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第2話 白き竜の囁き
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リオンはその夜、眠れなかった。竜の声が何度も頭の中で繰り返された。「滅びの王」「魂の継承」「蒼き契約」――どの言葉も、あまりに現実離れしていた。夢ではないかと何度も思ったが、手のひらに残る淡い光の痕が、それが真実だったことを告げている。
夜明け前、窓の外では霧が立ちこめ、月影の村はまだ静まり返っていた。リオンは寝台の中で目を閉じたまま、竜の言葉を思い返す。
「旅に出よ、リオン。西の都に“蒼き契約”の記録がある――」
西の都とは、おそらくエラディアのことだ。国で最も大きな交易都市。けれど、村からは遠く、旅費も安全も保証されてはいない。
それでも心の奥が塞がらず、何かに引かれるように胸の奥が疼いていた。
夜が明け、鍛冶屋の仕事場では鉄を打つ音が響いていた。
「おう、リオン。お前、どこ行ってたんだ昨日!」
頑丈な腕をした鍛冶屋の男、ガーレンが大声で言う。リオンの義父でもある。
「遺跡に行ってた。」
「あの呪われた場所か。……まったく、何度言ったら分かる!」
ガーレンは大きく息を吐き、火花を散らす炉を背にして腕を組んだ。
「昔から、あの場所にちょっかい出したやつは皆ロクなことにならん。お前の親父だって――」
言いかけて、ガーレンは口をつぐんだ。言葉の続きをリオンも知っている。リオンの父は十年前、あの遺跡で行方不明になったのだ。
「俺は、確かめなきゃいけないんだ」
「何をだ?」
「父さんが探してた“古の記録”。それが、俺に関係してるかもしれない」
ガーレンは黙ったまま厳しい目をしたが、やがてため息をつく。
「お前は昔から無鉄砲だな。だが、本気なら止めはせん。ただし、準備だけは怠るな」
そう言って、作業場の隅に置かれた箱を引き寄せた。中には古びた布に包まれた一本の短剣が入っていた。
「これは……?」
「お前の父の剣だ。冒険に出るなら持っていけ。剣そのものには特別な力なんてない。ただ、あいつの生きた証だ」
リオンはしっかりと短剣を握りしめた。鉄の冷たさが指先に伝わる。
「ありがとう、ガーレンさん。大切にする」
「行くならミナにも一言言っとけよ。あの子、心配するぞ」
リオンはうなずき、村の市場へ向かった。朝日が差し込み、露店の人々が動き出している。ミナは薬草を並べて、客と話していた。リオンを見ると、驚いた顔で駆け寄ってくる。
「リオン!昨日帰ってこなかったんだよ、心配したんだから!」
「ごめん。竜が……現れた」
「え?」
ミナの表情が固まる。リオンは森で起きたことを語った。夢ではないと信じられるほど、現実味を持って。
「滅びの王?そんなの、伝説の話でしょ」
「俺もそう思ってた。でも、竜が言ったんだ。俺がその魂を継いでるって。信じられないけど、何かを感じた」
ミナは黙っていた。風が二人の間を吹き抜け、木の葉が揺れる。
「……行くのね」
「うん。西の都エラディアに、“蒼き契約”の記録があるらしい。行って確かめたい」
「危ないよ。都会には盗賊も魔物もいるんでしょ? それに、旅なんて簡単にできるものじゃない」
「分かってる。でも、行かなきゃ俺の中の何かが壊れそうなんだ」
ミナは俯き、しばらく沈黙したあと、小さな包みを取り出した。
「旅立つなら、これを持っていって。癒し草と、乾燥した薬湯。それと――お守り」
包みの中には小さな月の形をした石が入っていた。
「それ、子どもの頃に拾ったやつ?お前の大事な……」
「そう。けど今はあなたの方が必要。帰ってくるって約束して。その石が光を失う前に」
「……約束する」
リオンは言葉を噛みしめながら頷いた。
夕方、リオンは村の高台に立っていた。遠くには森、さらに西には見えないほど遠い山々。彼の知らない世界が、その先に広がっている。
