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act35 甲斐もなし
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一緒に餃子を作ったり、楽器を合わせたりして
匠とまったり過ごした週末が明け、
登校初日にUターンしたくなったクラスが終わった。
もうその1時間は先生がそこに居ればいい、という感じで。
虚しいけれど、それも仕事のうちと割り切るとしよう。
しかし、たった1時間だというのに、なんという疲労感だろうか。
蛍子は雨混じりの中、ピンクの傘を揺らして
とぼとぼとバス停に向かった。
インドア派のピアノ弾きであるがゆえ、蛍子は外で過ごすことをあまり好まない。
最寄り駅は開けていて、洒落たカフェや、珈琲のチェーン店などが
軒を連ねているのだが、まったく魅力を感じない。
匠と行くならまだしも、気分転換に喫茶店に寄るくらいなら、
早く帰ってピアノが弾きたいと思う。
今住んでいる安普請のアパートでは、大きな音は出せないので、
電子ピアノを消音で弾いている。
いつかマンションを買うことがあれば、そのとき
実家にあるアップライトを持ってきて、思うさま
弾こう。
もし子どもが生まれたら、何か楽器を弾きたいと
思ってくれるだろうか。
両親共になかなかの腕前であるから、生まれながらに
センスがあるかもしれない。
ないかもしれない。
そのときは、自分の好きなことをみつけられるよう、
親が手伝ってやろう。
匠もやっていた水泳でもいい。
左右のバランスが整うし、身体によさそうだ。
いつになるやらわからないことを、
蛍子は家に向かう道中、楽しく想像する。
それでも、近い将来である。
10代の頃、漠然とイメージしていた未来の姿とは
リアリティの重みが違う。
進学組は、大学でまだ考える時間がある。
子ども時代が4年ほど伸びるだけだが、
「無駄な時間」を過ごすことで得る学びは大きいものだ。
高校卒業後、すぐに社会人となって働く子どもたちは、
どれほど明確に自分の生活というものを
意識できているのだろうか。
「そのときになって考えればいい」
「なんとかなるだろう」
という認識は甘いと蛍子は思う。
もちろん、
「そのときにならないとわからないこと」
は、ある。
しかし、
「そのとき考えてなんとかなる」
場合は、「そのとき」までに、意識・無意識に関わらず、
熟慮の末に最良の選択ができたということに外ならない。
考える材料も、心構えも準備もなくて、どうなるというのだ。
教員現役時代に、仲良くしてくれた非常勤の先生は、
結婚前は公立の中学に勤めていたそうだが、
そのときの話を聴くと、蛍子は絶望的な気分になったものだ。
生活保護と児童手当を当てにし、
親が子どもにご飯も満足に食べさせず、
あまつさえ幼い弟妹の面倒も家事も全部お任せにし、
紙離婚して、タバコを吹かしてパチンコ通い、
などという家庭の生徒が、低所得者層の多い地域では、
たくさん居たという。
子どもが搾取されている現状を憂えていたが、
その中でも、多少学力の高い者がそのとき自分のクラスに
集まったであろうことを蛍子は理解した。
何らかの理由で親自身が生きるのが精いっぱいで、
子どもに関心を持つことができないのだろうけれども、
そのくせ、簡単に(としか思えないが)子どもを持つものである。
それも手当てが恃みゆえなのだろうか。
児童手当バブルなど、一瞬のことであるというのに、
それを収入として当て込む生活の改善指導を
誰がするのだろうか。
そして、今再び眼前に広がる不毛な景色は、
情報ビジネス科の1年生のクラスのものだ。
きっとこのお嬢ちゃんたちも、そういう家庭の眷属なのだろう。
3年間で仕上がったおりこうな国際科の授業後だと、
一段とお粗末さが際立つ。
しかし、ここも今日でお別れ、おさらばだ!
匠とまったり過ごした週末が明け、
登校初日にUターンしたくなったクラスが終わった。
もうその1時間は先生がそこに居ればいい、という感じで。
虚しいけれど、それも仕事のうちと割り切るとしよう。
しかし、たった1時間だというのに、なんという疲労感だろうか。
蛍子は雨混じりの中、ピンクの傘を揺らして
とぼとぼとバス停に向かった。
インドア派のピアノ弾きであるがゆえ、蛍子は外で過ごすことをあまり好まない。
最寄り駅は開けていて、洒落たカフェや、珈琲のチェーン店などが
軒を連ねているのだが、まったく魅力を感じない。
匠と行くならまだしも、気分転換に喫茶店に寄るくらいなら、
早く帰ってピアノが弾きたいと思う。
今住んでいる安普請のアパートでは、大きな音は出せないので、
電子ピアノを消音で弾いている。
いつかマンションを買うことがあれば、そのとき
実家にあるアップライトを持ってきて、思うさま
弾こう。
もし子どもが生まれたら、何か楽器を弾きたいと
思ってくれるだろうか。
両親共になかなかの腕前であるから、生まれながらに
センスがあるかもしれない。
ないかもしれない。
そのときは、自分の好きなことをみつけられるよう、
親が手伝ってやろう。
匠もやっていた水泳でもいい。
左右のバランスが整うし、身体によさそうだ。
いつになるやらわからないことを、
蛍子は家に向かう道中、楽しく想像する。
それでも、近い将来である。
10代の頃、漠然とイメージしていた未来の姿とは
リアリティの重みが違う。
進学組は、大学でまだ考える時間がある。
子ども時代が4年ほど伸びるだけだが、
「無駄な時間」を過ごすことで得る学びは大きいものだ。
高校卒業後、すぐに社会人となって働く子どもたちは、
どれほど明確に自分の生活というものを
意識できているのだろうか。
「そのときになって考えればいい」
「なんとかなるだろう」
という認識は甘いと蛍子は思う。
もちろん、
「そのときにならないとわからないこと」
は、ある。
しかし、
「そのとき考えてなんとかなる」
場合は、「そのとき」までに、意識・無意識に関わらず、
熟慮の末に最良の選択ができたということに外ならない。
考える材料も、心構えも準備もなくて、どうなるというのだ。
教員現役時代に、仲良くしてくれた非常勤の先生は、
結婚前は公立の中学に勤めていたそうだが、
そのときの話を聴くと、蛍子は絶望的な気分になったものだ。
生活保護と児童手当を当てにし、
親が子どもにご飯も満足に食べさせず、
あまつさえ幼い弟妹の面倒も家事も全部お任せにし、
紙離婚して、タバコを吹かしてパチンコ通い、
などという家庭の生徒が、低所得者層の多い地域では、
たくさん居たという。
子どもが搾取されている現状を憂えていたが、
その中でも、多少学力の高い者がそのとき自分のクラスに
集まったであろうことを蛍子は理解した。
何らかの理由で親自身が生きるのが精いっぱいで、
子どもに関心を持つことができないのだろうけれども、
そのくせ、簡単に(としか思えないが)子どもを持つものである。
それも手当てが恃みゆえなのだろうか。
児童手当バブルなど、一瞬のことであるというのに、
それを収入として当て込む生活の改善指導を
誰がするのだろうか。
そして、今再び眼前に広がる不毛な景色は、
情報ビジネス科の1年生のクラスのものだ。
きっとこのお嬢ちゃんたちも、そういう家庭の眷属なのだろう。
3年間で仕上がったおりこうな国際科の授業後だと、
一段とお粗末さが際立つ。
しかし、ここも今日でお別れ、おさらばだ!
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