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第6話 救いの手を差し伸べる人
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帰還した馬車がグラント公爵邸の門をくぐったとき、夜はすでに深く、雪は吹雪に変わっていた。
車輪が軋み、扉が開く。その瞬間、寒気とともに鋭い怒声が重なった。
「どういうつもりだ。」
声の主は言うまでもなく、シオンだった。
暖炉の火さえ冷やすほどの冷徹な声音に、レオはすぐ膝をついた。
肩の包帯が赤く滲み、血が指の隙間から垂れる。にもかかわらず、彼は顔を上げることができない。
リリアナは慌てて間に立った。
「待ってください。彼のせいではありません。襲撃は予想外のものでした。」
「静かに。」
短く言い放たれたその一言に、空気が張り詰める。
シオンの灰色の瞳が、真冬の刃のように冷たく光った。
「結果だけを見れば、俺の領内で客を危険に晒した。それがどれほどの失態か、理解しているだろう。」
「シオン閣下。彼は私を守ってくれたのです。命を賭けて。」
言葉が自然と口から漏れていた。
自分の声が震えているのがわかる。それでも、引く気はなかった。
「あの場に、彼がいなければ私はここにいません。罰するのなら……」
「お前が受ける、と言うつもりか。」
厳しい視線が突き刺さる。
だが、リリアナは頷いた。驚くほど静かに。
「ええ。私が行こうとしたのが原因です。無謀でした、反省しています。」
沈黙。
その重い間のあとで、シオンはゆっくりと息を吐いた。
「……全くお前という女は、面倒だな。」
彼は片手を振り払うようにして言った。
「レオ、下がれ。治療を受けろ。処分はしない。」
レオの瞳が驚愕と安堵に揺れた。
「は、はい……ありがとうございます。」
扉が閉じ、重い足音が遠ざかると、広間には二人だけが残った。
リリアナが口を開こうとしたとき、シオンの手が彼女の顎を軽く持ち上げた。
視線がぶつかる。白い照明の下で、彼の瞳は鋭くもどこか痛ましげだった。
「お前、自分の命を軽く考えすぎだ。」
「そんな……つもりは。」
「『守ってもらったから感謝する』『自分が責任を取る』。言葉は立派だが、愚かしい。お前が死ねば、守った者も無駄死にだ。」
その言葉に、胸が締めつけられた。
叱責なのに、そこに怒りだけでなく、焦りにも似た感情が滲んでいた。
まるで彼自身が、少しでも遅れていたら失ってしまった何かを恐れているように。
「……怖かったのですね。」
思わず口走った。
シオンの眉がぴくりと動く。
「何を言っている。」
「私がもし、あの場で死んでいたら。でも、本当は怖かったでしょう?大切な人を失うような、それがどんな感覚か知っている顔をしていました。」
「勝手な分析だ。」
「でも図星でしょう?」
リリアナは一歩近づいた。目を離さずに。
逃げない。その灰色の瞳の奥を、見届けたいと思った。
彼は視線を逸らさず、わずかに目を細めた。
「……昔、家族を殺された。」
その一言に、息が止まった。
「この屋敷が王国の中枢にあるのは“権力”のために思われているが、俺にとっては“墓”だ。」
静かな声音だった。過去を語るのではなく、墓標を撫でるかのような響き。
誰も入り込めない孤独の色を宿していた。
「だからこそ、俺は守るべきものを決め、すべてを計算する。感情で動けば、また何かを失う。」
リリアナはそっと息を吸い込んだ。
彼の言葉の裏に、理性の奥でまだ燃える痛みがあることを感じ取る。
だから彼は冷徹に見えるのだ。だがそれは、凍りついた優しさの形。
「じゃあ、今後はあなたが感情で動かないように、私が代わりに動きましょうか。」
「は?」
「論理の鎧は素晴らしいけれど、そればかりでは疲れると思うので。」
にこりと笑う。冗談のように見えるが、目は真剣だ。
シオンは言葉を失い、やがて深くため息をついた。
「……そうやって無謀を正当化するのはやめろ。」
「でも、生きていてよかった……そう思ってくれたなら、それだけで十分です。」
彼の瞳が一瞬だけ揺らいだ。
それを見た瞬間、リリアナの胸が妙に熱くなる。
自分でも理由がわからない。ただ、冷たい屋敷の空気の中で、その眼差しが少しだけ温かかった。
シオンは視線を逸らし、執務机の書類を手に取った。
「もう部屋に戻れ。明日からは外出も報告制にする。」
「命令、了解しました。」
軽く頭を下げて歩き出す。
扉に手をかける直前、背後から小さく声がした。
「リリアナ。」
振り向くと、彼は目を伏せたまま言った。
「……危険なことは二度とするな。」
短い言葉。しかしそれは、彼なりの「守る」という約束に聞こえた。
リリアナは微笑み、静かに頷いた。
部屋に戻ると、手がまだ微かに震えていた。
あの冷たい怒声、そしてあの優しい一言が、胸の奥でせめぎ合う。
命を狙われた恐怖よりも、いまは別の熱が身体の中を巡っていた。
「……シオン・グラントという人は、本当に掴めない。」
鏡に映った自分が、小さく笑っていた。
孤独な氷の人に、ようやく触れた気がする。
それが何を意味するのか、まだわからない。
ただひとつ確かに思ったのは──彼の守る世界に、自分も立っていきたいということだった。
外はまだ吹雪いていた。
だがその白の中を見上げれば、雲の狭間にうっすらと星が覗いていた。
