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ツルギの柱
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しおりを挟むアケルたちがもと来た道を辿るなか、ツルギは緊急防御システムについて危惧していた。
「結局、緊急防御システムは解除できなかった。今、表はどうなっているんだ?」
「ロボットたちが人々を襲っているわ」
答えたのはアケルだ。
「お母さんの……ヒナゲシの花であの部屋がめちゃくちゃに壊れていればいいんだけど」
「お母さん?」
ユルギのセリフに、アケルは引っ掛かりを覚えた。
「コンピュータが破壊されれば、逆に緊急防御システムは止まらなくなるんだ」と、ツルギ。
「そんな」
「とにかく、ウツロイと合流しましょう」
一行はトレーニングルームまで戻り、正面玄関から外の様子を伺った。
八本の首をくねらせながら、ヤマタノオロチが一見何もない空間に溶岩を吐いている。ツルギ以外の全員は、ヤマタノオロチが狙っているのはアウリガ二号式とそれに乗っているウツロイだとわかっている。
「お兄ちゃん、私たちはここまでアケルの持ってきた乗り物で来たの。それはステルス機能があって、動いているあいだは誰にも姿が見えなくなるのよ。今、ウツロイが操縦しているわ」
「なるほど、わかった。それで、その乗り物に乗るためには、俺たちがここにいることを知らせなきゃならないのか」
「向こうが気づいてくれればいいけど、そんな余裕はなさそうね」
アケルは舌打ちしたくなった。
「ツルギ、時間がないわ。早くしないと、仮非のくにのみんなが」
ヒノが言うと、ツルギは頷いた。
「俺が囮になる。いいか、扉を開けたら俺が一番に外に出る。俺がヤマタノオロチの気を引いている隙に、みんなはウツロイと合流して、最後に俺を拾ってくれ」
「できるの?」
アケルはツルギの怪我を見て言った。
「ああ」
ツルギの答えは短く、力強かった。
「私もサポートする」
ヒノが付け加えるように言うと、一同はツルギの提案に乗ることに決めた。
「いいか、1、2、3で行くぞ。1、2……」
全員、脚に力を入れた。
「3!」
ツルギの声と同時に、全員床を蹴った。
まず、ツルギが正面玄関から外に躍り出た。ツルギの姿を、ヤマタノオロチとウツロイはほぼ同時に捉えた。ヤマタノオロチが八つの口を開ける。ウツロイがハンドルを切る。ツルギはヤマタノオロチが溶岩を吐く寸前でヒノとともに左に転がった。ヤマタノオロチの吐いた溶岩がトレーニングルームの壁にぶつかった。壁が崩れてくる前に、ツルギとヒノの前にアウリガ二号式が現れた。
「乗って!」
アウリガ二号式の荷台から、ユルギとアケルが手を伸ばした。二人がツルギとヒノを引っ張り上げ、ウツロイがアウリガ二号式を発進させたあとに、トレーニングルームはもろくも崩れ落ちた。
ウツロイは、迷うことなくアウリガ二号式を研究所の外へと向かわせた。
「逃がさぬ」
ヤマタノオロチは、背中にある黒いコウモリのそれに似た翼を開き、飛び上がった。ロボットたちも、ヤマタノオロチに続いてアウリガ二号式を追ってくる。
「どうして私たちの行く方向がわかるの!?」
運転しながら、ウツロイは悔しそうに言った。
「あの生き物は、随分と賢いようね。アウリガ二号式が見えているわけじゃない。気配を察知しているんだわ」と、アケル。
「大丈夫なの?」
ヒノが尋ねると、アケルは、
「大丈夫でないと困るじゃない」
と答えた。
今、荷台には、運転席にいるウツロイを除く全員が乗っている。荷台からは、自分たちを追いかけてくるヤマタノオロチとロボットの軍勢がはっきりと見える。ヤマタノオロチはアウリガ二号式に向けて溶岩を吐いてきた。ロボットたちもアウリガ二号式をめがけて攻撃をしかけてくる。
「やだわ、ヤマタノオロチはロボットをコントロールできるのね」
アケルは荷台に積んであったライフル銃を使って、ヤマタノオロチを狙い撃った。弾はたしかにヤマタノオロチに命中したが、ヤマタノオロチはかすり傷ひとつ負っていない。
「硬いわね。アウリガ二号式にある武器じゃ、あいつを倒せないわ。早くここから脱出して、あとのことは連合軍に任せたほうが良さそうね」
「脱出って簡単に言うけど、あいつらどんどん追いついてきてるわよ!」
ヒノが叫んだとき、ヤマタノオロチの吐いた溶岩がアウリガ二号式に接近し、荷台の一部を焦がした。
「大丈夫!?」
ウツロイは焦って問いかけると、アケルが「大丈夫よ」と答えた。
「とにかく、全速力で走って!」
ウツロイはアクセルペダルを思い切り踏み込み、仮非のくにの中心都市を抜けた。田園の広がる郊外を走り、ユルギとツルギの屋敷が見えてきたとき、ヒノはツルギの異変に気がついた。
「ツルギ……?」
