ユルギと剣の柱

eden

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ツルギの柱

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 中央棟の階段を上り終え、ユルギはセキュリティ管理室の前に一人でいた。


 このなかに、お兄ちゃんがいる。お父さんと、お母さんも、きっと。


 ユルギは息を整え、セキュリティ管理室のドアを開けた。そこでユルギの目に飛び込んできたのは、右の腕と脚を負傷して血を流しているツルギの姿だった。ツルギの隣には、ツルギに拳銃を向けているヒロフミが立っている。その脇に、ミサカとヒナゲシがヒロフミとツルギを見守るように立っている。

「お兄ちゃん!」

 悲鳴にも似た声で、ユルギはツルギを呼んだ。

「来るな!」

 ツルギが答えると、ヒロフミはツルギのこめかみに銃口を突きつけた。

「お前は黙っていろ!」

 ツルギを一喝すると、ヒロフミはユルギに向かって微笑んだ。

「おかえり、ユルギ。怪我はないかい?」

「……お父さん、私……」

「何も言わなくていい。わかっているよ。お前の意思で研究所を脱走したわけではないんだろう。こいつや、アケルとかいう少年にそそのかされたんだろう? 大丈夫だ、お父さんはなんにも怒っていないよ。さあ、危ないからこっちに来るんだ」

「私……」

「ユルギ」

 ヒロフミに左手を差し出されて、ユルギの心臓が跳ねた。


 父親は帰ってこいと言っている。この研究所に。


 仮非けひのくにのバリアーシステムは、もう壊れた。すると、父親は次にどんなことをするか。急いで日本列島を復活させようとするだろう。


 私の力を使って、日本列島を復活させる。それがお父さんの願い。だから、私に帰ってこいと言っている。

 お父さんは、私を心配しているんじゃない。自分の願いを叶えるために、私に優しくしようとしているだけだ。


 ユルギの目に涙が浮かんできた。


 今、父親に言いたい。「私のこと、本気で心配していたわけじゃないでしょ」と。

 ユルギは父親に怒りをぶつけたかった。しかし、できないでいる。声が喉元に詰まって、かすれた息しか口から出てこない。

「どうした、ユルギ」

 涙だけがボロボロとこぼれてくる。


 お兄ちゃんを傷つけるなんて、許せない。みんなを傷つけるなんて許せない。自分の願いのためだけに、こんなに人を傷つける父親って、いったい何なのだろう。いったい何の権利があって、ここまで人を傷つけるの?




 ……ううん、違う。私は、私が本当に怒っているのは。




「もうやめて!」


 叫んだのはヒナゲシだった。ヒナゲシはヒロフミを突き飛ばし、床にへたりこんでいるツルギの左腕を引っ張り、自分の身に引き寄せた。そして、ヒロフミがよろけている隙に、ヒナゲシはツルギをユルギに押し付けた。

「逃げて! ユルギ、ツルギといっしょに」

「お母さんっ」

 ユルギの声は、半分銃声にかき消された。ヒナゲシは息子と娘を覆うように倒れかかった。ヒナゲシはユルギの左肩とツルギの右肩のあいだに顔をうずめるように倒れ、ユルギの耳元でささやいた。

 その言葉を聞いたとき、ユルギの目は大きく開いた。

「この女、役立たずの上に邪魔しやがって! もういい、お前も日本の人柱となるのだ」

 ヒロフミが怒鳴ったとき、ついにユルギは叫んだ。


「いい加減にして!」


 今までユルギに反抗されたことがなかったヒロフミは驚いた。ユルギは涙をボロボロこぼしながら、言った。

「私のこと、道具としか思ってないくせに。私の大切な人達を傷つけて、どうして許されるの。私を独りぼっちにして、そんなに楽しいの? もう、あなたなんか父親じゃない」

 呆気にとられているヒロフミをよそに、ユルギはヒナゲシのへその下に手を当てた。ヒナゲシはその手に自分の手を重ね、ユルギに向かって微笑んだ。それから、ツルギに向けて言った。


「最後まで、ごめんね……」


 ユルギは、息を引き取ったヒナゲシに、野草のヒナゲシのイメージを送り込んだ。瞬時にヒナゲシの身体から野草の芽が出て、葉を茂らせた。野草のヒナゲシの茎はするするとヒロフミのほうにも伸びていき、ヒロフミの身体に巻き付いた。

「なっ、なんだ、この草は!」

 ヒロフミがうろたえていると、ユルギはツルギの手を引っ張り、セキュリティ管理室から出た。

 野草のヒナゲシはなおも、セキュリティ管理室を緑色に染めるように何本も生えてくる。それとともに、ヒナゲシの身体は消えていく。

「くそっ、ユルギ、戻ってこい!」

 ヒナゲシの花と格闘するヒロフミを置いて、ユルギはツルギを半分抱き抱えるようにして走った。

「おい、ミサカ。あいつらを追え!」

 ヒナゲシの攻撃を受けていないミサカは、ヒロフミに近づき、隙を突いて拳銃を奪い取った。

「おい⁉」

「いやぁ~、俺、別に興味ないんすよ。本当は、仮非けひのくににも、日本にも」

 ミサカは、後ろ頭をポリポリといた。

「何を言っているんだ」

「ただ、めちゃくちゃになればいいとは思ってたんすよね。サクが……ツルギの父親が死んだときから」

 ミサカがクッと笑うと、ヒロフミはゾッとした。なんだ、こいつは。ツルギの父親が殺されたことを知っているのか。そして、殺した犯人も。

 ミサカは拳銃を持ったまま、セキュリティ管理室の外に向かった。

「おい!」

「俺は誰の味方でもない、俺だけの味方だ。だから、あんたを殺したりはしませんよ。ツルギのこともね。その代わりに、脱出用の飛行機もらっていきまーす」

「なんだと!?」

「それじゃ」

 何かわめいているヒロフミを置いて、ミサカもセキュリティ管理室を出た。

「くそっ、どいつもこいつも」

 ヒロフミはヒナゲシをちぎりながら進み、なんとかセキュリティシステムをコントロールしているコンピュータまでたどり着いた。コンピュータに付属している無線機から、ヒロフミは中庭にいるヤマタノオロチに命令した。

「ユルギを捕まえろ。他の奴らは皆殺しだ。一人たりとも生かして外に出すな」
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