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ユルギと悠久の森
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しおりを挟む飛行機の窓から見える空は真っ赤だ。赤い血液の結晶のような太陽に、腫れ上がったような空。砂漠の山と山のあいだに黒い影ができている。
今日という一日を、なんと表現したら良いのだろう。と、ユルギは考えた。
長かった。朝は、いつもどおりの朝だった。使いたくもない力のトレーニングをしていた。それから地理の授業を受けようと移動したときから、運命が大きく変わった。
そうだ、あのときアケルとすれ違った。アケルは、最初から私に気づいていたのかな? 黎明ナズナの孫だと、他の人にはないイメージを具現化する力がある人間だと、わかっていたのかな。
ユルギは、後ろに座っているヒロセとヒノの様子をちらっと見た。ヒロセは疲れきった様子で、小さないびきをたてながら眠っている。ヒノは、目を潤ませながら外の景色を見ている。
「どうしたの?」
隣に座っているアケルに声をかけられ、ユルギはアケルを見た。アケルには疲れた様子は微塵もない。口元には笑みを浮かべている。
お兄ちゃんがアケルを呼んだ。そして、自分を取り巻くすべてのことが変わってしまった。
お兄ちゃんも、お母さんもいなくなった。お父さんはどうなったかわからない。仮非のくにのバリアーは消えた。他の国の人が仮非のくにを見つけた。研究所は崩壊した――――。
すべてを一度に飲み込もうとすると、喉が詰まってしまって呼吸ができそうにない。
「疲れているでしょう、眠ったら」
アケルに勧められたが、ユルギは少しも眠れる気がしなかった。
「無理よ。いろいろありすぎて」
「そうね……いろいろ、一度に起こっちゃったから。
ボクも寂しいよ。
うん、寂しい。
ツルギのことも、仮非のくにが消えることも」
アケルにツルギの名前を出されて、ユルギの胸はズキンと傷んだ。
「眠れないなら、昔話をしましょうか」
アケルは、ユルギが黙っているのを確認してから話し始めた。
「ボクの、おじいちゃんのお話。
ボクのおじいちゃんは、もともとロシア人で、大学生のときに日本に留学したんだ。そこで、黎明ツナギとナズナに出会った。おじいちゃんが言うには、ツナギはとても真面目で責任感が強い男だったらしい。ナズナは可憐で、聡明な女性だったと。
……おじいちゃんはナズナに恋をしていた。ナズナに思いを寄せる人間は多くてね。実は、ヒカクも同じ大学の先輩で、ナズナのことが好きだったみたいよ」
「えっ」
ユルギが心から驚くと、アケルはおかしそうに笑った。
「びっくりでしょ。おじいちゃんが留学した当初はね、恋や勉強に一生懸命で、青春を謳歌していたんだって。
それが、あるとき、ナズナが見知らぬ外国人に襲われて、状況が一変したの。
おじいちゃんはそれまであまり気に留めなかったらしいんだけど、ナズナを襲った犯人が逮捕されたとき、ふと不思議に思ったらしいの。なぜ、日本には日本人以外の人間がこんなに増えているんだろうって。
日本はもともと移民を積極的に受け入れていなかったのに。
おじいちゃんには、移民が増えたことで治安が悪くなったように感じられたの。それで、ナズナが襲われるようなことが起こったんだと考えたのね。
きっかけはそれだったけど、日本の歴史を知れば知るほど、日本人を愛すれば愛するほど、当時の日本は日本の文化や伝統を失っているように感じられた。
だから、おじいちゃんは当時の日本を憎むようになってしまったのよ」
「日本を、憎む……?」
「そう。それで、ネットを使って、自分と同じ考えの人間を集めてデモを起こした」
「それって、まさか」
「純粋日本復活の会。創始者の初野シュウトっていうのは偽名よ。本当の名前はキリル。キリル・ダニール。ボクの、おじいちゃん」
ユルギは絶句した。まさか、初野シュウトが日本人ではなかったなんて。それなのに、日本を愛し、日本を憎み、日本を変えようとして、日本列島を消してしまった。
「ボクのおじいちゃんには不思議な力があってね、物質を無に還すことができるの。簡単にいえば、存在するものを存在しなかったことにできる」
アケルはポケットから手榴弾のようなものを取り出し、それに右手をかざした。すると、手榴弾がふっと消えた。ユルギは驚いて、アケルを見た。
「ボクの血脈も、他の人間にはない力を持っているんだ。ユルギやナズナみたいにね。
おじいちゃんは、この力を使って日本を変えようと考えた。
日本が変わらないなら、日本を消してしまおうと思った。
本当は、歴史上のタイミングよりももっと早く日本を消そうとしたみたい。
でも、ナズナがいたからできなかった。
ナズナがツナギを選んで、結婚して子どもを産んだあとも、おじいちゃんはナズナがいる限り日本を消すことはできないと思っていた。でも、ナズナが死んだ日――自分を犠牲にして仮非のくにを創った日、すべてが変わった。
あの日、おじいちゃんはツナギとケンカしたんだ。ツナギとナズナが、日本政府に呼ばれて何か内密の計画を進めていることを、おじいちゃんは知っていた。でも、ナズナが自分の命を犠牲にして、新たな日本を作るだなんて予想していなかった。
おじいちゃんはね、ツナギに、仮非のくにをきっちり造りあげるように言ったんだ。ナズナの思いを無駄にするなって。もしかしたら、そこにいる人々が、新しい日本を、素晴らしい国を作るんじゃないかって期待しながら。
ツナギは、おじいちゃんとの約束どおり、仮非のくにを造り上げたみたいだけど、ボクがこのくにに来ていろいろ聞いた限りでは、良いくにだったのかどうかはわからないわね」
ユルギは何も言えず、ただ、アケルの話に耳を傾けた。
「ツナギが生きているとき、ツナギはおじいちゃんに言ったの。いつか、仮非のくにを見つけてもらう人は、自分とナズナが信頼している人がいいって。
それが、おじいちゃんだった。おじいちゃんは、最後まで、自分の正体をツナギにもナズナにも明かさなかった。
この話を知っているのは、ボクの家族や、純粋日本復活の会のメンバーだけ」
「え……?」
「純粋日本復活の会は生きているわ。あなたも、これから会える」
ユルギは驚いてアケルの顔を見つめた。アケルはただ微笑むばかりで、それ以上は何も言わなかった。
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