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四日目 水曜日 その1
しおりを挟む朝、登校すると机がなくなっていた。
教室に入って、慣れた足取りでほとんど無意識に自分の席に向かおうとしたところでしばし呆然とする。そりゃそうだろう、僕の机があった場所にはぽっかりと不自然なスペースが開いていて、周りのクラスメートたちは思わずといった様子で目をそらす。
いじめかと思ったけれど、元前の席の小野寺が困ったような表情を浮かべて窓際の方を指差した。
小野寺の指さす方を辿っていくとそこは姫乃の席の隣だった。
昨日までは姫乃の隣には机はなかった。それが今は見慣れた机が置いてある。
つまり僕の机だ。
誰がやったのかは知らないけれど、僕の机は勝手に姫乃の席の隣に移動されていた。
やっぱりいじめか?
小野寺に視線を戻すと、困惑したように両手を広げて首を横に振る。
僕も苦笑を浮かべて肩をすくめてみせた。
どことなくクラスメートがよそよそしい感じがする。見て見ぬふりというわけではないけれど、すっかり壁ができてしまった気がする。
誰に文句を言っていいのか分からないし、文句を言うようなことでもないような気もするので、大人しく新しい場所の自分の席に向かう。
わざわざ机を戻すのも大人気ない気がしてそのまま席に座る。
緊張感が薄れてどこかホッとした雰囲気が漂った。
いつの間にか静かになっていた教室にいつも通りの朝の雑音が戻ってきた。仲のいいグループ同士で集まって、昨日のテレビの話やら何やらの雑談が聞こえてくる。
それなのに僕の周りは不思議と静かなままだった。
近くの席のクラスメートはまだ来ていないか、席を離れてどこかに行っているらしい。
いつもだったら小野寺が日課のように話しかけてくるのだけれど、今日からは席が離れてしまった。かといってわざわざ席を移動して話しに行く気にもなれなくて、自分の席で大人しくしている事にした。
頭の上で手を組んで足を延ばして楽な格好をする。
見える風景が違うと見慣れたはずの教室の印象も変わって見える。気持ちも新たになるというものだ。
そんな感じでぼんやりとしていると、ふとざわめきが消えた。
気配を感じて入り口を見ると、姫乃がちょうど教室に入ってきたところだった。
自分の席の隣に座る僕の姿に気がついて、目を見開いて驚いた顔をしている。
颯爽と歩く姿がちょっとだけぎこちない。
「おはよう!」
困惑の表情の姫乃に朝のあいさつをする。昨日まではなんとなくあいさつしずらい感じだったけれど、さすがに席が隣同士だとあいさつもしやすい。
どうしたらいいのか分からないといった様子で、姫乃は僕の隣で立ち止まった。
驚くのも無理はない。僕だって自分の席がなくなって、姫乃の席の隣になっていてものすごく驚いたものだ。
「お、おはようございます」
ちょこんと頭をさげてから、姫乃は僕の後ろを回り込むようにして自分の席に着いた。
机の上に鞄を置いて疑問符の浮かんだ顔を向けてくる。
といっても僕も説明のしようがない。
「朝来たらさ、席がここになってた」
事実だけを話した。
姫乃はますます困惑顔だ。
「……そうなのですか」
「そうなんだよ」
と答えてから、姫乃に顔を近づけて小声で話を続ける。クラスメートたちの耳がダンボになっているのがわかるけど、わざわざ聞かせてやることもない。
「戻すのも面倒だからこのままでもいいかなって思っているんだけど、姫乃が困るなら元に戻すけど?」
「困るだなんてそんなことないです。わたしよりも優太さんの方こそ迷惑ではないのですか?」
「別に迷惑ではないよ。不都合もないし。というわけでお隣さんだね。よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
僕たちは顔を寄せ合って内緒話をするように会話をしていた。
なるほどなるほど。
こんな様子だとまわりからつき合っていると誤解されても仕方がないかも。
そうこうしているうちに担任がやってきて、朝のHRが始まった。
僕の席が変わっている事に担任は気がついたはずなのだけれど、何も言われなかった。
授業が始まっても僕の席が姫乃の隣に移っている事について突っ込んでくる先生は誰もいなかった。というか僕の机が移動させられていたことについて少しでも反応してくれたのは、姫乃を除けば、朝一で机の場所を教えてくれた小野寺だけだ。
姫乃の隣の席になって思ったことがいくつかある。
偶然かもしれないけれど、授業でまったく指されなくなったことだ。姫乃に遠慮しているせいかもしれないけれど、これはうれしい誤算だった。まだ半日しかたっていないから断言はできないし油断はできないけれど、なんとなくこのまま指されることがなくなるような気がする。
