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act32 僕の恋人2
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女性に対する暴言というものに、匠は情けをかけない。
その場の空気など知ったことではない。
そんな自分も暴力的で、パラドックスに悩まされるのだが、
これが蛍子の心をとらえるとは異なことである。
そうでもない。
蛍子は女尊を言って憚らない。
生まれながらにヨーコ先輩の弟子のようだ。
「性差別主義者でなければ、フェミニストなのです!」
だから匠さんも、フェミですよ!と、蛍子は白い歯を見せたものだ。
「小池匠さんは、男の中の男です!」
あの男嫌い(としか思えない)蛍子から、男として評価をされるとは、
これは僥倖ではないのか。
酒か寒さか興奮か。
頬を紅潮させて最敬礼した白いダッフルコートの蛍子の姿を思い出すと、
匠はいつも冷んやりとしていた自分の心がふっくりと温かくなるのを感じた。
その後、いよいよ蛍子を思う胸の疼きは抑えがたく、
ついに匠は冬休み前に、思いを打ち明けることに決めた。
そして今、蛍子は自分の腕の中に居る。
あの凛とした姿勢正しい女の子が、布一枚隔てずに。
蛍子はいつも一所懸命で、本人が大真面目な分、
天然なところが滑稽で、よくバンドのみんなの笑いを誘っていた。
電車の「ピストン輸送」を「ピストン運動」と言い間違えて、
一瞬の沈黙のうちに、大爆笑になり、わけもわからず立ち尽くし、
目顔で匠に援けを求めてきたときに、匠の氷の牙城は完全に陥落した気がする。
切れ長の涼やかな目元を羞恥に紅く染めて、匠を見上げるさまが
とてもかわいいと思った。
同年代の女の子たちと比べて、落ち着きはあったものの、
匠たちにすれば、かわいらしい後輩である。
無礼者は寄らば斬る!オーラも、初心なお姫さまのようだ。
先輩たちは、何ぞかんぞ、いろいろちょっかいをかけては
蛍子の反応を愉しんでいた。
わずか20年ばかりではあったが、
ろくな人生じゃなかった
と、匠は思っていた。
ギターだけが慰めだった。
耳に汚い音から逃れるために、練習に没入した。
誰にも言えない、つらい、悲しいという気持ちを
押し殺しているうちに、笑うことさえも
忘れてしまったようだった。
父親が亡くなり、やっと家から出ることに成功してからも、
暴力の記憶が消えることはなく、
何の希望も見出せず、ただただギターの音に溺れていた。
そこに、ふわりと蛍子が舞い降りた。
何の気負いもなく、誰に対しても等しく接する
蛍子は、匠の心を閉ざす重い扉をもやすやすと開いた。
ひとを信じることに疑いのない蛍子と一緒に過ごすうち、
匠は自分の凍った心がやわらかく溶けていくような思いがした。
匠のギターも。
いつしか、逃避のための手段ではなく、ひとと交わるための
道具となっていった。
蛍子と出会ってから、匠は心の底から笑うことを思い出した。
何を思うのか、思わぬのか、ぼんやりと窓の外を
眺める蛍子の整った横顔。
すっと伸びた鼻筋に続く少し上を向いた鼻先が愛らしい。
逆光に色素の薄い髪が金色に縁どられている。
蛍子の形のいい頭からつながる首のラインが好きだった。
匂い立つような色香がある。
本人には内緒だ。
意識されると面白くない。
何もかもが天然で、不自然さがない。
蛍子の気づかぬ美しさというものに、
匠は夢中になっていた。
カレシカノジョの関係を結んでからの展開は
早かったが、お互いを知ってからは、いい時間が
過ぎていたと思う。
じっくり間合いを詰めてからの、プロポーズだ。
「みんなの妹」を自分が独り占めしている。
