ハイ拝廃墟

eden

文字の大きさ
18 / 83

温泉⑪

しおりを挟む
 久礼は博多駅に戻る途中、警察署の近くで良を降ろした。

「今回も死ねなかったな」

 福岡空港の駐車場に駐車し、リクライニングシートを倒して夜明けを待つ。瞼を閉じるが、起きているのか眠っているのかわからない、頭は休まらないままである。

 それでも時間は経過する。朝日がフロントガラスから差し込んできたとき、久礼は瞼を開けた。長い前髪をかきあげる。切れ長の目が、太陽を見つける。

 久礼はふと、ジーンズのポケットからスマホを取り出して見た。ダイレクトメッセージが一件届いていた。


『自首する前に、伝えたくて。ゲーム仲間からコメントがあった。いつでも戻ってきて、待ってるって。クレイさんに会わないまま死んでいたら、きっと後悔していた。ありがとう』


 勇者からのメッセージだった。

 久礼はスマホをポケットにしまいこみ、身体を横にしたまま、レンタカーの返却時刻まで引き続き時間が流れるのを待った。





 東京に戻ると、久礼は伊知郎の喫茶店に向かった。

 伊知郎の店がもっとも忙しいのはモーニングタイムである。トーストとコーヒー、それにゆで卵のついたモーニングセットをワンコインで提供している。午前7時から11時まで、なじみの客と、ネットの口コミか何かでモーニングが安いと聞きつけた客でごった返す。

 モーニングタイムが終わると、潮がさっと引くように客も引く。ランチも一応やっているのだが、モーニングに比べると割高感が否めない。それに、ランチタイムから営業する店が周辺にたくさんあるので、わざわざ伊知郎の店をランチのために使わないのである。

 伊知郎は自分で入れたコーヒーを飲みながら、カウンターで新聞を読んでいた。入り口の鈴が鳴り、顔を上げると、昨日と同じ服装をした久礼が入ってきた。

 久礼の背後には、顔を半分失った老夫婦が腕を組んで浮かんでいる。

 伊知郎はため息をつきながら新聞をテーブルに置いた。

「ちょっと~~~~、優雅なお昼時に何を連れてきてんの」

 久礼は背後の二人を指さして、

「都会の喫茶店に来れて嬉しいみたいだけど」

と、言った。

「ああもうっ」

 伊知郎は店の奥から人型の紙を2枚持ってきて、久礼の背後にいる老夫婦にそれぞれくっつけた。すると、老夫婦は紙に吸い込まれるようにして消えた。

「あと、これ。供養しておいて」

 久礼はポケットから任比山にいやま山荘の絵ハガキを取り出して、伊知郎に渡した。伊知郎は山荘を見て、

「へえ、懐かしい感じの山荘だね。探偵漫画とかに出てくる殺人現場みたい」

「うん、大量殺人事件があった山荘だよ」

 思わずこけそうになる伊知郎の横を通って、久礼はカウンター席に座った。

「またひとつ、心霊スポットを失くしてきたわけ?」

「いいや。犯人の霊は、ついてこれなかったから。あのままもう、永遠にとどまり続けるのかもしれない」

 久礼の表情が少し暗く見えた。伊知郎は老夫婦を収めた紙と山荘の絵ハガキを店の奥にしまってから、久礼のためにコーヒーを入れることにした。

「サンドウィッチでも食べる?」

 伊知郎が聞くと、久礼はうなずいた。

「うん。ハムサンド、トーストで」

 伊知郎は、近所のパン屋から仕入れている食パンを薄く切り、トースターに入れた。手際よくハムとレタス、マヨネーズを準備して、パンを焼く間に湯を沸かす。

 3分ほどの間にサンドウィッチは完成し、久礼の前に置かれた。伊知郎がホットコーヒーを入れ終わるのを待ってから、久礼は両手を合わせた。

「いただきます」

 伊知郎は久礼にコーヒーを出したあと、自分のコーヒーも入れ直した。伊知郎は新聞を読み、久礼はもくもくとサンドウィッチを食べる。会話のない、穏やかな時間が流れていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の居場所を見つけてください。

葉方萌生
ホラー
“「25」×モキュメンタリーホラー” 25周年アニバーサリーカップ参加作品です。 小学校教師をとしてはたらく25歳の藤島みよ子は、恋人に振られ、学年主任の先生からいびりのターゲットにされていることで心身ともに疲弊する日々を送っている。みよ子は心霊系YouTuber”ヤミコ”として動画配信をすることが唯一の趣味だった。 ある日、ヤミコの元へとある廃病院についてのお便りが寄せられる。 廃病院の名前は「清葉病院」。産婦人科として母の実家のある岩手県某市霜月町で開業していたが、25年前に閉鎖された。 みよ子は自分の生まれ故郷でもある霜月町にあった清葉病院に惹かれ、廃墟探索を試みる。 が、そこで怪異にさらされるとともに、自分の出生に関する秘密に気づいてしまい……。 25年前に閉業した病院、25年前の母親の日記、25歳のみよ子。 自分は何者なのか、自分は本当に存在する人間なのか、生きてきて当たり前だったはずの事実がじわりと歪んでいく。 アイデンティティを探る25日間の物語。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...