしおしおとした負け犬の気分で、
黒板に中学生レベルの本文を書き出し、
単語を確認したり、日本語の訳をつけた。
蛍子のひとり相撲である。
ビデオカメラに向かって授業をする有名予備校講師のほうが
まだマシであろう。
少なくとも、カメラの向こうには、何万という生徒が
熱心に授業を聴いているはずなのだから。
片や。
蛍子の眼前には血の通った肉体が38体あるというのに、
それらはヒトであってヒトではない。
小瓶に手紙を入れて大海原に流すのと、
どちらがレスポンスを得られる確率が高いのだろう。
1日で天国と地獄を経験したが、
順番は逆であってほしいと蛍子は思った。
「どうですか、うちの生徒は?たいへんでしょう。申し訳ない」
2週目も終わり、折り返し地点にやっとたどり着いたあたり、
帰り際に教頭に呼び止められた。
困難校の教頭や校長はたいへんだろうな、と蛍子は思う。
上位校の先生たちは、みんな肩をそびやかし朗らかだ。
自分たちの手柄ではなく、伝統の進学校という肩書で
優秀な生徒が集まってくるだけなのに。
逆に、此方は先生たちに落ち度があるわけではないのに、
やたらに腰が低くなってしまうのだ。
毎朝のように苦情の電話が鳴り響き、
生徒はありとあらゆる貧困に悩まされトラブルを抱えている中、
非常勤にも気を遣わないといけない。
たいへんでしょう?ハイ、そうですね、とは言えない。
でも、ウソも言えない。
久しぶりなもので、なかなかたいへんです
テヘペロ。
己の問題にしておけばいい。
教頭というものは、板挟みになるのが仕事のようなものだが、
別にそうありたくてそうなるわけではないので、
しんどいことには変わりはない。
肩書好きの権勢欲の臭いがしないひとであるから、
まるで殉教者のようだと蛍子は思う。
蛍子の言葉に腰の低い教頭はまた、いいひとに来てもらえてよかったよかった
と繰り返すのであった。
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