月影の剣士と白き竜の約束 〜滅びの王国をめぐる旅〜

usako

文字の大きさ
5 / 6

第5話 王国の亡霊

しおりを挟む
夜明けとともに、冷たい霧が丘を包んでいた。廃村を発ったリオンたちは、西に続く街道を進んでいた。風が草を撫でる音だけが静かに響く。前夜の戦いの影がまだ胸に残り、誰も口を開かなかった。  
影の眷属――あれがルシエル、つまりかつての自分が残したものだと思うと、胸の奥が焼けるように痛む。リオンは深呼吸をして空を見上げた。薄く白む空の向こうに、見えない鎖のような気配が絡みついているような感覚に襲われる。  

「顔がこわばってるぞ。」隣を歩くカイルが声をかけてきた。  
「寝不足だ。」リオンが答えると、カイルは苦笑して肩をすくめた。  
「無理もない。昨日のアレはどんな兵士でも腰を抜かすさ。まさか影が実在してたなんて。」  
「放っておけない。ああいうものがまた出る前に、何か手を打たないと。」  
カイルは頷くと、手綱を引く馬をなでた。「だからこそ西の都なんだろ?“蒼き契約”ってやつを探してるんだろ。」  
リオンは短く肯定した。「あの竜が言った。そこに真実があるって。」  
リナは無言のまま歩いていたが、不意に口を開いた。「真実……それを知ったとき、あなたは耐えられる?」  
リオンは答えられなかった。彼女の声には、薄い悲しみが混じっていた。  

昼を過ぎ、彼らは街道沿いの小さな集落に立ち寄った。家が十数軒ほど並ぶ静かな村で、交易路の休憩地らしい。カイルが宿屋を探して交渉している間、リオンとリナは井戸のそばで水を汲んでいた。  
「この辺もずいぶん人が少ないな。」リオンが言う。  
「西の都といっても、王都ルディアンまではまだ遠い。最近は魔物や盗賊が増えてるって噂よ。人々も避難して東へ移っているのかもしれない。」  
リナの声には疲労が滲んでいた。村を滅ぼすような脅威が広がっている――その事実が、明るい陽射しの中でも陰を落としていた。  

宿屋で一泊し、翌朝早くに出発する。だがその道のりの途中、奇妙なものを目にした。丘の向こうに、白い霧の塊が動いている。風の流れに逆らい、形を保ったまま進んでいく。  
カイルが弓を構えた。「魔物の匂いがする。」  
「違う……」リナが目を細めた。「あれ、人の形をしてる。」  
霧が風にほどけるように散り、一行の前にひとりの灰色の人影が現れた。鎧をまとい、傷だらけの剣を携えた男。だがその顔は透け、その輪郭は揺らいでいる。  
リオンが息を呑んだ。「まさか……」  
霧の兵士はうつろな声で呟いた。「……王の命を、果たさねば……ルシエル様の……ために……」  

その名を聞いた瞬間、リオンの中で何かが弾けた。血が逆流する感覚。周囲の音がすべて遠のいた。  
「ルシエル様……?」  
男の霊はうなだれたまま剣を掲げ、霧が一層濃くなる。「我らは王に仕え、王と共に滅んだ……なのに、なぜ……なぜ眠りを許されぬ……」  
「待て!」リオンは叫んだ。「俺は――その王じゃない!俺はリオンだ!」  
だが霊には届かない。亡霊は空を切るように剣を振り下ろした。リオンは咄嗟に短剣で受け止めた。刃同士がぶつかる音の代わりに、冷たい金属音と悲鳴のような響きが空気を震わせた。  

「リオン、下がれ!」カイルが矢を放つ。だが矢は霧を裂くだけで、霊には通じない。リナがすぐに詠唱を始め、地に光の円を描く。  
「過ぎし魂よ、安らぎを得よ……光に還れ!」  
広がった光が霧の兵士を包む。だが抵抗するように霧が渦を巻き、リナの体を吹き飛ばした。カイルが彼女を支える。  
「チッ、完全に憑かれてる!」  
「俺がやる!」リオンが地を蹴る。短剣が再び光を帯びる。胸の奥から熱が込み上げ、白竜シェリアの声が響いた。  
「迷える魂を導け。お前の光は滅びだけではない。」  
言葉に従い、リオンは刃を振り下ろした。光の軌跡が円を描き、亡霊の身体を包む。男の顔から苦悶の色が消え、静かな声が漏れた。  
「……ルシエル様……あなたは……まだ……」  
「俺は違う!でも、もう同じ過ちは繰り返さない!」  

光が強く閃き、霧の兵士はふっと消えた。残ったのは古びた剣だけ。リオンはそれを拾い、目を閉じた。  
「……眠れ。」低く囁き、土に突き立てる。  

沈黙の後、風が吹き抜け、丘の草がゆらめいた。空は澄み渡り、遠くで鳥が鳴いた。  
カイルがしばらく無言のまま立っていたが、やがて言った。「なあリオン、今の……あれ、王国の兵だったのか?」  
「そうだと思う。俺……いや、ルシエルが生きた時代の兵士。王国が滅んだあと、魂だけがこの時代に縛られたんだ。」  
リナが眉を寄せた。「その滅びの力、どうして今になって目覚めたのかしら。」  
「たぶん、俺が動き出したからだ。輪が再び回り始めた。」  

リオンの胸の奥に、かすかな幻が浮かんだ。あの白い都、燃える空、人々の叫び。自分の手が、剣が、その中心にあった。  
彼は拳を握りしめた。「あの時代の亡霊がまだ苦しんでいるなら、俺が終わらせてやる。もう誰も縛られないように。」  
リナは静かに頷き、カイルはにやりと笑った。「黙っててもついて行くさ。今さら引き返せねえだろ。」  

三人は再び歩き出した。丘を越えると、遠くに巨大な城砦の影が見えた。灰色の石壁が並び、塔の先に旗が翻っている。  
「次の町、“エルカノ砦”だ。」カイルが言った。「王国の西門を守ってた古い城塞だが、今は駐屯地になってる。」  
リオンはその城を見つめた。胸の奥で、また別の記憶が疼く。あの城も、かつて自分が築いたものだったような――ぼやけた映像が浮かんでは消えた。  

空には薄い雲が流れ、日差しが彼らの影を長く引き伸ばした。  
道の先に待つのは王国の残滓か、それとも新たな真実か。  
リオンの背中で、月の石が微かに光を放った。  

(続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なんか修羅場が始まってるんだけどwww

一樹
ファンタジー
とある学校の卒業パーティでの1幕。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

処理中です...