蒼竜は泡沫夢幻の縛魔師を寵愛する

結城星乃

文字の大きさ
27 / 409
第一部 嫉妬と情愛の狭間

第27話 罪の証 其の五

しおりを挟む


 気性は大違いだがなという紫雨むらさめに、桜香おうかはくすくす笑った。


里愛良りあいら様は、芯のあるとてもお強い方。そして御淑おしとやかで慈悲深い方だと、記憶の中にございます」
「言い過ぎだ、桜香。昔はそれはそれはよく噛み付かれたものだ」
「まぁ」


 桜香が再びくすくすと笑う。
 それに対して紫雨もまた、穏やかな笑みを見せるのだ。
 ここにきてすっかり存在を忘れてられているりょうは、深い深いため息をついた。


(……本当にこの親子は……!)


 先程も似ているとは思ったが、まさかこんなところまで似ているとは。
 香彩かさいもそうだった。
 桜香の正体がわかったあと、ほんの少し言葉を交わし、視線を交わすだけで、この場に部外者のいることが、居た堪れないような空気を作ってくれたのだ。
 今回も忘れてられてなるものかとばかりに、療はわざとらしく咳払いをした。


「あ……──紫雨? 言っとくけど桜香は、あくまで『竜紅人りゅこうと』の記憶を持った『竜紅人』の分身みたいなものだからね。ほぼ『竜ちゃん』なんだからね! 香彩の要素、ほんのちょっとなんだからね! 見てくれだけ香彩なんだからね!」
「全く入っていない訳ではないのだろう?」
「そうだけど、『ほぼ竜ちゃん』だからね!」


 力説する療を見遣る紫雨は、それは面白そうにくつくつ笑う。










「──何だ? 妬いているのか? 療」











 一瞬、療はきょとんとする。
 そして言葉の意味を反芻して、腹の奥底から、これでもかというくらいの地鳴りの様な、それはそれは深い深いため息をついたのだ。
 ああ、人選を誤ったかもしれない。


(……いや、合ってる) 


 あのふたりが苦手としつつも、一目置いてる人物は彼だけだ。ただ自分がこの人の、厄介な性格を忘れていただけだ。


(重い蓋、閉めたばっかりなのに)


 それが何の感情なのか分からないまま、療は再び目覚めそうになる何かに蓋をする。


「……何でそこで『妬いてる』っていう発想になるのか、オイラ分かんないなぁ」
「ほぉう? ここは素直ではないんだな。まぁ何処かの誰かみたいにうるさく吠えられたり、汚い物を見るような冷たい目で見られるよりは、まだましだということにしておくか」 
「……そこまでされても止めないのが、紫雨らしいよねぇ」
「反応がそれぞれ違って愛らしいからな。それにこれからは、無自覚に隠したものを暴く楽しみも出来た」
「……何かよくわかんないけど、良かったね……」


 再びくつくつと笑う紫雨の声を、げんなりとした気持ちで療が聞いていると、その笑い声にくすくすと、桜香の笑い声が重なった。


「療様も……再びのご来訪、感謝致します」


 そう言ってにこりと笑う桜香につられるようにして、療も笑みを返した。


「まさかオイラもこんなに早く、またここに来ることになるなんて、思わなかったよ」
「それでは進展が?」
「……竜ちゃん、蒼竜になって香彩を浚って行っちゃったから、もしかしたら今晩の内かもって思ってね」
「まぁ……!」


 療の言葉に桜香は感嘆の声を上げた。


「竜形で浚うだなんて、情のお熱い方。それでしたらきっと、療様に還る時も近いのでしょう」


 桜香は竜紅人の『強く求める想い』が具現化した『想いの欠片』だ。その想いが成就したのなら、『求める想い』の為に『生み出された存在』は消えてしまう。
 だがたとえ禁忌で生み出された竜紅人の分身とはいえ、肉体と意思を持ち、『個』として成り立つのであれば、それはもう立派な真竜だ。

 だから療は言ったのだ。
 還っておいで、と。
 療の中に還った真竜の光は、また新たな真竜へと生まれ変わるだろうから。


「まぁ、時間は掛かるだろうねぇ。いくら素直になるって言ってても、ふたりとも素直じゃないから。まさか今晩じゃないとは思いたくないけど」
「寧ろ、私が今晩に療様の元へ還らないという事態になってしまいましたら、おふたりのところへ乗り込んで行きたいですわ」
 
 しん、とした沈黙が下りる。
 
 桜香の意外な物言いに、きょとんとしていた療と紫雨だったが、いつしかその沈黙は大笑いに変わった。


「そんなことになったらオイラも一緒に行くよ。ついでに竜ちゃんの真似でもして、浚って本気で参戦してみようかなぁ」
「俺としては療の方が安心するんだがな、と焚き付けておいたから、ものにしてくるだろうよ」
「紫雨……竜ちゃんにそんなこと言ったの? 相変わらず鬼だね」
「お前に鬼だと言われたくないな。愛しい息子をそれこそ、幼子の頃から取られていたのだからな。いい加減ものにして貰わないと困る。あいつの悲しむ顔は見たくない」
「確かに、ねぇ……?」


 療が桜香の方を見て言えば、桜香は力強く頷く。


「療様。金葉茶店の甘味がございますの。香茶もお入れ致しますわ。紫雨様には、神澪酒しんれいしゅをご用意致しましたの。おふたりとも、ゆっくり待つことと致しましょう」
「金葉茶店の……! ありがとう桜香」
「頂こう」

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...