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act33 本気
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蛍子の母はああ言ったが、やはり避妊はしておくべきだろう。
こんなときにできてしまうと、子どもになんだか申し訳ない。
受精の確率は2割とかいう話だが、平均は両極の間の数値だ。
匠と蛍子なら、1回ですぐに結ばれてしまうという予感があった。
果てたそのまま寝入ってしまい、
匠がチェックアウトの時間の少し前に
目を覚ましたとき、蛍子の姿は消えていた。
いつもなら、ちょっとばかり不機嫌だったり
気まずかったりするときでも、ベッドの中でうやむやに
仲直りできたものだが、今回は厄介である。
考えたいことがある
という蛍子のメールを最後に、それから半年ほど、
蛍子と連絡が取れなくなってしまった。
蛍子とは連絡が取れなくなったが、水面下で、蛍子の母とは
繋がっていた。
蛍子の母が、匠を離すまいとしていたのだ。
匠も蛍子と別れるつもりはない。
「匠くんごめんね。少し待っていてくれる?
もしほかにいいひとができたら、そっちに行ってもいいから」
悲壮感に満ちた蛍子の母の言葉に、
匠は首を横に振る。
「僕には蛍子さんしかいませんから」
蛍子に自分のほかに好きな男が現れることなど、ない。
匠は確信していた。
多分蛍子には必要な時間なのだ。
これからのふたりのために。
僕は、待てる。
「ダンナさん、バンドの先輩?」
「ギタリスト?カッコいい!」
「イケメン?美男美女カップルじゃん!」
「どちらが告白したの?」
今日も調子よく、ひとなつっこい国際科の3年生である。
生徒たちのかわいらしい好奇心に、
ラブラブよ、と冗談めかして応える蛍子だ。
あのときはどうかしていたと蛍子は思う。
匠の卒業後は、4年生になったこともあり、
実家から通うことにした蛍子だったが、
ベッドの隣に匠がいないということに慣れなくて、
まさに「ひとり寝をかこつ」という有様だった。
匠と離れて、寂しい逢いたい抱きたいという思いしかなかったのに、
どうして匠を拒絶したのか。
幸せが怖かったわけじゃない。
本当に前後不覚に疲れていたのだ。
あの空白の半年、匠が待っていてくれなかったら、
どうなっていただろう。
「僕のことなんか忘れて、他の誰かと結婚していたんじゃない?」
そのときのことに話が及ぶと、匠は拗ねたふりをして、
蛍子に嫌がらせを言う。
結構手ひどい仕打ちを受けたのだから、
まあ、それくらいは許されてしかるべきであろう。
新たに担任をした生徒たちの卒業を待たず、
蛍子は結婚退職することにした。
「働くお母さん」というロールモデルを実現できなかったことは
残念であったし、
穏やかないいクラスであったから、手放すのは惜しまれたが、
よい思い出とともに離職できるのは、幸せなことと言える。
匠と連絡を絶った半年間、彼のことを考えない日はなかった。
自分の学生時代の大半は匠との思い出で占められている。
これから、他の誰と新たに思い出を作ることができるのだろう。
自分が匠を幸せにしようと決めたのではなかったのか。
匠はいつでも蛍子のよき理解者だったではないか。
匠の肌身や耳をくすぐる優しい声音が恋しい。
蛍子は、少しずつ冷静さを取り戻し、後悔の涙にくれた。
匠が許してくれなかったとしても、謝罪し、感謝し、
けじめをつけたいと蛍子は思った。
「待ってた」
呼び出されたホテルのラウンジで蛍子の姿を認めると、
匠は破顔した。
ただ仕事が忙しくて半年逢えなかったのとはわけが違う。
匠が人目も憚らず、蛍子を抱き寄せる。
匠の懐かしい感触に包まれて、ごめんねも言えず、蛍子はしゃくりあげた。
匠は蛍子に鼻をかませ、ホテルの近くの
デパートに連れて行った。
クリスマスにはまだ日は浅い。
「給料の何ヵ月分とかは困るんだけどね」
笑いながら、匠は蛍子に好みの指輪を探すように促した。
楽器を弾くこともあり、匠は蛍子に手回りのアクセサリを
プレゼントしたことはない。
そもそも、アルバイトをあまりしていなかったので、
少ないバイト代は、音楽活動に消えてゆき、
デート代もいつも割り勘だった。
自分の欲しいものは自分で購う蛍子に不満はない。
プレゼントの多寡で測れる愛情など知れている。
そんな匠が、指輪を買ってくれるという。
とうとう夫婦になるのか、と感慨も深く、
蛍子は匠と相談しながら、匠の誕生石のついた、
シンプルなホワイトゴールドのものを選んだ。
匠の月収の10分の1くらいのものである。
「これでいいの?」
これがいいの
ふたりはその夜、お互いの思いを改めて確認し合った。
「もうどこにも行かないで」
優しく囁く匠に、蛍子は甘い口づけで応えた。
わたしの居場所はここしかない
蛍子は左手の薬指にぴったり収まっている
指輪をうっとりと眺めた。
こんなときにできてしまうと、子どもになんだか申し訳ない。
受精の確率は2割とかいう話だが、平均は両極の間の数値だ。
匠と蛍子なら、1回ですぐに結ばれてしまうという予感があった。
果てたそのまま寝入ってしまい、
匠がチェックアウトの時間の少し前に
目を覚ましたとき、蛍子の姿は消えていた。
いつもなら、ちょっとばかり不機嫌だったり
気まずかったりするときでも、ベッドの中でうやむやに
仲直りできたものだが、今回は厄介である。
考えたいことがある
という蛍子のメールを最後に、それから半年ほど、
蛍子と連絡が取れなくなってしまった。
蛍子とは連絡が取れなくなったが、水面下で、蛍子の母とは
繋がっていた。
蛍子の母が、匠を離すまいとしていたのだ。
匠も蛍子と別れるつもりはない。
「匠くんごめんね。少し待っていてくれる?