弱々しくても確かな光。
それはまるで、リリアナとシオンのわずかな絆のように輝いていた。
(続く)
車輪が軋み、扉が開く。その瞬間、寒気とともに鋭い怒声が重なった。
「どういうつもりだ。」
声の主は言うまでもなく、シオンだった。
暖炉の火さえ冷やすほどの冷徹な声音に、レオはすぐ膝をついた。
肩の包帯が赤く滲み、血が指の隙間から垂れる。にもかかわらず、彼は顔を上げることができない。
リリアナは慌てて間に立った。
「待ってください。彼のせいではありません。襲撃は予想外のものでした。」
「静かに。」
短く言い放たれたその一言に、空気が張り詰める。
シオンの灰色の瞳が、真冬の刃のように冷たく光った。
「結果だけを見れば、俺の領内で客を危険に晒した。それがどれほどの失態か、理解しているだろう。」
「シオン閣下。彼は私を守ってくれたのです。命を賭けて。」
言葉が自然と口から漏れていた。
自分の声が震えているのがわかる。それでも、引く気はなかった。
「あの場に、彼がいなければ私はここにいません。罰するのなら……」
「お前が受ける、と言うつもりか。」
厳しい視線が突き刺さる。
だが、リリアナは頷いた。驚くほど静かに。
「ええ。私が行こうとしたのが原因です。無謀でした、反省しています。」
沈黙。
その重い間のあとで、シオンはゆっくりと息を吐いた。
「……全くお前という女は、面倒だな。」
彼は片手を振り払うようにして言った。
「レオ、下がれ。治療を受けろ。処分はしない。」
レオの瞳が驚愕と安堵に揺れた。
「は、はい……ありがとうございます。」
扉が閉じ、重い足音が遠ざかると、広間には二人だけが残った。
リリアナが口を開こうとしたとき、シオンの手が彼女の顎を軽く持ち上げた。
視線がぶつかる。白い照明の下で、彼の瞳は鋭くもどこか痛ましげだった。
「お前、自分の命を軽く考えすぎだ。」
「そんな……つもりは。」
「『守ってもらったから感謝する』『自分が責任を取る』。言葉は立派だが、愚かしい。お前が死ねば、守った者も無駄死にだ。」
その言葉に、胸が締めつけられた。
叱責なのに、そこに怒りだけでなく、焦りにも似た感情が滲んでいた。
まるで彼自身が、少しでも遅れていたら失ってしまった何かを恐れているように。
「……怖かったのですね。」
思わず口走った。
シオンの眉がぴくりと動く。
「何を言っている。」
「私がもし、あの場で死んでいたら。でも、本当は怖かったでしょう?大切な人を失うような、それがどんな感覚か知っている顔をしていました。」
「勝手な分析だ。」
「でも図星でしょう?」
リリアナは一歩近づいた。目を離さずに。
逃げない。その灰色の瞳の奥を、見届けたいと思った。
彼は視線を逸らさず、わずかに目を細めた。
「……昔、家族を殺された。」
その一言に、息が止まった。
「この屋敷が王国の中枢にあるのは“権力”のために思われているが、俺にとっては“墓”だ。」
静かな声音だった。過去を語るのではなく、墓標を撫でるかのような響き。
誰も入り込めない孤独の色を宿していた。
「だからこそ、俺は守るべきものを決め、すべてを計算する。感情で動けば、また何かを失う。」
リリアナはそっと息を吸い込んだ。
彼の言葉の裏に、理性の奥でまだ燃える痛みがあることを感じ取る。
だから彼は冷徹に見えるのだ。だがそれは、凍りついた優しさの形。
「じゃあ、今後はあなたが感情で動かないように、私が代わりに動きましょうか。」
「は?」
「論理の鎧は素晴らしいけれど、そればかりでは疲れると思うので。」
にこりと笑う。冗談のように見えるが、目は真剣だ。
シオンは言葉を失い、やがて深くため息をついた。
「……そうやって無謀を正当化するのはやめろ。」
「でも、生きていてよかった……そう思ってくれたなら、それだけで十分です。」
彼の瞳が一瞬だけ揺らいだ。
それを見た瞬間、リリアナの胸が妙に熱くなる。
自分でも理由がわからない。ただ、冷たい屋敷の空気の中で、その眼差しが少しだけ温かかった。
シオンは視線を逸らし、執務机の書類を手に取った。
「もう部屋に戻れ。明日からは外出も報告制にする。」
「命令、了解しました。」
軽く頭を下げて歩き出す。
扉に手をかける直前、背後から小さく声がした。
「リリアナ。」
振り向くと、彼は目を伏せたまま言った。
「……危険なことは二度とするな。」
短い言葉。しかしそれは、彼なりの「守る」という約束に聞こえた。
リリアナは微笑み、静かに頷いた。
部屋に戻ると、手がまだ微かに震えていた。
あの冷たい怒声、そしてあの優しい一言が、胸の奥でせめぎ合う。
命を狙われた恐怖よりも、いまは別の熱が身体の中を巡っていた。
「……シオン・グラントという人は、本当に掴めない。」
鏡に映った自分が、小さく笑っていた。
孤独な氷の人に、ようやく触れた気がする。
それが何を意味するのか、まだわからない。
ただひとつ確かに思ったのは──彼の守る世界に、自分も立っていきたいということだった。
外はまだ吹雪いていた。
だがその白の中を見上げれば、雲の狭間にうっすらと星が覗いていた。
弱々しくても確かな光。
それはまるで、リリアナとシオンのわずかな絆のように輝いていた。
(続く)
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