王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します

kouta

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第四話 ソフィア

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 その日は快晴であった。朝日が照らす眩しさに目を細めつつ、我が家の送迎の馬車を降りると楽し気な声が聞こえてくる。
「おはよう!」
「ちゃんと課題やってきた?」
 朝の校門前は登校する学生で溢れ、活気に満ちている。門をくぐると現れるのは我が国で初めて出来た歴史ある学校、サイヴェリア国立学校である。国名をそのまま学校名にも使用されている名門であった。そのレベルの高さからサイヴェリア国立学校は、子供の頃から質の良い教育を受けている貴族達のための学校であった。
 しかし時代と共に平民学校の波及していくにつれ、平民の中でも賢い者が現れ始める。そこで問題となったのは、平民学校ではあくまで基礎レベルの勉強しか教えず、それ以上の学びの場が与えられていなかった事であった。
 故にアルベルトの父、バージェス王は試験的に新たな制度を作った。平民学校で優秀な成績を収めた者がサイヴェリア国立学校に編入出来るようになったのだ。将来性のある者達を育成し、国に役立てる人物へとするために。
「うお!? 今のは危なったかもしれない」
「あとちょっとだったのに! よし、もう一本だ!」
 威勢良い声が聞こえ、その方に視線を向けると騎士科の者達が朝練をしている。私は切磋琢磨している二人を見て笑みがこぼれた。私は彼らを知っている。
 彼らこそがバージェス王の理想の体現者、つまり貴族と平民の組み合わせなのだ。彼らは身分差があるにもかかわらず同じ目線でお互いを高め合っている。すべてがこのようになっていれば良いのだが、残念ながら他はこうもうまく行っていない。
 特待生制度はまだ出来てから日が浅い。今年でようやく十一年目となっているため、表向きこそ従順に振る舞っているが、内心平民を受け容れられない貴族は少なくない。
 その中で騎士科が一歩進んでいるのは演習の存在が大きい。騎士科の演習は基本一対一、貴族平民問わず直接対峙する。お互いを知るための濃厚な時間だ。最初こそいがみ合っているが、相手が強いと分かれば自然と敬意が湧くもので、あっという間に仲良くなる。一番懸念していたところがむしろ一番先に解決出来たのは実に面白い誤算であった。
「やはり一緒に何かさせるというのは効果的よね」
「あまり競い合わせ過ぎても良い結果が出ないがな」
 後ろから聞きなれた声が聞こえた。間違えようもない。私の婚約者のアルベルトだ。
「あら、おはようアルベルト」
「おはようナタリア。それじゃあ教室に行こうか」
「ええ、今日も宜しくね」
 私とアルベルトは必ず校門の前で待ち合わせをする。二人そろってから教室に向かうのが決まりであった。これはもちろん周囲への仲の良いアピールなのであるが、だからといって義務感はなく、私とアルベルトはあくまで自然体だ。
 日中は周りと親交を深めながら自分達の勉強をし、放課後になるとバージェス王の特待生制度がうまく行っているか校内を視察する。それが私とアルベルトの日課であった。
「あら?」
「どうした……ってあの子か」
 教室へと向かう中、ふと目の片隅に止まった子、その子こそがソフィアであった。一方的に見ていただけなので、初めての出会いと言うわけではないが、彼女を知った経緯は別に劇的な事は一切なく、ただの日常の一コマであった。
 その時はたまたま見かけた程度のもので深く考えていなかったのだが、今にして思えば教室の廊下にもかかわらず、中庭にいる子の顔をはっきり認識している事自体異常である。その時の私とアルベルトは気にもしなかったが。
「彼女の事知ってるの?」
「確か今年入学した特待生ソフィア嬢だな。十一期生だ。今年のテストではダントツ一位だったらしい」
「それは期待しちゃうわね」
 ソフィアがやってきたのは私達が入学した翌年で、特待生制度の十一期生にあたる。学年が違う故、本来ではあまり出会う事はない関係であったが、私達に与えられた義務、そして彼女の優秀さが結果として私達を引き合わせる事となる。 