ツルギの顔に血の気はなく、唇は紫色から白っぽく変色している。ヒノはふと、ツルギの背中を見た。服が焼け焦げ、背中が焼けただれている。どのタイミングなのかは定かではないが、ヤマタノオロチの攻撃が当たっていたのだ。
「ツルギ!」
ヒノはツルギの両肩を持った。ユルギも驚いて、ツルギの傍に寄った。
「お兄ちゃん」
ツルギは息も絶え絶えに、ユルギに言った。
「俺を、使え」
「使えって、どういうこと」
「俺を盾にするんだ……母さんと同じように」
ユルギは青ざめ、すぐに首を横に振った。
「できない。お母さんは、お兄ちゃんを助けてって言ったんだよ。それなのに、どうしてお兄ちゃんに力を使わなきゃならないの」
「そうよ、ツルギ。何言ってるの」と、ヒノ。
「……俺は、最後までユルギのために生きたい。それが、大切な人を守ることになるなら、本望だ」
ツルギは涙をこらえているヒノを見て、優しく微笑んだ。
ふいに、空から溶岩が降ってきた。アウリガ二号式の周りをカラス型ロボットが取り囲み始めた。後方からは車両型ロボットと、それに乗り込んでいる人型ロボットが追ってくる。
「まずいわ、振り切れないっ」
ウツロイの声を聞き、ユルギの身体が震えた。ツルギはユルギの右手を取り、自分の腹にあてた。
ユルギはなおも首を横に振った。そんなユルギの傍に、アケルとヒロセが座った。アケルはユルギの肩を抱いた。
ツルギは小さく「頼む」と言った。それは、ユルギに、自分を媒介にして力を使えという意味だったのか、アケルにユルギを託すという意味だったのか。それとも、その場にいる全員に、「あとのことを頼む」という意味だったのか。
もう、わからない。
ツルギの鼓動が止まったとき、ユルギは声を押し殺して泣いた。泣きながら想像したのは、いつかツルギといっしょに行ってみたかった、比婆山の御陵。祖父がよく見せてくれた、禍々しくも神々しいイチイの木。幹は空に向かって伸びるのではなく地面に向かってしなだれ、枝葉を横に幾重にも茂らせている。
ユルギのイメージは、ツルギに届いた。
ツルギの身体からイチイの木の芽が伸び、すぐに黒く太い幹に変わった。幹からはムチのような枝が伸び、上空を飛ぶカラス型のロボットを振り払った。カラス型のロボットはイチイの枝によって打ち壊され、地面に叩きつけられた。なおもユルギたちをめがけて飛んでくるカラス型のロボットに、イチイの枝が巻き付き、締め上げて破壊した。
イチイの木はアウリガ二号式から落ち、太い根を地面に張った。その根は地中を猛スピードで進み、仮非のくにで倒れている人々の身体に触れた。すると、その人々もまた、イチイの木に姿を変えていく。
「これは……」
アケルは驚いた。ユルギのイメージが、人間の身体を媒介にして伝播していく。
ヤマタノオロチは溶岩を吐き、地上のロボットたちは銃の火花を散らしたが、焼いても焼いてもイチイの木は伸び続ける。ついには田園地帯一体がイチイの森林となり、ヤマタノオロチたちが仮非のくにの外に出て行くのを防ぐ防波堤となった。
「見事だ」
ヤマタノオロチはイチイの木の美しさにみとれ、ユルギたちを追いかけるのを止めた。すると、他のロボットたちも動きを止めた。
アウリガ二号式は屋敷の傍を通り過ぎ、仮非のくにの外へ向かって走っていく。
荷台の上には、ひたすら泣き続けるユルギの姿があった。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
お兄ちゃんはいつも、この場所から連れ出してやるって言っていた。それは叶わぬ願いだと思っていたのに、本当に叶えてくれた。
外の世界に向けて、私の手を引っ張ったのはアケル。でも、私の背中を押したのは、間違いなくお兄ちゃんだった。
お兄ちゃんとずっといっしょにいたかった。いっしょに自由になりたかった。ここではない別の世界で、いっしょに生きたかった。
お母さん、ごめんなさい。最後に「お兄ちゃんを助けて」とお願いされたのに、できなかった。それどころか、お母さんと同じように、姿を変えてしまった。
泣きじゃくるユルギを、アケルはぎゅっと抱きしめた。ユルギはアケルにすがりたくなるのを抑えて、アケルから離れようとした。だが、アケルは離さなかった。
「素直になりなさいって言ったでしょう」
ユルギは涙を流したまま、アケルの顔を見上げた。アケルもまた、泣いていた。
「いいのよ。悲しいときは思い切り悲しんだら。でもね、自分を責めないで。これはツルギが選んだことなんだから。
だから、あなたは精一杯生きるの。ツルギは、あなたに自由に生きてほしかったのよ。ユルギ、ツルギの願いを受け入れてあげて」
ユルギは声をあげて泣いた。
ヒノも、ヒロセに背中をさすられながら泣いた。
仮非のくにに現れたイチイの森は、ユルギたちを見送るように、風に枝葉を揺らした。
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