ユルギと剣の柱

eden

文字の大きさ
17 / 32
守りの盾が凶器になる

17

しおりを挟む


 ツルギ七歳、ユルギ五歳のころのこと。ユルギが祖父の畳の間に入り、祖父といっしょに五目並べをしているのを、ツルギは見かけた。

「僕もやりたいな」

 そう言って、ツルギが畳の間に足を踏み入れようとしたとき、祖父のヒカクが、

「入るな!」

 と、ものすごい勢いで怒鳴った。ツルギの無邪気な好奇心は一瞬でかき消され、代わりに恐怖が生まれた。

 ユルギもびっくりした様子で、祖父を見た。祖父は、ユルギの視線を感じると、すぐに穏やかな表情に戻り、ユルギに言った。

「すまん、すまん。今はユルギと五目並べを楽しんでいるところだからな。ツルギは、あとだ」

 そのセリフを信じたツルギは、廊下でユルギが出てくるのを待った。


 一時間後、ユルギが廊下に出てきて、「お兄ちゃん、どうぞ」と言った。ユルギはパタパタと廊下を走りながら自分の部屋に向かっていった。マドロイが、「こら、廊下は走ったらいけません!」と注意する声が聞こえた。

 ツルギはワクワクしながら祖父の部屋に入ろうとした。しかし、祖父は、

「ならん」

 低い声でツルギを牽制した。ツルギはビクッと身体を震わせ、祖父を見た。祖父のヒカクの目は鋭く、冷たく、ツルギを見下すような雰囲気だった。

「お前はならん。お前は、ユルギと違ってワシと血のつながりがない。失せろ」

 祖父の有無を言わせぬ様子にツルギはあとずさり、畳の間から離れた。


 庭の松の木の傍で、幼いツルギは泣いた。どうしておじいちゃんは僕に冷たいんだろう。ユルギには優しいのに。ユルギとばかり遊んでいる。僕とは、血のつながりがないから。

 でも、おじいちゃんのユルギを見る目と、僕を見る目は、違いすぎて……同じ人だと思えないくらい、違いすぎて。お父さんも、そう。

 僕はどうしてこの家に来てしまったのかな。こんなふうにされるなら、どうしておじいちゃんは僕を引き取るなんてことをしたの。この家には、ユルギさえいたらいいじゃないか。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

 背中の向こうから、ユルギの声がした。

 ツルギは振り向いて、ユルギを睨みつけた。ユルギはびくっと肩を震わせ、ツルギの顔をじっと見ていた。

 ツルギは、ユルギに、「あっちに行け」と言いたかった。突き放したかった。同じ家に住みながら、自分とはまったく違う境遇にある妹。憎い気持ちもあった。


 だが、ツルギはユルギを突き放せなかった。幼いころから、「いつかはユルギと結婚するんだ」と、ヒロフミから言われていた。だから、妹であると同時に、将来の恋人のように思うところもあった。

 ツルギはユルギに「ごめん」と謝り、ユルギを抱きしめた。


 血のつながりがなくても、僕の妹。いつも無邪気に、僕を探して、僕を追いかけてくる。この家でたった一人、僕を慕ってくれる。大好きな妹。結婚って、よくわからないけど、ユルギとはずっといっしょにいたい。


 ツルギは成長するにつれ、祖父や父親の態度に対し、怒りや憎しみを増幅させていった。二人の理不尽な態度に我慢ならなくなることも多々あった。しかし、反抗すれば、追い出されるかもしれない。ユルギと離れ離れになるかもしれない。そんなことは耐え難かった。


 とくに、ユルギのイメージを具現化する力が目覚めてからは。


 ユルギは父親によって研究所に閉じ込められ、毎日の生活を父親に完全にコントロールされた。本人が嫌がっても、力を使う練習をさせられた。父親に甘えようとしても突き放された。

