ユルギと剣の柱

eden

文字の大きさ
11 / 32
マドロイとウツロイ

11

しおりを挟む
 屋敷のなかは、五年ものあいだ主を失っていたとは思えないほど、きれいに片付いていた。窓枠にはほこりひとつなく、床にもちりひとつない。

 マドロイとウツロイは、ユルギたちを赤色の絨毯が敷いてある居間へと案内した。ウツロイは天狗の掛け軸のあるほうに紫色の座布団を敷き、ユルギに「どうぞ」と言った。アケルとヒロセにもそれぞれ座布団を敷いて席をもうけ、最後に自分とマドロイの座布団を用意して座った。

「ねえ」

 ユルギは、隣に座っているアケルに言った。

「もう離して。ここまで来た以上、逃げないから」

 ユルギのまっすぐな瞳を見て、アケルは信用したようにゆっくりと手を離した。

「さて、アケル少年。お前はこのくにの真実をユルギに見せたいとほざきおったな。お前の知っとる真実とはなんじゃ」

 ヒロセが問いかけると、アケルは茶化すように両手を上げた。

「本当にぶしつけねぇ、あなたって先生は」

「なんじゃと!」

「まあまあ、先生、落ち着いて。アケルは誰に対してもあんな態度をとるんですよ」

 マドロイになだめられ、ヒロセは鼻から息を吐いた。


 アケルは、輪の形に座っている一同の中心を見つめながら、話を始めた。


「このくにの真実。それは、このくににとって大切なことを隠されていることよ。このくにのきもは、このくにを覆っているバリアー。ところが、バリアーがどうやって創られたのか、このくにの人たちは知らなかった。これからどうやって日本列島を再建しようとしているのか、具体的な作戦を知っている人もいなかった。

このくにの人たちは、いつかバリアーが消える前に、日本列島が再建されることを信じて、倫理に反した法律を守っちゃってるのよ」

「倫理に反した法律?」と、ユルギが問いかけた。

「例えば、女性は三十歳になったら結婚相手を強制的に決められること。このとき、女性は相手を選べないのよ。もちろん、相手となる男性にも自由はない。ねえ、ウツロイ」

「……そうね。私の場合は十七歳のときだったけど。……私は、屋敷を出るときに、強制的に結婚させられました。ヒロフミさまの命令でした。私の夫は、私よりも十六歳年上で、お父さんって呼んでもいいくらいの人です。太っていて、顔も全然好みじゃなかった。でも、優しい人だったから、今は慣れていますけどね」

 ウツロイは、自分の腕のなかで手足をパタパタさせているユメカを見て、微笑んだ。


 一方、ユルギはショックを受けていた。三十歳になったら結婚しなくてはならないという法律を知らなかった。ウツロイが、自分の父親の命令で無理やり結婚させられていたことも知らなかった。

 よく考えてみると、仮非けひのくにの法律について、知識がない。幼いころから勉強させられていたとはいえ、法律については教えてもらったことがない。

 屋敷にいたときはマドロイが教えるばかりで学校には通わなかった。屋敷を出たら研究所に閉じ込められた。ユルギは、身内以外の仮非のくにの人々と関わる機会がめったになかったのだ。ときどきツルギといっしょに街に出ることはあったが、街で政治や法律に関する話を聞くことはなかった。


「まあ、法律の話はひとまず置いておいて。大切なのは、バリアーのこと」

 アケルは本題に戻した。

「ユルギ、あなたにイメージを具現化する力があるのは聞いているわ。ここにいるマドロイとウツロイも、あなたがおじいさんを杉の木に変えた現場を見ていた。ひ

とつ、教えて。あなたは、何もないところでイメージを具現化することはできるの?」

「ううん、何もないっていうのは無理よ。何度かやってみようとしたけど、ダメだった。イメージを与える相手が必要なの。それも……」

 ユルギは言葉に詰まった。それを、アケルが、


「人間の身体でしょ」


 なんともないことのように言った。


 アケルの言葉に傷ついたわけではない。

 ここのところ、ユルギは自分の力のことを思うたび、自分の力によって姿形を変えられてしまった人々のことを思い出すのだ。

 ユルギが力を使うとき、彼らはすでに息を引き取っていた。死んだ人間だ。もう、意思はない。しかし、少し前まで、たしかに生きていたのだ。その人を、自分の都合で、自分のイメージのままに他のものに変える。それは、とてつもなく恐ろしいことではないのか。その人の魂が傷つき、怒りを覚える行為ではないのか。


「人間の身体にはとてつもないエネルギーが秘められているわ。そのエネルギーを利用して、あなたはイメージを具現化することができるの。ねえ、ユルギ。その力、あなただけが使えるものだと思う?」

 ふいにアケルに尋ねられて、ユルギは答えられなかった。考えたこともなかった。自分以外に、自分と同じ力を持つ人間がいるかどうかなんて。


《キミの想像力だけが、日本を救える》


 そう、繰り返し聞かされてきた。だから、自分だけがイメージを具現化し、日本列島を再建できるのだと思い込んでいた。


「ユルギ、あなたの力は遺伝によるものなの。あなたのおばあさん、黎明れいめいナズナもイメージを具現化することができたのよ」

「黎明、ナズナ……?」

 仮非けひのくにの人たちには苗字はない。でも、かつての日本には苗字制度があった。黎明って苗字の有名人。たった一人しかいない。


「そこまで知っておるとはな」

 ヒロセは「参った」というように右手で頭を押さえ、ため息をついた。

「アケル、お前は何者じゃ」

「待って、先生」

 ヒロセの質問を、ユルギが制した。

「先にアケルの話を聞かせて」

 ヒロセには、これからアケルが何を話そうとしているのか、おおよそ予想がついた。それは、ユルギには絶対に話してはならないといわれている、研究所の秘密。もっといえば、仮非けひのくにの人々にも秘密にされている重大な話。


「このくにを創ったのは黎明ナズナ。もちろん、バリアーを創ったのも。そして、ナズナがバリアーを創るときにイメージを与えた相手は、ナズナ自身だった」


「え……?」


 ユルギは大きく目を見開いた。


「ユルギ、あなたの力は、生きている人間を相手にしても使えるのよ。そして、自分自身にもね。ここまで話せば、賢いあなたなら察しがつくんじゃないかしら。研究所のおエライ方たちが、どうやってあなたに日本列島を再建させようとしているのか」


 それはつまり、私自身を日本列島に変化させようとしているってこと?


 ユルギは何も言えなかった。代わりに声を荒げたのはヒロセだ。

「それは違う! ユルギを人柱にはしない。

 ユルギ、ここまで来たらワイも話す。いずれ日本列島を再生するために必要な媒体は、研究所に集められておる。仮非けひのくにが始まって以来、民衆の葬儀は研究所内で行われてきた。そして、遺体は研究所がひきとり、冷暗室で保管している。たくさんの民衆が、国家のいしずえとなるために眠っておるのじゃ。生きている人間を媒体にするわけではない!」

「はたしてそうかしら」

「なに?」

「その、保管している遺体だけで、日本列島を再建できるだけのエネルギーを確保できるのかしら。ユルギ、何もあなたが人柱にならなくてもいいのよ。日本列島を復活させるだけの人間の身体があればいいのだから」

 ヒロセは、向かい側に座っているユルギを見た。ユルギは真っ青な顔で、手を震わせている。

 ヒロセはアケルに向き直った。

「アケル、もう一度訊こう。何者なんじゃ、お前は」

「ボクはただの日本人よ。祖父が、黎明ツナギの親友だったってだけ。だから、ナズナの話も知っていた。ボクのお父さんも知っているよ。

 そして、ボクたちはずっと待っていた。仮非のくにからメッセージが送られてくる日を。ここに来る日をね」

 ふいに、強い隙間風が吹き込むような音がした。それは、ユルギの発した音だった。苦しそうに胸を押さえ、背中を丸めている。小刻みに身体を上下させながら、短い呼吸を繰り返している。

「ユルギさま!?」

 ウツロイは驚いて、ユルギの傍に寄った。ユルギの背中をさすりながら、アケルに向かって首を横に振った。

 アケルは小さくため息をつき、「ちょっと畳の部屋に行くよ」と言って居間を出て行った。

「ワイらもちょっと、部屋を出ようかのう」と、ヒロセはマドロイを誘った。

 三人が出て行ったとたん、ユルギはウツロイにしがみついて泣いた。声をあげて泣いた。つられて、ユメカも泣いた。ユルギはユメカに申し訳なくなり、涙を止めようとしたが、ウツロイはユルギの頭を撫でて言った。


「みんなで泣いてもいいんですよ」


 ユルギは涙を我慢することを止めた。ユルギには、とめどなく溢れてくる涙の理由について、よくわからなかった。自分の力の恐ろしさのためか、自分が人柱にされるかもしれないからか。

 それよりももっと、何か、他のことで窒息しそうになっている。頭では、理由がわからない。ただただ涙だけが、自分の胸の奥底にある感情を吐き出しているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

処理中です...