やっとこの手につかんだ自分の幸せ。
絶対に失いたくない。
匠は、しっかりと蛍子を抱き締めた。
その場の空気など知ったことではない。
そんな自分も暴力的で、パラドックスに悩まされるのだが、
これが蛍子の心をとらえるとは異なことである。
そうでもない。
蛍子は女尊を言って憚らない。
生まれながらにヨーコ先輩の弟子のようだ。
「性差別主義者でなければ、フェミニストなのです!」
だから匠さんも、フェミですよ!と、蛍子は白い歯を見せたものだ。
「小池匠さんは、男の中の男です!」
あの男嫌い(としか思えない)蛍子から、男として評価をされるとは、
これは僥倖ではないのか。
酒か寒さか興奮か。
頬を紅潮させて最敬礼した白いダッフルコートの蛍子の姿を思い出すと、
匠はいつも冷んやりとしていた自分の心がふっくりと温かくなるのを感じた。
その後、いよいよ蛍子を思う胸の疼きは抑えがたく、
ついに匠は冬休み前に、思いを打ち明けることに決めた。
そして今、蛍子は自分の腕の中に居る。
あの凛とした姿勢正しい女の子が、布一枚隔てずに。
蛍子はいつも一所懸命で、本人が大真面目な分、
天然なところが滑稽で、よくバンドのみんなの笑いを誘っていた。
電車の「ピストン輸送」を「ピストン運動」と言い間違えて、
一瞬の沈黙のうちに、大爆笑になり、わけもわからず立ち尽くし、
目顔で匠に援けを求めてきたときに、匠の氷の牙城は完全に陥落した気がする。
切れ長の涼やかな目元を羞恥に紅く染めて、匠を見上げるさまが
とてもかわいいと思った。
同年代の女の子たちと比べて、落ち着きはあったものの、
匠たちにすれば、かわいらしい後輩である。
無礼者は寄らば斬る!オーラも、初心なお姫さまのようだ。
先輩たちは、何ぞかんぞ、いろいろちょっかいをかけては
蛍子の反応を愉しんでいた。
わずか20年ばかりではあったが、
ろくな人生じゃなかった
と、匠は思っていた。
ギターだけが慰めだった。
耳に汚い音から逃れるために、練習に没入した。
誰にも言えない、つらい、悲しいという気持ちを
押し殺しているうちに、笑うことさえも
忘れてしまったようだった。
父親が亡くなり、やっと家から出ることに成功してからも、
暴力の記憶が消えることはなく、
何の希望も見出せず、ただただギターの音に溺れていた。
そこに、ふわりと蛍子が舞い降りた。
何の気負いもなく、誰に対しても等しく接する
蛍子は、匠の心を閉ざす重い扉をもやすやすと開いた。
ひとを信じることに疑いのない蛍子と一緒に過ごすうち、
匠は自分の凍った心がやわらかく溶けていくような思いがした。
匠のギターも。
いつしか、逃避のための手段ではなく、ひとと交わるための
道具となっていった。
蛍子と出会ってから、匠は心の底から笑うことを思い出した。
何を思うのか、思わぬのか、ぼんやりと窓の外を
眺める蛍子の整った横顔。
すっと伸びた鼻筋に続く少し上を向いた鼻先が愛らしい。
逆光に色素の薄い髪が金色に縁どられている。
蛍子の形のいい頭からつながる首のラインが好きだった。
匂い立つような色香がある。
本人には内緒だ。
意識されると面白くない。
何もかもが天然で、不自然さがない。
蛍子の気づかぬ美しさというものに、
匠は夢中になっていた。
カレシカノジョの関係を結んでからの展開は
早かったが、お互いを知ってからは、いい時間が
過ぎていたと思う。
じっくり間合いを詰めてからの、プロポーズだ。
「みんなの妹」を自分が独り占めしている。
やっとこの手につかんだ自分の幸せ。
絶対に失いたくない。
匠は、しっかりと蛍子を抱き締めた。
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