41 / 409
第一部 嫉妬と情愛の狭間
第41話 悪戯 其の二
しおりを挟む想像をするだけで、香彩の背筋にぞくりとした粟立つものが駆け上がる。それは明らかに欲なのだと分かっていたけれども、香彩は見て見ぬ振りをした。
香彩の手は、顎の下から喉元へと移動する。硬そうなその膨らみが気になって、そっと触れてみた。起こしてしまうだろうか。そう思いながらも香彩は好奇心に負けて、そっと指先で撫でてみる。うん……と、竜紅人が眠そうな声を上げたが、まだ目覚めていないようだった。声を上げたからなのか、小さく上下する喉の膨らみに、香彩の心の中にあたたかい気持ちが湧いて出る。
(……そういえば、ここ)
噛まれたんだっけ。
甘噛みだったけれども、くっと竜紅人の牙が強く当たる感触を思い出して、香彩は身を震わせた。
想い人の前に急所をさらけ出して、執拗に責められる悦びを教えてくれたのは、いま無防備に気持ち良さそうに眠る彼だ。
ほんの少し身体を動かして香彩は、竜紅人の喉の膨らみに口付ける。ひくりと動くのが面白くて、軽く口に含んで吸えば、熱を含んだようなくぐもった声がした。
竜紅人の様子を伺えば、未だ眠りの気配がする。もしかしたら半覚醒なのかもしれない。
(……怒られる……かな)
そう思いながらも、こんな風にゆっくりと竜紅人を見て、触る機会がなかった所為か、興味と好奇心の方が先立った。
ぴくりぴくりと喉元の膨らみが動く。
彼の声の元となっているものがここにあるのだ。
竜紅人の低くて柔らかくて、優しい声が好きだった。香彩、とあの声で名前を呼ばれるだけで、とても嬉しかった。悪いことをした時に自分を諌めるように呼ぶ声色も、自分が拗ねてしまった時に宥める声色も好きだった。
(……そして何よりも)
彼の『竜の聲』が堪らなく好きだった。
ただ名前を呼ばれるだけの時もあれば、明らかな意思を持って命じられる時もある。それは大概、情事の最中だったけれども、その聲だけで身体はとてもとても、熱くなったことを思い出す。
喉の膨らみに触れていた手は、くっきりと出た綺麗な鎖骨の上を通り、逞しい肩へ、そしていま自が片方に頭を預けている胸筋へと降りた。
とくりとくりと。
力強い鼓動を感じて、香彩は嬉しくなる。
滑らかな肌の感触を手の平で楽しんでいると、ふと小指が竜紅人の胸の頂きに引っ掻かった。
少しくぐもった、息を詰めたような声を聞いた気がした。もしかして起こしてしまっただろうかと思ったが、眠りの気配は続いている。
起こしてしまうのは申し訳ないと思いながらも、もしも竜紅人が起きてしまったら、こんな風に見たり触ったりすることが出来なくなるのが残念だと思った。いや、出来ないことは、ないのかもしれない。
だが竜紅人が起きている時に触る勇気が、香彩にはなかった。あの美麗の伽羅色の眼差しで、彼の身体に触れる様子を見られてしまうのだと思うと、どうしても居た堪れない。
想像が出来てしまう。
竜紅人は、香彩が身体を触る様を、決して黙って見守らない。手つきや吐息のひとつひとつを注意深く見て、言葉で責める機会を見計らっている。
お前はそんな風に俺に触れられたいのかと、喉の奥で笑い、艶のある低い声色を耳に吹き込みながら、ねっとりと耳輪を舐める。きっとそれだけでもう、身体に力が入らなくなり、彼の身体に触れるどころではなくなるだろう。
今もこうして竜紅人の熱い舌や息遣い、低い声を思い出すだけで、身体が熱くなっていくような気がした。
彼に何かされたわけではない。
むしろ自分が竜紅人に触れているだけだ。
ただそれだけだというのに、彼の身体を指で辿る度に、彼の指使いや彼から齎された悦びが甦ってくる。
ある程度で止めなければと、香彩は思った。
自分が我慢出来なくなって、再び湯殿に逃げ込む羽目になる。ここの湯殿に鍵は付いていたのだろうか。いやきっとその前に道中で竜紅人に捕まって、連れ込まれるかもしれない。
それにこんな風に触れていることを、彼には知られたくなかった。
何を言われ、されるのか、分かったものじゃない。
(だけど……あともう少しだけ……)
もう少しだけ、触れたい。
じっくりと、ゆっくりと、見ていたい。
だからどうかもうしばらくは、このまま眠っていてほしいと、香彩は思った。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~
ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。
転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。
朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。
生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。
どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。
忙しい大人の甘いオフィスラブ。
フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる