悪役令嬢は婚約破棄されてからが本番です~次期宰相殿下の溺愛が重すぎて困っています~

usako

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第1話 婚約破棄は公開処刑のように

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王宮の広間は、ざわめきと香水の匂いで満ちていた。天井まで届く大理石の柱には金の装飾が施され、煌びやかなシャンデリアの光が、集まった貴族たちの宝石や衣装を輝かせている。けれど、その華やかさの中に立っているリリアナ・エメロード侯爵令嬢は、まるで氷の中に閉じ込められたような心地だった。

その場の全員が注目する中心にいるのは、彼女と、その婚約者であるはずの第一王子アレン・ベルフォード殿下。王国の未来を担う若き王太子。彼の隣には、ふっくらとした淡金の髪を揺らす少女──セシリア・ローランという伯爵令嬢が寄り添っていた。

「リリアナ・エメロード。お前との婚約を、ここに破棄する!」

アレン殿下の声が、響き渡った。重厚な広間にその言葉が落ちると同時に、空気が震えたようだった。リリアナの足元から血の気が引いていく。歓声にも嘆息にも似たざわめきが貴族たちの間を駆け抜ける。

心臓の鼓動が、やけに遠くで鳴っている気がした。

「……理由をお聞かせ願えますか、殿下。」

唇が乾く。けれど、声は震えなかった。育ちの良さ、礼儀、冷静さ。それだけがいま、彼女を形作っている。

アレンは顔を歪め、低く告げた。
「お前が、セシリアをいじめていたと聞いている。彼女を冷たい言葉で追い詰め、涙を流させたそうだな。そんな女を、王太子妃にするわけにはいかない。」

──嘘だ。  
リリアナの胸の奥で言葉にならない悲鳴が上がる。だが、その表情には微塵も出さない。セシリアが横で儚げにうつむき、長い睫毛の先に涙を光らせた。周囲の貴族たちは一斉にざわめき、非難の視線がリリアナに注がれる。

「まあ、なんて冷酷な令嬢なのかしら」
「前から高慢だとは思っていたのよね」
「さすが王太子殿下、正義の方だわ」

口々に囁かれる声が、刃のように突き刺さる。  
だが、リリアナの眼差しは凪いでいた。

──また、これか。

胸の奥深くで、懐かしい感覚が目を覚ます。そう、彼女は知っている。この光景を。

「リリアナ、最後に何か弁明はあるか?」  
アレンの冷たい瞳が彼女を刺す。  
けれど彼女は、ゆるやかに首を横に振った。

「いいえ、殿下のご意思であれば、従うまでです。」

その瞬間、広間はどよめいた。誰もが抵抗や懇願を期待していたのだ。だが、リリアナはただ静かに微笑む。すべてを受け入れるような穏やかな表情だった。

「……そうか。そうであるなら、これにて正式に婚約は破棄とする。お前は今後、王族としての特権を一切失うものとする。」

淡々と告げると、アレンはセシリアの肩を抱き寄せた。

「セシリア。君こそが真に優しい女性だ。これまで彼女に苦しめられた分、もう泣かなくて良い。」

セシリアは小さく頷き、アレンの胸に顔を埋める。彼女の頬を一筋の涙が伝った。場の空気は感動のような熱を帯び、拍手さえ起こる。  
──滑稽だった。

リリアナはゆっくりと一礼した。侯爵令嬢としての誇りを胸に、背筋を伸ばして。

「では、殿下のご多幸をお祈り申し上げます。」

微笑みは完璧だった。泣きもせず、怒りもせず、ただ美しくその場を去る。冷たい視線、嘲り笑う貴婦人たち、憐むように目を伏せる友人──誰もが彼女を“断罪された女”と見なしている。

だが。  
扉の外に出た瞬間、リリアナは小さく息を吐いた。

「……やっぱり、こうなったのね。」

壁にもたれると、足が震えた。息が乱れて喉が痛む。涙がこぼれるより先に、思考が走り出す。前世の記憶。ここはゲーム『ロイヤル・ミラージュ』の世界。自分が転生したのは、悪役令嬢リリアナ・エメロード。

そして、今の場面は──彼女に訪れる「破滅エンド」そのものだった。

アレンとセシリアの恋路を妨げた悪女として追放され、行く先もなく荒野で命を落とす。前世で何度もプレイしたあのルートだ。  
けれど今回は違う。終わりではない。  
ようやく思い出したのだ。この物語の“続き方”を。

「……ふふ、王太子殿下。あなたが私を切り捨てたのは失策です。」

彼女は小さく笑みを洩らした。その笑顔は氷よりも鋭く、どこか安堵を滲ませていた。  
前世では泣いて終わった。でも、もう泣きたくはない。自分の破滅を受け入れる代わりに、人生をやり直す。  
そして何より──彼に思い知らせるのだ。  
どれほど愚かな選択をしたのかを。

その夜、リリアナは屋敷に戻ると、全ての侍女に暇を出した。父である侯爵に短く手紙を残し、領地へ向かう馬車の準備を命じる。

「お嬢様、どちらへ?」  
老執事の問いに、リリアナは穏やかに答えた。

「少し旅に出ますの。……探したいものがあるのです。」

その声には、奇妙な静けさがあった。  
まるで壊れかけた時計が、再び動き出したかのように。

道中。外の景色は冬の終わりのように冷たい。だが、彼女の心の奥には確かな熱が灯っていた。馬車の窓から差し込む夕日が、旅立ちの色を優しく照らす。

──ここからが本当の幕開けね。  
そう思った瞬間、車輪が揺れた。  
行く手に待つのは、彼女を新たな運命へと導く男──次期宰相、シオン・グラント公爵家の若き当主だった。

(続く)
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