夕風が吹き、髪がなびく。ふと視界の端に、白い羽のような光がよぎった。竜の声が、再び頭の奥で響く。
「時は迫る。北より影が来る」
「影……?」
その瞬間、地の奥から低い振動が伝わってきた。続いて、村の方から悲鳴が上がる。
リオンは振り向き、走り出した。煙が上がっている。村の入口あたりで何かが燃えている。人々が逃げ惑い、叫び声があがっていた。
「魔獣だ!森から魔獣が出た!」
若者の声が響く。黒い毛並みと赤く光る目を持つ巨大な獣が、家屋をなぎ倒していた。村人たちは棒や鍬を手に抵抗するが、歯が立たない。
リオンは短剣を抜き、低く構えた。体が勝手に動く。恐怖よりも、胸の奥で燃える何かがそれを支配していた。
魔獣が咆哮を上げ、鋭い爪が地面をえぐる。その瞬間、リオンの中で何かが弾けた。
「やめろぉっ!」
叫びとともに、地面から月光のような光が走る。短剣が輝き、魔獣の動きを一瞬止めた。リオン自身も驚く。光は剣から腕を伝い、体を包み込む。
耳の奥で、シェリアの声が響いた。
「その力は、歌う剣の記憶。抑えるな、導け」
「導く……?」
リオンは地に足を踏みしめ、跳躍した。光が剣を包む。魔獣が爪を振り上げた瞬間、斬撃が走り、静かに空気を裂いた。
次の瞬間、獣は苦しむように叫びを上げ、そのまま崩れ落ちた。体は灰のように砕け、風に散っていった。
村人たちは呆然と立ち尽くす。リオン自身も信じられなかった。自分が今、何をしたのか。
「リオン……?」ミナが震える声で呼ぶ。
光はゆっくりと消え、短剣は元の鈍い鉄色に戻っていた。
「俺、今……何を……?」
彼の手はまだ熱を帯びている。竜の声が微かに囁く。
「それが、お前の血に刻まれし力。滅びをも断つ刃。だが同時に、呼んでしまった――」
風が止んだ。空の向こうで、黒い雲が渦を巻いていく。闇の中に赤く光る瞳のような影が浮かんでいた。
リオンはぞくりと身震いした。
「呼んでしまった?何を?」
答えはなかった。だが、胸の鼓動は今までにない速さで鳴り続けていた。これが始まりなのだ。自分が抗う運命の、最初の戦いの音。
(続く)
夜明け前、窓の外では霧が立ちこめ、月影の村はまだ静まり返っていた。リオンは寝台の中で目を閉じたまま、竜の言葉を思い返す。
「旅に出よ、リオン。西の都に“蒼き契約”の記録がある――」
西の都とは、おそらくエラディアのことだ。国で最も大きな交易都市。けれど、村からは遠く、旅費も安全も保証されてはいない。
それでも心の奥が塞がらず、何かに引かれるように胸の奥が疼いていた。
夜が明け、鍛冶屋の仕事場では鉄を打つ音が響いていた。
「おう、リオン。お前、どこ行ってたんだ昨日!」
頑丈な腕をした鍛冶屋の男、ガーレンが大声で言う。リオンの義父でもある。
「遺跡に行ってた。」
「あの呪われた場所か。……まったく、何度言ったら分かる!」
ガーレンは大きく息を吐き、火花を散らす炉を背にして腕を組んだ。
「昔から、あの場所にちょっかい出したやつは皆ロクなことにならん。お前の親父だって――」
言いかけて、ガーレンは口をつぐんだ。言葉の続きをリオンも知っている。リオンの父は十年前、あの遺跡で行方不明になったのだ。
「俺は、確かめなきゃいけないんだ」
「何をだ?」
「父さんが探してた“古の記録”。それが、俺に関係してるかもしれない」
ガーレンは黙ったまま厳しい目をしたが、やがてため息をつく。
「お前は昔から無鉄砲だな。だが、本気なら止めはせん。ただし、準備だけは怠るな」
そう言って、作業場の隅に置かれた箱を引き寄せた。中には古びた布に包まれた一本の短剣が入っていた。
「これは……?」
「お前の父の剣だ。冒険に出るなら持っていけ。剣そのものには特別な力なんてない。ただ、あいつの生きた証だ」
リオンはしっかりと短剣を握りしめた。鉄の冷たさが指先に伝わる。
