103 / 409
第一部 嫉妬と情愛の狭間
第103話 馥郁たる土の香 其のニ
しおりを挟む(……温かい湯に、ちょっと浸かりたい)
療の私室は第一層だ。
手っ取り早く湯に浸かりたいのならば、同じく第一層にある大浴場だろう。だが大浴場は文字通りとても大きな湯殿で、この中枢楼閣に勤めるたくさんの官達が利用する。この刻時まで働いている者もいれば、これから執務する者もいる為か、大浴場に人がいなくなる時間というものがあまりない。
なるべく今の自分の姿を見られたくないと、療は思った。体温は戻ってきているとはいえ、時折こう震えていては、周りは何事かと思うだろう。
すぐそこに大浴場があるんだから、私室に湯殿なんていらないだろうと、思っていたことを後悔する。
(……六層かぁ……)
誰にも会わずに湯に浸かりたいのなら、第六層にある『司』の付く役職及び、それ以上の位の者だけが入れる専用の禊場だろう。入る者が限られている上に、この湯殿は内側から鍵が掛けられる為、貸切状態に出来る。
億劫ながらも療は、自分自身の存在を確かめるように、ゆっくりと立ち上がった。今の療にとって、第六層までの道のりはとても長く感じられる。
大きくため息をついてから、療は私室を出た。
第六層に行くついでだ。
香彩にもう一度、話を聞いて貰おうか。
(……夜半過ぎには少し早いけど)
湯を浴びて迎えに行ってもいいのかもしれない。そこまで思い立って、療はふと我に返る。
昼間に竜紅人が香彩を、無理矢理連れて行ったことを思い出したのだ。
(──あぁ……)
あの後ふたりはどうしたのだろう。
ちゃんと政務に戻ったんだろうか。
(……って戻れるわけないか)
きっとふたりとも、私室かどこかに籠っているに違いない。そんな所に迎えに行って、友人らのあられもない姿を見てしまって、お互いに気まずい思いをするのは避けたかった。
それでもやはり気になるのだろうか。
無意識の内に気配を探る。
(──えっ……?)
感じるのは香彩ただひとりの気配だけだった。側にあると思っていた、竜紅人の気配がない。
(竜ちゃん……どこに……?)
深く気配を探ると、香彩から離れた場所で竜紅人の気配を見つける。だが敢えて見つかりにくくしているのか、その気配は希薄だ。
「また何か拗らせちゃったのかなぁ、これ」
あんなことがあった後に、ふたりが一緒にいない。しかも竜紅人に関しては、気配を敢えて読みにくくしている。この時点で既にもう、何かありましたと言っているようなものだ。
やはり少し早いが香彩の所へ行こう。
そう思って歩き出した時だった。
ぞくりとした寒さが背筋を駆け上がる。
まるで氷でも背中に滑らされたかのような冷たさと痛さに、療は顔をしかめ、身震いをした。
ぶわりと。
辺りを占めるのは、濃厚な馥郁たる土の香。
それは紅竜の意識下に落とされた時に、よく香っていた物と同じ物だ。
療は思わず、肘裏で口と鼻を覆う。
本来ならそれは豊潤な土の恵みの香りのするものだった。
だがいまは違う。
腐臭と死臭に似たものが、本来の香りの中に混ざっている。
療はその臭いを知っていた。
まさにそれは堕ちかけた、真竜の臭いだった。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~
ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。
転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。
朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。
生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。
どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。
忙しい大人の甘いオフィスラブ。
フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる