月影の剣士と白き竜の約束 〜滅びの王国をめぐる旅〜

usako

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第4話 失われた記憶の断片

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翌朝、東の空が淡く染まり始める頃、リオンは村の門を出た。荷物は最小限。食料と水袋、父の短剣、ミナからもらった月の石だけだ。村を離れると、林が深く続き、道はぬかるんだ山路へとつながる。夜露を含む土の匂いが強く、鳥の鳴き声が森の奥から響いた。空気が冷たく澄んでいて、これからの長い旅の始まりを告げるようだった。

リオンは振り返り、月影の村の屋根を最後に一度だけ見た。まだ煙が残っていたが、人々の灯火は消えていない。あの場所が、自分の帰る場所であってほしい。それだけを胸に刻み、彼は歩き出した。

森を抜けるまでの道のりは険しかった。根のはり出した斜面を登り、小川を越え、倒木を乗り越えて進む。その途中、リオンの頭の奥では竜の声が時おり囁いた。  
「輪の外へ出たな。だが、お前を追う影はすぐそこまで来ている」  
その声に反応して周囲を見渡すが、誰もいない。ただ森の中の木々の間で、黒い霧のようなものが揺らめくのを見た。風ではない。まるで命を持つ影が、彼を見ているようだった。  
リオンは剣の柄に手をかけながら低く息を吐く。「……襲ってみろ。もう逃げない。」  
影は音もなく散り、森の奥へと消えた。

昼過ぎには森を抜け、緩やかな丘陵地帯が広がった。遠くに小さな町の影が見える。旅人の足跡が多い道で、家畜を連れた男や商人の馬車が行き来している。  
リオンがその道を進んでいると、後ろから馬の走る音がした。振り向くと、二人組の旅人が近づいてくる。片方は細身の青年で弓を背負い、もう一人はローブをまとった女性だった。

青年が笑いながら馬を止めた。「あんた、こんな朝早くに一人か?危ないぞ、この辺は狼が出る」  
リオンは答えた。「平気です。村から出たばかりで、これから西の都へ行くところです」  
「西?それはまた遠いな。俺たちも同じ方向だ。一緒にどうだ?」  
女性の方は静かに彼を見つめていた。琥珀色の瞳が印象的で、年齢はリオンより少し上に見える。  
「この辺には盗賊も多い。一人より三人の方が安心だろう。」  
そう言って青年が名乗った。「俺はカイル。弓の旅人。こっちはリナ。治癒士だ。」  
リオンも軽く頭を下げる。「リオン=カーディス。村の鍛冶屋の息子です。」

三人は並んで歩き出した。カイルは明るくおしゃべりな性格で、道中ずっと話していた。「俺たち、もともと王都に仕えてたけど、今は旅の依頼屋みたいなもんだ。賞金首の魔獣を狩ったり、行方不明者を探したりさ。」  
「王都に?今、王国では何が起きてるんですか?」リオンが尋ねると、カイルの顔が少し曇った。  
「最近、妙な黒い霧が各地で発生してる。噂では“影の王”が復活したとかなんとか。まったく信じたくもないが……。」  
リナが静かに口を開く。「滅びの預言の時が近いのよ。王国の北方ではすでに竜の姿が見えたという話もある。」  
リオンは思わず足を止めた。「竜?」  
リナがこちらを向く。「驚くこと?今でも古代の竜は封印の地にいるはずよ。」  
「……会ったことがある。」  
カイルが目を丸くした。「おいおい、まさかおとぎ話じゃないだろ?」  
リオンは短く説明した。遺跡、白竜との邂逅、そして滅びの王の話。二人は真剣に聞いていたが、半信半疑のようだった。  

「リオン。竜の声が本当に聞こえるなら、お前はただの人間じゃねぇな。だが、その力は危険だ。」  
「自分でも分かってる。でも止められない。あの声に導かれてる」  
リナが言葉を挟む。「導かれることと操られることは違う。もしその竜が何か意図を持ってるとしたら……気をつけた方がいいわ。」  
彼女の瞳はどこか悲しげで、過去に似たものを経験したような深さがあった。

夕方、彼らは丘を下り、小さな廃村に辿り着いた。古い井戸と崩れた石の家だけが残る寂れた場所だった。  
「一晩ここで休もう」カイルは焚き火を起こし、リナは薬草を煮出した。  
リオンは火に照らされながら、再び竜の記憶を思い出していた。ルシエルという名、炎に包まれた王国、そして白竜の涙。  
遠くでフクロウが鳴き、火の粉が闇に舞う。その時、不意に頭の奥に低いざわめきが走った。  
――ルシエル……  
誰かの声。いや、違う。群れのようにいくつもの声が重なって聞こえる。  
――約束を……果たせ……滅びの王よ……  

がたん、と音を立ててリオンは立ち上がった。カイルが振り向く。「どうした?」  
「声が聞こえた……村の北側から」  
「まさか、さっきの影の話か?」  
三人は立ち上がり、焚き火を残して廃村の北へ向かった。月明かりの下、地面の裂け目から黒いもやが立ち上っている。その中に、ぼんやりと人影が一つ立っていた。  
「おい……人か?」カイルが弓を構える。だが次の瞬間、その影が振り返った。顔はなく、闇だけが渦を巻く形で存在している。  
リオンの心臓が跳ねた。あの森で見た影と同じ。だが今度は形を得ている。  
「退け!」リオンが叫ぶより早く、黒影が滑るように動いた。地を這う闇が蛇のように伸び、三人を包もうとする。リオンは短剣を抜き、光を放った。  
「月の刃よ、俺に力を――!」  
刃が輝き、闇の触手を切り裂く。だが、闇は再び形を取り戻した。リナが詠唱の言葉を唱え、光の結界を展開する。  
「この影……ただの魔獣じゃない!」  
「なんだと?」  
「魂を喰らう“影の眷属”よ!千年前、滅びの王が生んだと言われる存在!」  

その一言に、リオンの血が沸騰した。自分が過去に生み出したもの。それが今も生きている――?  
影の中から、低く嗤うような声が響いた。  
――ルシエル……また輪を拒むのか……  
「黙れ!」リオンは叫び、光の刃で影を貫いた。悲鳴とともに黒い霧が弾け、夜風に溶けて消えた。

静寂が戻り、草の音だけがかすかに響く。リオンは膝をついた。  
「大丈夫?」リナが駆け寄る。  
「……あれ、俺のせいなんだ。全部……過去の俺が作った。」  
カイルが難しい顔をした。「話が大きすぎて分からんが、とにかく一人じゃ背負えねえ。これからどうする?」  
「決まってる。西の都に行く。“蒼き契約”を探さなきゃ。あの影を止める術が、そこにあるはずだ」  
リナは火の残り香を見つめながら呟いた。「もし本当に滅びの輪を断てるなら、私も行く。」  
カイルもにやりと笑う。「面白くなってきたな。俺も付き合うさ。一人より三人だ。」  

夜が更ける。壊れた家々の間に小さな火が揺れ、三人の影を映す。リオンは月を見上げ、胸に手を当てた。  
――まだだ。これからだ。  
彼の内で何かが目覚め始めている。遠い記憶の断片が繋がり、今の自分と過去の王が重なろうとしていた。

(続く)
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