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第一部 嫉妬と情愛の狭間
第80話 招致
しおりを挟む(……ああもう、竜紅人の馬鹿……)
心内でそう毒突きながら、香彩は大宰政務室に通じる渡床を歩いていた。
腹の中の痛みは蒼竜の持つ神気で消え去ってはいたが、独特の気怠さとまだ何か異物が挿入っているかのような違和感は未だに残ったままだ。
それもそうだろう。
竜紅人の私室にある湯殿で、黎明から出仕の仕度時刻の間際まで、繋がったままだったのだから。
応えてしまった自分にも非がある。
初めに勢い良く突き立てられて以降、一度抜かれて、まるで胎内にその形を覚え込ませるかのように、じっくりと長い時間を掛けて拓かれた。
──これでもう俺の雄が胎内を傷付けることはなくなるだろう? 痛い思いをせずに済むなぁ、かさい。
欲に掠れた声で直接脳内で語りかけながら、蒼竜は胎内に埋もれさせた雄を捏ねて広げるようにして動かす。
そのあまりの焦れったさに、もっと突いて欲しいと強請ってしまったのは事実だ。
蒼竜に力強く突かれるだけで、壮絶な快楽を齎してくれるが、まだ大きさに慣れていない胎内は、体液の催淫効果が切れてしまえば、やはり鈍痛となって香彩を襲う。
蒼竜が謝りながら痛みを神気で治す。
すっかり明るくなってしまった外を見て、慌てた香彩に渡されたのは、司徒としての正装一式だった。
──お前が眠っている間に私室から持ってきた。前日に中枢楼閣へ帰って来ているのに、桜香の衣着のまま、療や咲蘭にでも会ったら、何を言われるか分からんからな。
蒼竜の言葉に香彩は納得する。
前日に帰って来ているというのに、着替えもせずに何処で何をしていたのか、察しの良い者なら姿を見ただけで理解するだろう。
友人の生暖かい目を想像するだけで、居た堪れない。
香彩は有り難くそれを受け取った。
そして香彩は大きくため息をつく。
あの後、急いで正装に着替え、竜紅人の私室の前で別れるのかと思いきや、肩に乗って六層目まで着いていた蒼竜だ。
蒼竜の政務室は一層の、私室のすぐ近くだというのに何故着いてきたのだろう。香彩がそう疑問に思いながらも、仕事場である陰陽屏に足を踏み入れた時だった。
ざわついた空気が、きんと張り詰めたものへと変わる。
香彩の肩に乗った蒼竜が、まるで牽制でもするように神気をわざと強く発動させたのだ。
この蒼竜が竜紅人だということは、ここにいる縛魔師達はみんなよく知っている。だが滅多に竜形を執らない彼の真竜の姿に、そして強い神気に、縛魔師達の息を呑む気配が伝わってくる。
ただひとり動くことの出来た、自分の副官だけを除いて。
──何を怒っているのかは存じ上げませんが、どうかその神気、収めて頂けませんか? 他の者が畏れて仕事になりません故。
──寧。
蒼竜が副官の名前を呼び、じっと顔を見つめていたかと思うと、視線を外し、ぐるりと辺りを見回した。
そして、じゃあな香彩また後でな、と香彩に声を掛けると悠々と竜翼を広げて、飛び去ったのだ。
そして香彩は再度、大きなため息をつく。
まさにあれは牽制だったのだろうと、今更ながらに思う。
ただ何故蒼竜がわざわざ陰陽屏まで出向いて、縛魔師達に牽制しに行ったのか、理由が分からない香彩だ。
あの後、張り詰めたぎこちない空気を残したまま、陰陽屏は人の流れを取り戻した。
体調が悪くなる者が出なかっただけ、まだ良かっただろう。
陰陽屏に勤める者は、常人よりも気配を捉える感覚が強い。万能な神気だが、強すぎる神気は毒にしかならない。捉えてしまったが最後、気分を悪くしたり、気を失ってしまったまま、何日も目覚めなかったりする者もいる。
ようやく陰陽屏にざわめきが戻り始めた頃、まるで見計らったかのように、寧が香彩に耳打ちをした。
大宰が香彩を呼んでいる、と……。
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