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2章 歪みの中で出会う者たち
その力は、剣より強く
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スミレは、マイの背中を見つめていた。
まっすぐ立っているはずなのに、その背は張り詰めすぎた糸のようで、今にも切れてしまいそうに見える。
――あの時の自分と、重なった。
圧倒的な魔力を前にした瞬間。
力があると信じていたはずなのに、足が動かなくなった、あの感覚。
(……同じだ)
違うのは、立場だけ。
自分は選んで戦場に立っている。
けれど彼女は――呼び出され、選ばされている。
「マイ」
名を呼ぶ声は、思った以上に低くなった。
強くすれば、押してしまう。
押せば――後戻りできなくなる。
「嫌なら、やめてもいい」
一瞬、訓練場の空気が止まる。
「無理に戦わせるつもりはない」
それは半分、本心だった。
半分は、逃げだった。
マイの肩が、わずかに揺れる。
(……本当は)
やめてほしい。
この子を、争いに巻き込みたくない。
守るために動いているはずなのに、誰かを“使う”側に立っている自分が、どうしようもなく嫌だった。
それでも。
「でも……このままなら、争いは下界にも広がる」
言葉を選びながら、続ける。
「だから……できれば、あなたの力を借りたい」
それは願いであり、
同時に――罪の告白だった。
マイは答えず、唇を噛んだ。
「私は……強いです」
視線が定まらない。
「でも……私じゃなきゃ、ダメなんですか。
なぜ……私が……」
スミレは、目を逸らした。
答えはある。
だが、それを口にすれば、もう引き返せなくなる。
代わりに、マリサが一歩前に出た。
「あなたしか、いないのよ」
静かで、逃げ場のない声。
「女神族のことは、他の者には明かせない。
そして……あなたが怖がっていることも、分かっている」
一拍置いて、言葉を重ねる。
「それでも、時間がない。
この子たちには……仲間が必要なの」
マイの指先が、白くなる。
「……わかり、ました」
息を吸い、震えを抑える。
「私だって……民を、守りたいです」
その言葉が、胸に刺さった。
(……ごめん)
何度も、何度も。
スミレは心の中で詫びる。
前に出たのは、スイレンだった。
「なら、相手は私がする」
一瞬だけ、スミレを見る。
その目には、焦りと――確かめるような色があった。
「姉さんにも……私の力を、見てほしい」
訓練場に集まった視線が、一斉に二人へ向く。
誰かが、息を呑む音がした。
――勝負が始まる。
「アクアショット!」
水の矢が一直線に走る。
「蒼バラの壁」
紙が舞い、蒼い薔薇が咲き誇った。
水が弾け、飛沫が光を散らす。
「蒼バラの森」
地を這う蔦が、マイの足を絡め取る。
「……っ!」
動けない。
心臓が跳ね、呼吸が乱れる。
(怖い……)
逃げたい。
その衝動が、はっきりと湧いた。
「ミスト……!」
霧が広がる。
だが――
風が裂け、霧は一瞬で消えた。
「双剣の乙女」
紙から顕れた影が、距離を詰める。
「終わ――」
誰かが、そう呟いた。
(間に合わない――)
それでも、マイは目を閉じなかった。
胸の前で、両手を重ねる。
「……リヴァ・サークル」
水が集まる。
荒れず、吠えず、ただ――守るために。
透明な水の輪が、マイを包んだ。
衝撃。
双剣が叩きつけられる。
水は砕けない。
力を受け流し、耐え、静かに残る。
誰も、声を出せなかった。
やがて、攻撃が止む。
水がほどけ、マイは立っていた。
息は荒いが、膝は落ちていない。
スイレンが、双剣を下ろす。
「……参ったわ」
悔しさよりも、納得の色。
マリサが歩み寄り、マイの肩に手を置く。
「攻撃は強くない。
でも……壊れない」
マイの目が潤む。
「……怖かったです」
一度、言葉を切る。
「でも……逃げませんでした」
その姿を見て、スミレは拳を握った。
(……私は、この子を選んでしまった)
その事実から、もう逃げない。
一歩、前に出る。
「マイ」
名を呼ばれ、彼女は顔を上げる。
「私たちは……きっと何度も傷つく」
言葉が、わずかに震えた。
「だから……あなたの力が、必要なの」
一呼吸。
「……一緒に来てほしい」
マイは、自分の手を見る。
指先から、水滴が静かに落ちた。
怖さは消えない。
それでも――立っている。
「……はい」
小さいが、揺れない声。
「私、守ります。
皆さんが……進めるように」
控えめな拍手が、訓練場に広がった。
スミレは、その音を聞きながら誓う。
――この子を、決して“消耗品”にはしない。