 事の始まりは定期テスト後の成績優秀者の貼り出しを見た事であった。普通特待生は平民学校の頃はトップレベルでも、この学校に来ると下、良くても中の下くらいの成績の場合が多い。だから最初から上位に名を連ねてきたソフィアは周りから驚きを持って迎えられ、もちろん上の学園である私達にもその話は上がってきた。
 一期生の成績が後に上がってきた話は聞いた事があったが、最初から結果を出したソフィアは異例中の異例だった。それでも一回目はまぐれかもしれないと思って様子見していたのだが、二回目の結果はさらに上、三回目に至ってはトップ10入りする程で、むしろソフィアはどんどん成長していった。
「ナタリア、特待生のソフィアの事なのだが……」
「ええ、一度会わなければならないでしょうね」
 ここまで来るとアルベルトと私はソフィアの存在に危機感を覚えるようになった。彼女が危険人物だとかそういうわけではない。
 平民の成績優秀者は貴族に良くも悪くも狙われやすいのだ。お互いの同意があって仕える事になるのなら良いのだが、残念ながら権力を盾にして無理やりというケースも過去にはあった。
 特待生制度は平民のチャンスを生んだ一方で、改めて貴族と平民の関係性の問題を浮き彫りにさせたわけだ。特にソフィアは今までとは別格の存在である。これだけの才能、確実に守り通さなければならない。
 だからアルベルトは王家がきちんと目を光らせているという事を示すためにも、ソフィアと一度顔を合わせて周りに周知させる必要があった。もちろんそこには王子直々に目にかける事で、ソフィアからの心証を良くし、将来の選択肢に王宮勤めを印象付ける打算的な部分も無きにしも非ずだ。

 そんな思惑は実物のソフィアを目にした時にさっぱり消えてしまったわけだが。一度遠目で見たはずの彼女、だが近くで見た彼女はとても輝いていて。

「君は……」

「……えっ?」

 一瞬、時が止まったかのように思えた。アルベルトの言葉が続かない。全ての仮面が取り払われた無防備な表情、その時私はアルベルトが恋に落ちる瞬間をはっきりと見た。

 アルベルトにはもはやソフィアだけしか映っていない様子であった。ソフィアもまた驚いた様子でアルベルトを見続けていた。二人とも目を見開いて信じられないものを見るかのように立ち尽くす。それからどれ程呆けていただろうか? 一瞬だったのか、それとも長い時間だったのか……
 静止した時で最初に行動したのはアルベルトであった。
「君が特待生のソフィア嬢かな? 私はアルベルト、この国の第一王子だ。こちらはナタリア。知っていると思うが私の婚約者だ」
「申し訳ございません。確かに私が特待生のソフィアです。まさか殿下とセイファート侯爵家ご令嬢様が訪れるとは思ってもいなくて。無礼な態度をお詫び申し上げます」
「いや、こちらが急に押しかけたのだ。逆に驚かせる事になってしまい申し訳ない。いつも成績上位者に名を連ねる君と一度話をしてみたくてな」
「それはありがたい話ですが、ご存じの通り私は平民の出です。貴族のマナーも学んでいますが、正直自信があるとは言い難く、何か知らずのうちの失礼をしてしまうかもしれません」
「貴族のマナーも学問と同じく長い時間をかけて学んでいくものだからな。いくら優秀な君でも学校に来てから初めて習ったともあれば、まだ時間が足りないだろう。何かミスがあっても多めに見よう。それでだが学校生活はどうか? 我が国では平民が特待生として貴族の学校に入学できるようになってまだ日が浅い。故に少なからず問題があると思う。私に何か言うのは勇気がいる事だと思うが、いかなる意見であっても罪に問わないと約束しよう。だから忌憚なき意見を聞かせてくれ」
「遠慮は望まないという事ですね。分かりました。では……」
 しかしアルベルトは恋に溺れるような愚か者ではなく、己の欲望を制御できる賢人であった。だからアルベルトはすぐに己の内に生じた熱を隠し、王子としての仮面をかぶった。
 私はアルベルトの咄嗟の対応について酷く動揺した。普通に考えれば、アルベルトは王族でソフィアは平民、あるべき事をしたわけで、場の空気に流されないその理性を褒め称えるべきだ。頭ではそう理解しているものの、感情では納得出来ていない。