もしほかにいいひとができたら、そっちに行ってもいいから」
悲壮感に満ちた蛍子の母の言葉に、
匠は首を横に振る。
「僕には蛍子さんしかいませんから」
蛍子に自分のほかに好きな男が現れることなど、ない。
匠は確信していた。
多分蛍子には必要な時間なのだ。
これからのふたりのために。
僕は、待てる。
「ダンナさん、バンドの先輩?」
「ギタリスト?カッコいい!」
「イケメン?美男美女カップルじゃん!」
「どちらが告白したの?」
今日も調子よく、ひとなつっこい国際科の3年生である。
生徒たちのかわいらしい好奇心に、
ラブラブよ、と冗談めかして応える蛍子だ。
あのときはどうかしていたと蛍子は思う。
匠の卒業後は、4年生になったこともあり、
実家から通うことにした蛍子だったが、
ベッドの隣に匠がいないということに慣れなくて、
まさに「ひとり寝をかこつ」という有様だった。
匠と離れて、寂しい逢いたい抱きたいという思いしかなかったのに、
どうして匠を拒絶したのか。
幸せが怖かったわけじゃない。
本当に前後不覚に疲れていたのだ。
あの空白の半年、匠が待っていてくれなかったら、
どうなっていただろう。
「僕のことなんか忘れて、他の誰かと結婚していたんじゃない?」
そのときのことに話が及ぶと、匠は拗ねたふりをして、
蛍子に嫌がらせを言う。
結構手ひどい仕打ちを受けたのだから、
まあ、それくらいは許されてしかるべきであろう。
新たに担任をした生徒たちの卒業を待たず、
蛍子は結婚退職することにした。
「働くお母さん」というロールモデルを実現できなかったことは
残念であったし、
穏やかないいクラスであったから、手放すのは惜しまれたが、
よい思い出とともに離職できるのは、幸せなことと言える。
匠と連絡を絶った半年間、彼のことを考えない日はなかった。
自分の学生時代の大半は匠との思い出で占められている。
これから、他の誰と新たに思い出を作ることができるのだろう。
自分が匠を幸せにしようと決めたのではなかったのか。
匠はいつでも蛍子のよき理解者だったではないか。
匠の肌身や耳をくすぐる優しい声音が恋しい。
蛍子は、少しずつ冷静さを取り戻し、後悔の涙にくれた。
匠が許してくれなかったとしても、謝罪し、感謝し、
けじめをつけたいと蛍子は思った。
「待ってた」
呼び出されたホテルのラウンジで蛍子の姿を認めると、
匠は破顔した。
ただ仕事が忙しくて半年逢えなかったのとはわけが違う。
匠が人目も憚らず、蛍子を抱き寄せる。
匠の懐かしい感触に包まれて、ごめんねも言えず、蛍子はしゃくりあげた。
匠は蛍子に鼻をかませ、ホテルの近くの
デパートに連れて行った。
クリスマスにはまだ日は浅い。
「給料の何ヵ月分とかは困るんだけどね」
笑いながら、匠は蛍子に好みの指輪を探すように促した。
楽器を弾くこともあり、匠は蛍子に手回りのアクセサリを
プレゼントしたことはない。
そもそも、アルバイトをあまりしていなかったので、
少ないバイト代は、音楽活動に消えてゆき、
デート代もいつも割り勘だった。
自分の欲しいものは自分で購う蛍子に不満はない。
プレゼントの多寡で測れる愛情など知れている。
そんな匠が、指輪を買ってくれるという。
とうとう夫婦になるのか、と感慨も深く、
蛍子は匠と相談しながら、匠の誕生石のついた、
シンプルなホワイトゴールドのものを選んだ。
匠の月収の10分の1くらいのものである。
「これでいいの?」
これがいいの
ふたりはその夜、お互いの思いを改めて確認し合った。
「もうどこにも行かないで」
優しく囁く匠に、蛍子は甘い口づけで応えた。
わたしの居場所はここしかない
蛍子は左手の薬指にぴったり収まっている
指輪をうっとりと眺めた。
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