「ありがとう、ガーレンさん。大切にする」
「行くならミナにも一言言っとけよ。あの子、心配するぞ」
リオンはうなずき、村の市場へ向かった。朝日が差し込み、露店の人々が動き出している。ミナは薬草を並べて、客と話していた。リオンを見ると、驚いた顔で駆け寄ってくる。
「リオン!昨日帰ってこなかったんだよ、心配したんだから!」
「ごめん。竜が……現れた」
「え?」
ミナの表情が固まる。リオンは森で起きたことを語った。夢ではないと信じられるほど、現実味を持って。
「滅びの王?そんなの、伝説の話でしょ」
「俺もそう思ってた。でも、竜が言ったんだ。俺がその魂を継いでるって。信じられないけど、何かを感じた」
ミナは黙っていた。風が二人の間を吹き抜け、木の葉が揺れる。
「……行くのね」
「うん。西の都エラディアに、“蒼き契約”の記録があるらしい。行って確かめたい」
「危ないよ。都会には盗賊も魔物もいるんでしょ? それに、旅なんて簡単にできるものじゃない」
「分かってる。でも、行かなきゃ俺の中の何かが壊れそうなんだ」
ミナは俯き、しばらく沈黙したあと、小さな包みを取り出した。
「旅立つなら、これを持っていって。癒し草と、乾燥した薬湯。それと――お守り」
包みの中には小さな月の形をした石が入っていた。
「それ、子どもの頃に拾ったやつ?お前の大事な……」
「そう。けど今はあなたの方が必要。帰ってくるって約束して。その石が光を失う前に」
「……約束する」
リオンは言葉を噛みしめながら頷いた。
夕方、リオンは村の高台に立っていた。遠くには森、さらに西には見えないほど遠い山々。彼の知らない世界が、その先に広がっている。
夕風が吹き、髪がなびく。ふと視界の端に、白い羽のような光がよぎった。竜の声が、再び頭の奥で響く。
「時は迫る。北より影が来る」
「影……?」
その瞬間、地の奥から低い振動が伝わってきた。続いて、村の方から悲鳴が上がる。
リオンは振り向き、走り出した。煙が上がっている。村の入口あたりで何かが燃えている。人々が逃げ惑い、叫び声があがっていた。
「魔獣だ!森から魔獣が出た!」
若者の声が響く。黒い毛並みと赤く光る目を持つ巨大な獣が、家屋をなぎ倒していた。村人たちは棒や鍬を手に抵抗するが、歯が立たない。
リオンは短剣を抜き、低く構えた。体が勝手に動く。恐怖よりも、胸の奥で燃える何かがそれを支配していた。
魔獣が咆哮を上げ、鋭い爪が地面をえぐる。その瞬間、リオンの中で何かが弾けた。
「やめろぉっ!」
叫びとともに、地面から月光のような光が走る。短剣が輝き、魔獣の動きを一瞬止めた。リオン自身も驚く。光は剣から腕を伝い、体を包み込む。
耳の奥で、シェリアの声が響いた。
「その力は、歌う剣の記憶。抑えるな、導け」
「導く……?」
リオンは地に足を踏みしめ、跳躍した。光が剣を包む。魔獣が爪を振り上げた瞬間、斬撃が走り、静かに空気を裂いた。
次の瞬間、獣は苦しむように叫びを上げ、そのまま崩れ落ちた。体は灰のように砕け、風に散っていった。
村人たちは呆然と立ち尽くす。リオン自身も信じられなかった。自分が今、何をしたのか。
「リオン……?」ミナが震える声で呼ぶ。
光はゆっくりと消え、短剣は元の鈍い鉄色に戻っていた。
「俺、今……何を……?」
彼の手はまだ熱を帯びている。竜の声が微かに囁く。
「それが、お前の血に刻まれし力。滅びをも断つ刃。だが同時に、呼んでしまった――」
風が止んだ。空の向こうで、黒い雲が渦を巻いていく。闇の中に赤く光る瞳のような影が浮かんでいた。
リオンはぞくりと身震いした。
「呼んでしまった?何を?」
答えはなかった。だが、胸の鼓動は今までにない速さで鳴り続けていた。これが始まりなのだ。自分が抗う運命の、最初の戦いの音。
(続く)
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