それと姫乃の授業を受ける姿勢だ。
今までゆっくり観察する機会はなかったけれど、一言でいっちゃえば、ものすごく真面目だった。優等生という感じだ。
しっかりと教科書を開いて、黒板をきれいな字でノートに写している。
僕のノートとは雲泥の差だ。
今度見せてもらおう。
そういえば中の中の成績の僕と違って、噂では姫乃は上から数えたほうが早い成績らしい。
よし、勉強も教えてもらおう。などと考えていると、授業中に姫乃と目が合っちゃったりした。
どことなく緊張気味の姫乃が恥ずかしそうにもじもじする。
こういう時に一番後ろの席というのは都合がいい。
さすがに授業中までこっちに注意を向けているクラスメートもいないはずだ。
あと、休み時間に気軽に出歩けなくなった。
姫乃と席が隣同士になったことで二人でいる当たり前のようになってしまったからだ。
トイレに行くだけでも視線を集めてしまう。いつもだったら休み時間には小野寺をはじめとする仲のいいクラスメートたちとどうでもいい会話をしたりしているのだけれど、今日は姫乃以外の誰とも話していなかった。
かといって姫乃とも気軽に話せるというわけでもない。
自分で言うのもなんだけど、僕と姫乃は現在学校中で一番の注目の的だし、今日は今日で席が隣同士になるという話題を提供したばかりだ。
自然、休み時間になっても自分の席に着いたまま無言で過ごしてばかりだった。
そんなこんなでようやく昼休みになった時は、ホッとしたものだ。
もはやいつもの場所と言ってもおかしくない屋上手前の踊り場で、今日も姫乃手作りのお弁当をいただいた。
せっかく席が隣同士になったのだから、机を並べて教室で食べてもいいのかもしれないけれど、それはまだ勇気がいる。それに結局教室にいたのではゆっくり姫乃と話すこともできないのだから、ここが気を休めることのできる唯一の場所になりつつあった。
今日のお弁当はサンドイッチ詰め合わせだった。
「これはまた作るの大変だったんじゃない?」
というくらいいろんな種類のサンドイッチがきれいにお弁当箱に詰められていた。
「いつも優太さんがおいしいって食べてくれるから、うれしくて、今日もがんばって作っちゃいました」
笑顔を浮かべて水筒からお茶を注いでくれる。ちなみに水筒の中身は紅茶だった。
一番簡単そうなサンドイッチでハムとチーズを挟んだやつだ。あとは卵サンドにツナサンド、ポテトサラダを挟んだサンドイッチなどなど、全部違う種類だった。
いくらサンドイッチが挟むだけの簡単な料理だとしてもこれだけ種類があるとやっぱり作るのも大変だと思う。
おまけにデザートしてリンゴもあった。当然のようにタッパーに入っているリンゴはうさぎさんカットだった。
こんなにも手の込んだお弁当を毎日作ってもらっていたら、鬼塚龍虎さんが僕と姫乃がつき合っていると勘違いするのも無理はないかもと思えてくる。
そういえば昨日僕が拉致されて鬼塚龍虎さんと会ったということは、ちゃんと姫乃には秘密になっているようだ。
僕もうっかり口を滑らすことがないように気をつけなければ。
僕のせいで姫乃と鬼塚龍虎さんが大喧嘩、なんてことになったら一大事だ。
サンドイッチはもちろんおいしかった。
席が姫乃の隣に変わっていたという以外には、学校では特に事件も起きなくて、今日も僕は姫乃と一緒に下校した。
人間環境には結構すぐ慣れることができるみたいで、クラスメートたちも多少は僕と姫乃の行動でざわついたりもするけれど、月曜日に比べたらだいぶましになったような気がする。
それに僕もちょっとやちょっと噂されるぐらいだったら平気になってきていた。
「お嬢お帰りなさい。若もご一緒でしたか」
鬼塚邸に着くと昨日のおじいさんが門の前を竹箒で掃いていた。
というか僕の呼び名はすっかり若ですか。
でも突っ込まないことにする。下手に突っ込んでカツマ君みたいに「オヤジに気にいられたから」とかなんとかポロっと話しに出たりしたらまずいし、どんどんと鬼塚家の一派に引き込まれてしまいそうだ。
「じゃあまた明日」
「はいまた明日」
はじめはぎこちなくておずおずとした感じだった姫乃のあいさつもようやく慣れてきたようでだんだんと自然にかわせるようになってきた。
鬼塚邸からは黒いワンボックスカーに追いかけられることもなく無事に家にたどり着くことができた。
でもなぜか家の前にはパトカーが一台止まっていた。
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