たとえ、その誓いが――いつか自分を縛ることになっても。
こうして、
水で守る少女は、仲間になった。
まっすぐ立っているはずなのに、その背は張り詰めすぎた糸のようで、今にも切れてしまいそうに見える。
――あの時の自分と、重なった。
圧倒的な魔力を前にした瞬間。
力があると信じていたはずなのに、足が動かなくなった、あの感覚。
(……同じだ)
違うのは、立場だけ。
自分は選んで戦場に立っている。
けれど彼女は――呼び出され、選ばされている。
「マイ」
名を呼ぶ声は、思った以上に低くなった。
強くすれば、押してしまう。
押せば――後戻りできなくなる。
「嫌なら、やめてもいい」
一瞬、訓練場の空気が止まる。
「無理に戦わせるつもりはない」
それは半分、本心だった。
半分は、逃げだった。
マイの肩が、わずかに揺れる。
(……本当は)
やめてほしい。
この子を、争いに巻き込みたくない。
守るために動いているはずなのに、誰かを“使う”側に立っている自分が、どうしようもなく嫌だった。
それでも。
「でも……このままなら、争いは下界にも広がる」
言葉を選びながら、続ける。
「だから……できれば、あなたの力を借りたい」
それは願いであり、
同時に――罪の告白だった。
マイは答えず、唇を噛んだ。
「私は……強いです」
視線が定まらない。
「でも……私じゃなきゃ、ダメなんですか。
なぜ……私が……」
スミレは、目を逸らした。
答えはある。
だが、それを口にすれば、もう引き返せなくなる。
代わりに、マリサが一歩前に出た。
「あなたしか、いないのよ」
静かで、逃げ場のない声。
「女神族のことは、他の者には明かせない。
そして……あなたが怖がっていることも、分かっている」
一拍置いて、言葉を重ねる。
「それでも、時間がない。
この子たちには……仲間が必要なの」
マイの指先が、白くなる。
「……わかり、ました」
息を吸い、震えを抑える。
「私だって……民を、守りたいです」
その言葉が、胸に刺さった。
(……ごめん)
何度も、何度も。
スミレは心の中で詫びる。
前に出たのは、スイレンだった。
「なら、相手は私がする」
一瞬だけ、スミレを見る。
その目には、焦りと――確かめるような色があった。
「姉さんにも……私の力を、見てほしい」
訓練場に集まった視線が、一斉に二人へ向く。
誰かが、息を呑む音がした。
――勝負が始まる。
「アクアショット!」
水の矢が一直線に走る。
「蒼バラの壁」
紙が舞い、蒼い薔薇が咲き誇った。
水が弾け、飛沫が光を散らす。
「蒼バラの森」
地を這う蔦が、マイの足を絡め取る。
「……っ!」
動けない。
心臓が跳ね、呼吸が乱れる。
(怖い……)
逃げたい。
その衝動が、はっきりと湧いた。
「ミスト……!」
霧が広がる。
だが――
風が裂け、霧は一瞬で消えた。
「双剣の乙女」
紙から顕れた影が、距離を詰める。
「終わ――」
誰かが、そう呟いた。
(間に合わない――)
それでも、マイは目を閉じなかった。
胸の前で、両手を重ねる。
「……リヴァ・サークル」
水が集まる。
荒れず、吠えず、ただ――守るために。
透明な水の輪が、マイを包んだ。
衝撃。
双剣が叩きつけられる。
水は砕けない。
力を受け流し、耐え、静かに残る。
誰も、声を出せなかった。
やがて、攻撃が止む。
水がほどけ、マイは立っていた。
息は荒いが、膝は落ちていない。
スイレンが、双剣を下ろす。
「……参ったわ」
悔しさよりも、納得の色。
マリサが歩み寄り、マイの肩に手を置く。
「攻撃は強くない。
でも……壊れない」
マイの目が潤む。
「……怖かったです」
一度、言葉を切る。
「でも……逃げませんでした」
その姿を見て、スミレは拳を握った。
(……私は、この子を選んでしまった)
その事実から、もう逃げない。
一歩、前に出る。
「マイ」
名を呼ばれ、彼女は顔を上げる。
「私たちは……きっと何度も傷つく」
言葉が、わずかに震えた。
「だから……あなたの力が、必要なの」
一呼吸。
「……一緒に来てほしい」
マイは、自分の手を見る。
指先から、水滴が静かに落ちた。
怖さは消えない。
それでも――立っている。
「……はい」
小さいが、揺れない声。
「私、守ります。
皆さんが……進めるように」
控えめな拍手が、訓練場に広がった。
スミレは、その音を聞きながら誓う。
――この子を、決して“消耗品”にはしない。
たとえ、その誓いが――いつか自分を縛ることになっても。
こうして、
水で守る少女は、仲間になった。
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