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第一部 嫉妬と情愛の狭間
第27話 罪の証 其の五
しおりを挟む気性は大違いだがなという紫雨に、桜香はくすくす笑った。
「里愛良様は、芯のあるとてもお強い方。そして御淑やかで慈悲深い方だと、記憶の中にございます」
「言い過ぎだ、桜香。昔はそれはそれはよく噛み付かれたものだ」
「まぁ」
桜香が再びくすくすと笑う。
それに対して紫雨もまた、穏やかな笑みを見せるのだ。
ここにきてすっかり存在を忘れてられている療は、深い深いため息をついた。
(……本当にこの親子は……!)
先程も似ているとは思ったが、まさかこんなところまで似ているとは。
香彩もそうだった。
桜香の正体がわかったあと、ほんの少し言葉を交わし、視線を交わすだけで、この場に部外者のいることが、居た堪れないような空気を作ってくれたのだ。
今回も忘れてられてなるものかとばかりに、療はわざとらしく咳払いをした。
「あ……──紫雨? 言っとくけど桜香は、あくまで『竜紅人』の記憶を持った『竜紅人』の分身みたいなものだからね。ほぼ『竜ちゃん』なんだからね! 香彩の要素、ほんのちょっとなんだからね! 見てくれだけ香彩なんだからね!」
「全く入っていない訳ではないのだろう?」
「そうだけど、『ほぼ竜ちゃん』だからね!」
力説する療を見遣る紫雨は、それは面白そうにくつくつ笑う。
「──何だ? 妬いているのか? 療」
一瞬、療はきょとんとする。
そして言葉の意味を反芻して、腹の奥底から、これでもかというくらいの地鳴りの様な、それはそれは深い深いため息をついたのだ。
ああ、人選を誤ったかもしれない。
(……いや、合ってる)
あのふたりが苦手としつつも、一目置いてる人物は彼だけだ。ただ自分がこの人の、厄介な性格を忘れていただけだ。
(重い蓋、閉めたばっかりなのに)
それが何の感情なのか分からないまま、療は再び目覚めそうになる何かに蓋をする。
「……何でそこで『妬いてる』っていう発想になるのか、オイラ分かんないなぁ」
「ほぉう? ここは素直ではないんだな。まぁ何処かの誰かみたいに煩く吠えられたり、汚い物を見るような冷たい目で見られるよりは、まだましだということにしておくか」
「……そこまでされても止めないのが、紫雨らしいよねぇ」
「反応がそれぞれ違って愛らしいからな。それにこれからは、無自覚に隠したものを暴く楽しみも出来た」
「……何かよくわかんないけど、良かったね……」
再びくつくつと笑う紫雨の声を、げんなりとした気持ちで療が聞いていると、その笑い声にくすくすと、桜香の笑い声が重なった。
「療様も……再びのご来訪、感謝致します」
そう言ってにこりと笑う桜香につられるようにして、療も笑みを返した。
「まさかオイラもこんなに早く、またここに来ることになるなんて、思わなかったよ」
「それでは進展が?」
「……竜ちゃん、蒼竜になって香彩を浚って行っちゃったから、もしかしたら今晩の内かもって思ってね」
「まぁ……!」
療の言葉に桜香は感嘆の声を上げた。
「竜形で浚うだなんて、情のお熱い方。それでしたらきっと、療様に還る時も近いのでしょう」
桜香は竜紅人の『強く求める想い』が具現化した『想いの欠片』だ。その想いが成就したのなら、『求める想い』の為に『生み出された存在』は消えてしまう。
だがたとえ禁忌で生み出された竜紅人の分身とはいえ、肉体と意思を持ち、『個』として成り立つのであれば、それはもう立派な真竜だ。
だから療は言ったのだ。
還っておいで、と。
療の中に還った真竜の光は、また新たな真竜へと生まれ変わるだろうから。
「まぁ、時間は掛かるだろうねぇ。いくら素直になるって言ってても、ふたりとも素直じゃないから。まさか今晩じゃないとは思いたくないけど」
「寧ろ、私が今晩に療様の元へ還らないという事態になってしまいましたら、おふたりのところへ乗り込んで行きたいですわ」
しん、とした沈黙が下りる。
桜香の意外な物言いに、きょとんとしていた療と紫雨だったが、いつしかその沈黙は大笑いに変わった。
「そんなことになったらオイラも一緒に行くよ。ついでに竜ちゃんの真似でもして、浚って本気で参戦してみようかなぁ」
「俺としては療の方が安心するんだがな、と焚き付けておいたから、ものにしてくるだろうよ」
「紫雨……竜ちゃんにそんなこと言ったの? 相変わらず鬼だね」
「お前に鬼だと言われたくないな。愛しい息子をそれこそ、幼子の頃から取られていたのだからな。いい加減ものにして貰わないと困る。あいつの悲しむ顔は見たくない」
「確かに、ねぇ……?」
療が桜香の方を見て言えば、桜香は力強く頷く。
「療様。金葉茶店の甘味がございますの。香茶もお入れ致しますわ。紫雨様には、神澪酒をご用意致しましたの。おふたりとも、ゆっくり待つことと致しましょう」
「金葉茶店の……! ありがとう桜香」
「頂こう」
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