 父親に、急に態度をひるがえされたユルギは、本来の明るさをどんどん失っていった。物事を皮肉めいて見るようになった。

 そんなユルギを見ることが、ツルギにはつらかった。そして、自分だけは、最後までユルギの味方でありたいと思った。


 いつか、ユルギを自由にしたい。ユルギといっしょに、自由になりたい。


 ツルギは少しずつ、恋愛や結婚について知るようになっていた。ツルギのユルギに対する感情は、あくまで妹として可愛いというものだと、自覚していた。

 そもそも、ユルギは自分を実の兄だと信じている。実の兄と、いきなり「結婚しろ」と言われても困るだろう。ユルギには、恋愛も自由にしてほしい。それは少し寂しいことだけど、ユルギは幸せにならなければならない。一国の運命をいきなり背負わされて、自由を奪われたユルギ。いつか解放されて、幸せになって――。


 ツルギ、十三歳。自分とユルギが自由になるために、バリアーシステムを解除することを決意した。バリアー管理室の研究員たちの目を盗んでは、バリアーシステムの解析を行った。

 五年越しの努力が実り、バリアーシステムに搭載されている通信システムを見つけた。送信先の相手は決まっており、変更不可能だった。

 その相手の名前は、キリル。

 メッセージの内容は、自分で決められた。


『僕はツルギ。仮非けひのくにからメッセージを送っています。僕は日本人で、仮非けひのくには日本の仮のくにです。僕たちはここにいます。どうか、迎えに来てください。』


 ツルギは、希望を込めてメッセージを送った。

 すると、バリアーの通信システムに返事が届いた。


『ありがとう! ボクはアケル。君と交信できて嬉しい。ボクはキリルの孫です。キミの家族は?』


 アケルという、おそらく少年からの返事が届き、ツルギは感動で震えた。初めて、仮非けひのくにの外にいる人と連絡が取れた。

 ツルギはアケルへの返事を考えた。

『僕の家族は、いません。ユルギという婚約者がいますが、彼女のことは妹だと思っています。血のつながりはありませんが、僕の父親をしている人は、仮非けひのくにの研究所所長です。仮非けひのくにを治めている長でもあります』

『お母さんの名前は?』

 不思議なことを訊いてくるな。そう思ったが、ツルギは素直に答えた。

『ヒナゲシといいます』

『わお、やっぱりそうなのね。黎明ナズナの娘だ。ユルギは、ヒナゲシと血がつながっているの?』

『はい』

『だったら、不思議な力を持っているでしょう』

 なぜ、仮非けひのくにの外部の人間が、そんなことを知っているんだ。ツルギは驚いた。ツルギが返事をする前に、アケルからメッセージが届いた。

『驚かないで。きちんと説明するから。その前に、ひとつ、約束するわ。明日、僕はキミのいるくにに行く。こちらで仮非けひのくにの位置は確認できたから』

『本当ですか!』

『本当よ。ただ、ひとつ約束して。ユルギというあなたの婚約者を守って。必ず、ボクに会わせて。日本を正しく復活させるためには、彼女の力が必要だから』


 アケルの言葉に、ツルギは不信感を抱いた。アケルも、ユルギに日本を復活させたいのか。ユルギの自由を奪うつもりだろうか。それなら、アケルに仮非のくにを見つけ出してもらっても、ユルギを解放することはできないじゃないか。


 いや、でもアケルの存在は千載一遇のチャンスだ。アケルが本当に仮非のくにに来るなら、バリアーシステムが作動しているあいだであっても、仮非けひのくにから外部の世界に風穴を開けることができる。

 アケルがユルギを拘束しようとするなら、そのときはまた、ユルギを連れて逃げ出せばいい。まずはこのくにから出ることが先決だ。


 どこまでもユルギを守る。


 ツルギはアケルに返事をした。

『わかりました。では、手短に打ち合わせをさせてください。まず、仮非のくにに着いたら――――』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

処理中です...