元婚約者に冷たく捨てられた令嬢、辺境で出会った無愛想な騎士に溺愛される ~今さら戻ってこないでください~

usako

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第27話 手にした幸福の重み

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王都を出てからちょうど五日。  
石畳の街路を馬車の音が離れるにつれ、喧噪も遠ざかり、道の先には懐かしい緑の光が広がっていった。  
レティシアは窓を開け、胸いっぱいに風を吸い込む。空気が違う。  
王都の乾いた冷たい風とは違い、ここには土と木々の匂いがある。  

「やっと帰って来ましたね。」  
「もう“帰る”場所と呼んでいいのか分からないがな。」  
隣に座るエドガーが苦笑する。王都での裁定が終わってからも、まだ彼は実感を掴み切れていないようだった。  
「あなたの無罪が証明されたのです。堂々と胸を張っていいと思います。」  
「罪が消えたわけじゃない。だが、ようやく罪の意味を変えられた気がする。」  
「意味を……?」  
「戦うことが、誰かを救うためだけでなく、これからは守るための誇りに出来る。そう思えるようになった。」  

レティシアは微笑んだ。  
「もう十分に守ってくれています、私を。」  
エドガーは照れくさそうに顔を逸らした。  
「お前を守る時に一番厄介なのは、お前が自分から危険に突っ込むことだ。」  
「だって放っておけませんもの。」  
「……まったく。自覚がない頑固者だ。」  
「それを言うなら、あなたも。」  
二人は思わず顔を見合わせ、笑った。  

馬車が丘を越えると、懐かしい村の風景が見えてきた。  
小さな畑、赤い屋根の家々、風見亭の煙突から上がる白い煙。  
レティシアの胸が熱くなる。  
王都のどんな豪奢な屋敷より、この光景のほうがずっと美しいと思えた。  

風見亭の前で馬車が止まると、マーサ女将が駆け出してきた。  
「まあまあ、二人とも本当に帰って来たじゃないの!」  
「ただいま戻りました、女将さん。」  
「エドガー! お前さんが生きてるって報せを聞いた時は、本当に信じられなかったよ。この村中が泣いたんだから!」  
「そうか……騒がせたな。」  
「騒ぎなんてどうでもいいさ、あんたが無事ならそれでいい!」  

レティシアにも村の人々が駆け寄り、抱きつくように迎えてくれた。  
「おかえりレティ!」  
「またあの柔らかいパン、焼いてくれるんだろう?」  
そんな声が飛び交い、涙と笑顔がいっぺんに溢れた。  

その中心に立って、エドガーはわずかに息を吐く。  
王都でも、戦場でも、感じたことのない安心感が胸を満たしていくのが分かった。  

夜、風見亭の食堂は小さな祝宴になった。  
テーブルには女将の作ったスープと焼きたてのパン、村人たちが持ち寄った果酒が並ぶ。  
笑い声と火の音の中、レティシアはゆっくりと立ち上がった。  
「私たちを信じて、待っていてくださってありがとうございます!」  
拍手が起こり、杯が掲げられる。  
横でエドガーもほほ笑んでいた。  
「王都には戻らない。俺はここでみんなと暮らす。」  
「当然だろう!」  
「この村が似合ってるさ!」  

その歓声を聞きながら、レティシアは心の底で小さく思った。  
――彼が笑っていられる、そのことだけでいい。  

宴の後、星が村全体を照らしていた。  
外に出ると、空には満天の星が広がっていた。  
レティシアは軒先に立ち、風を受けながら夜空を見上げる。  
そこへ、エドガーが静かに近づいた。  
「外の空気はまだ冷たいぞ。」  
そう言いながら、彼女の肩に外套を掛ける。  
「ありがとうございます。でも、ここにいると心が落ち着くんです。王都では、息苦しくて。」  
「俺も同じだ。……あそこには、もう戻る場所がない。」  
「いいえ、ここがあなたの居場所です。」  
レティシアの言葉に、彼は小さく笑う。  

「そうだな。だがな、俺はこの手で多くを奪ってきた。名誉も、命も。」  
「だからこそですよ。」  
レティシアはエドガーの手を取った。  
「誰よりもその重みを知っているあなたなら、人を守る力を正しく使える。これまでの痛みは、あなたが今ここで人々を救う証なんです。」  

少しの沈黙が流れた。  
風が髪を揺らし、薪が燃える音だけが聞こえる。  
「……お前といると、自分が赦されている気がする。」  
「赦してなんかいません。あなたは最初から、赦されるべき人でした。だって、誰も見ていないところで何度も他人のために剣を振るってきたでしょう?」  
エドガーが笑った。  
「そうだな。お前らしい言葉だ。」  

「それで?」  
「ん?」  
「これからどうするんですか? 辺境の守り人、隠居ですか?」  
「そうだな。村で子供たちに剣よりも、鍬の使い方を教えるか。」  
「それ、私も手伝いたいです。」  
「パンを焼く指で鍬を?」  
「できますよ。」  
二人は笑い合った。  

星の下で笑う彼の横顔を、レティシアは黙って見つめた。  
かつて王都で見上げた金の光より、この夜空の下で見る彼の笑顔の方が、ずっと眩しかった。  

「……レティシア。」  
「はい?」  
エドガーがふいに彼女の手を握った。  
「お前がいなければ、俺はここに立っていられなかった。本当に、ありがとう。」  
「それはこっちの台詞です。」  
「いや、違う。俺はこれから、お前に何かを返していきたい。どんなに時間がかかっても、ちゃんと返す。」  
「そんなの――」  
「約束だ。」  
まっすぐな声。  
その言葉だけで胸が満たされていく。  

「……じゃあ、待っています。」  
「長くなるかもしれんぞ。」  
「いいですよ。どうせ私は、ずっとここにいますから。」  

エドガーが小さく笑って、レティシアの髪に触れた。  
「本当に、強くなったな。」  
「あなたが強くしたんです。」  

二人は並んで夜空を見上げた。  
その光が二人を包み込み、まるで過去の傷跡さえもやさしく照らしているようだった。  

長い旅と試練の果てに、ようやく手にした穏やかな幸福。  
それは派手な褒章でも、王が与える金でもない。  
ただ、生きたい人と生きていけること――それが何より重い報いとなって彼らの胸に刻まれていた。  

レティシアはそっと呟いた。  
「これが、“生きる”ってことなのね。」  
エドガーはその肩を寄せて答える。  
「そうだ。そして、これからもっと増やせばいい。笑いも、日々も。」  

星は静かに瞬き、風見亭の灯が遠くでゆらいでいた。  
二人が見上げた先に、明日がゆっくりと近づいてくる。  

続く
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