 何故なら私もまたソフィアに運命を感じていたからである。それはそうだ。アルベルトの好みは私の好みである。アルベルトとは違い同性のため恋愛的なものではないが、私もソフィアに惹かれる思いはとても強く、だからこそどうしてと思ってしまった。


 どうして我慢出来てしまうのか? ……と。


 恋は王が堕落する主な原因の一つとしてあげられ、最も厄介なものである。上に立つ者が恋に溺れると国が機能不全に陥り、大きな不幸に見舞われる。

 これは私達が学んだ物の中で特に重要とされていたものだ。だから私とアルベルトにとって恋愛は戒めるものと己をずっと律してきた。と言っても恋愛面で好きと言う感情を持つほどの相手に出会ってなかっただけの事ではあるが。
 当たり前の事だが、知識として理解しているのと実際に経験しているのでは全然違う。感情のコントロールほど難しい事はなく、実際に経験してみれば最も厄介と言われるのも理解出来る。
 それでも私がソフィアに感じているのはあくまで親愛だ。では恋愛であろうアルベルトはどれ程の激情を抱え込んでいるのか。抑え込もうとして抑え込めるものなのか。むしろ想いが強すぎるが故に返って強い拒絶感を覚えるのだろうか。
 私もソフィアと初めての出会った時、彼女と何かしら会話したはずなのだがあまり覚えていない。何せ私とアルベルトが真逆の答えを出すなんて初めての事だったから。表面こそ笑みを取り繕って相槌を打ってはいたが、私は内心余裕を失っていた。
 これまで僅かな違いしか感じられなかった私とアルベルトはこの時、明確に別の人間として隔てられたのだ。その衝撃といったらなかった。

 いくらソフィアが優秀だったとはいえ、王族と平民の婚姻などあってはならない事で、離れようとしたアルベルトは至極正しい。あまりにも住む世界が違いすぎる。二人がくっついても十中八九幸せになどなれない。

 それは分かっている。分かっているのだ。

 でもソフィアと別れた後、今一度考え直してみたら、私は納得するよりもむしろ強い反発を覚えた。アルベルトと違う事を自覚したからなのか。どう考えても諦めるという選択肢が出てこない。むしろ私の中に怒りがふつふつと沸いてくる。そして思った。
 違う、と。アルベルトとソフィアは間違っていると。どうして不幸になると決めつけるのか。アルベルトはソフィアを求めてはいけないのか。私はソフィアを求めてはいけないのか。


 ここまで惹かれているのにそれを無視して一生過ごせと言うのか!!


「そんなの……地獄じゃない」


 ふと脳裏に庭師のロイドの言葉がよぎった。もしもやりたい事とやらなければならない事がズレてきた場合、ロイドは自分を優先しろと言った。何と甘美な響きなのか。彼は言っている。私は私自身が望むものに手を伸ばしていいのだと。

 今こそその時なのではないか? 私は私の望みを選ぶべきではないのか?

「でも……でも……」
 私の前には二つの道があった。一生我慢しなければならないが平穏に生きられる道、束の間の幸せを得られるがその後に破滅へと至る道。
「決められない……決められないわ」
 ここでそれでも自分の望みを通すと啖呵切れるほど私は強くはなかった。
「一体私はどうすればいいの?」
 その問いに答える者はいなかった。
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