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マドロイとウツロイ
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しおりを挟むアケルとともに仮非のくにの街を歩いていると、見覚えのある喫茶店が現れた。赤い屋根と、レンガでできた壁、白い枠の付いた窓。喫茶店の前の花壇には、ミントがたくさん生えている。
研究所から離れれば離れるほど、民家の数がまばらになり、柵で囲まれた農園が見えてくる。
ユルギは幼いころ、父母からは「農園のなかに入ってはいけない」と注意されていたが、こっそり入ってはキュウリを食べた。キャベツの葉の裏にくっついている青虫を見つけて、つついて遊んだ。
土を掘ると、赤くて細い、うねうねした生き物が出てきて、気持ち悪くて震えたことがある。自宅である屋敷の使用人であり、ユルギの家庭教師をしていたマドロイに訊くと、あれはミミズという生き物だとわかった。ユルギはミミズが苦手だと思った。
仮非のくにの中心地から外れていくほど、幼いころの記憶が蘇ってくる。
おじいちゃんや、お父さんとお母さんはいつも研究所で仕事をしていた。小さいころはいっしょにいたお兄ちゃんが学校に通うようになってからは、マドロイとウツロイといっしょにいたんだ。
食事はいつも、ウツロイが作ってくれていたっけ。ウツロイは優しい、穏やかなお姉ちゃん。料理も裁縫も上手だったし、絵を描くのも得意だった。よく遊んでくれた記憶がある。マドロイは、背の高いお兄ちゃんだった。勉強をサボると、「仕方ないなあ」って、困ったように笑う人だった。
農園の向こう側に、瓦屋根の屋敷が見えたとき、ユルギは「あっ」とつぶやいた。私の家だ。私が五年前まで過ごした、あの家だ。
自然と駆け出そうとしたとき、ユルギは手をくいっと引かれて思い出した。
「こーら、いきなり走り出したら危ないでしょ」
こいつが私の手を掴んでいるんだった。ユルギはアケルを睨んだ。
「いい加減に離して」
「イヤ」
「なんでよ」
「だって、大切なんだもの」
アケルに微笑まれたとき、ユルギは思わず、アケルの桃色の唇に目を奪われた。ユルギは自分の顔が赤くなるのを感じると、アケルから目をそらした。その様子を見て、アケルは本当に面白いといったふうに笑った。
「あははっ、いいわね、そのリアクション。新鮮だわ。ボクの周りの女の子なんて、みんな挨拶代わりにキスをするのに。その様子だと、ツルギとも何にもないのね」
「なによ。お兄ちゃんと何があるっていうの」
「ふうん。あなたは本当に何も知らないんだ」
なによ、こいつ。何もかも知ったような顔をして、ムカつく。私は何も知らないわけじゃない。毎日、どれだけ勉強していると思っているの。このくにで誰よりも日本の姿を覚えていて、誰よりも日本の歴史を知っているのは私よ。
ユルギの頭のなかに、いろんな言葉が浮かんでくるものの、今のアケルに言い返すのにぴったりな台詞は見当たらない。口をへの字に曲げているユルギの後ろで、ヒロセは、「なーにを偉そうに、小僧のくせに」と、ぼやくように言った。
ふいに、屋敷のほうからユルギを呼ぶ声がした。
「ユルギさま!」
見ると、ユルギのほうへ向かって走ってくる、懐かしい姿があった。
「マドロイ、ウツロイ!」
ウツロイは赤ん坊を抱いている。ふわふわした茶色い髪は、五年前と同じく長く伸ばしたままだが、顔つきは少しふっくらしたようだ。マドロイのほうは相変わらず背が高く、細面だ。
「ユルギさま、ご無事でよかった」
目に涙を浮かべているウツロイと違い、ユルギは二人との再会以上に、ウツロイが赤ん坊を抱いていることに驚いていた。ユルギが赤ん坊を気にしていることに気がつくと、ウツロイは微笑んだ。
「この子はユメカといいます。私の子どもです」
ユルギがちらっとマドロイを見ると、マドロイは困ったように笑った。
「いえいえ、違います。僕の子どもではありませんよ。五年前、ユルギさまたちが屋敷から出て行ったあと、僕たちも別々の家で暮らしていましたから。実は、ウツロイと再会したのはほんの数日前のことなんです」
「そうなの? 私、てっきり二人は結婚したのかと思ってた」
ユルギの言葉に、マドロイは苦笑いするばかりだった。ウツロイは、そんなマドロイをじとっと見ていた。
「ちょっと」と、アケルが会話に割って入った。
「積もる話はあとよ。ウツロイ、マドロイ、お屋敷に案内して」
「わかったわ」
ウツロイは頷くと、ユルギとヒロセに向かって「こちらです」と言い、かつて自分が勤めていた屋敷へと一行を案内した。
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