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第6話 剣士の覚醒
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エルカノ砦の門が夕日に染まり始める頃、リオンたちはその前に立っていた。灰白の石壁が重々しくそびえ、古びた鉄の門扉には無数の傷跡が刻まれている。かつて戦争の最前線だった頃の名残だという。砦の周囲には兵士や旅商人の姿があり、焼かれた肉の匂いが風に混じって漂っていた。
カイルが門前の衛兵に話しかけた。「通行許可をもらいたい。交易路を抜けて、都に向かう途中でね。」
衛兵は軽く頷いて名簿をめくる。「魔獣討伐の依頼書は?」
「持ってない。ただの旅人だ。」
警戒の色を浮かべた衛兵が三人を上から下まで見渡した。リオンは背の短剣を一瞬だけ隠すようにして、静かに立っていた。その眼差しの奥に宿るものが、衛兵の警戒をほんの少し和らげたようで、男は肩をすくめた。
「中は今、王都からの使者で騒がしい。揉め事は起こすなよ。」
カイルが軽口を返して手を上げた。「任せとけ。」
砦の中は思っていた以上に活気があった。市場や兵舎、訓練場が並び、音と熱気が入り混じっている。兵たちは剣を振るい、武器の鍛錬に励んでいた。中庭の片隅では旅商人たちが露店を構え、香辛料や布、防具などを売っている。
リオンはその光景を眺めながら小さく息を吐いた。「ここまでの道のりで、戦いの痕が多かったけど……人は立ち上がるんだな。」
リナが小さく頷いた。「長い戦乱を耐え抜いた土地よ。王が滅びても、生きる意思が残った。だけど……それもいつまで続くか。」
その声の奥には、かすかな不安が感じられた。
夕暮れ、宿屋“風影の灯”に腰を落ち着けた三人は、今後の道を話し合っていた。カイルが地図を広げ、ルディアンまでの道を指でなぞる。
「ここから西の街ルディアンまでは四日。だが途中の峠、“灰冠の山道”は崩れてるらしい。別のルートを取るなら北の古街道を通るしかない。」
リナが首を振った。「北は危険すぎる。亡霊や魔物の巣が多いわ。」
「じゃあ山道を直してもらうか?」
「いや、俺が行く。」リオンが口を開いた。「灰冠の山道を抜けてみる。竜の声が、そこからだって言ってる。」
二人は顔を見合わせた。カイルが苦笑し、「竜が道案内とはな。ま、あんたの勘はこれまで外れてねぇし、ついていくさ。」と言い、リナも小さく頷いた。
翌朝。砦の外、霧の中。リオンたちは山道へと向けて歩き出した。道程は荒れ、岩が転がり、地面には奇妙な焦げ跡が残っている。山の空気は乾いて冷たく、鳥の鳴く声すら聞こえない。リオンの足元に落ちていた黒い破片を拾い上げると、それは焦げた鎧の欠片だった。
「戦があったんだな。」カイルが呟く。
リナが地に指を当てると、淡い光が広がった。「ここ、血の跡がある。だいぶ昔のものだけど……。」
やがて道は崖に差しかかる。下は雲に覆われ、見えないほど深い谷だ。風が唸り声のように吹き抜ける。
その瞬間、耳の奥で声が響いた。
――リオン……戻れ。
竜ではない。もっと冷たく、低い声。リオンは剣を抜いた。「誰だ?」
次の瞬間、地面から黒い靄が立ち上がった。形を変えながら空中に浮かび、やがて人の姿をとる。黒い鎧をまとった男、瞳は血のように赤く光っている。
「またお前か……滅びの王。」
リオンの体が反応するより先に、心臓の奥で激痛が走った。膝が沈み、息が詰まる。
「何者だ!」
「俺か?お前がかつて王と呼んだ“闇の剣士”――アスヴァル。お前の裏側そのものだ。」
その名を聞いた瞬間、リオンの脳裏に断片的な記憶が流れ込む。炎の城、血の海、そして自分の隣に立つ黒い影。
「俺には……お前なんて知らない!」
「忘れたか。俺はお前が恐れ、捨てた力の残滓。お前の滅びの半身だ。」
黒い剣が走る。リオンは反射的に短剣で受けたが、衝撃で体が吹き飛ぶ。岩壁に叩きつけられ、血を吐く。カイルが叫んだ。「リオン!」
だがリナがそれを制した。「下がって!彼の中の戦いよ!」
痛みの中でリオンは立ち上がる。胸の奥が燃えるように熱く、視界の端が白光に染まる。声が再び響く。シェリアだった。
「リオン、抗え。この影はお前自身の罪。だがそれは過去だ。未来ではない。」
「分かってる……けど、こいつが――!」
「お前の剣で確かめろ。滅びとは何なのかを。」
黒影のアスヴァルが嗤った。「救いなどない。光も、竜も、お前を裏切る。」
「黙れ!」リオンは跳躍し、渾身の力で短剣を振り下ろした。刃に白い光が走り、風を裂く。衝突の瞬間、光と闇が拮抗し、音も色も消えた。二つの力がぶつかり合い、爆発的な閃光が山を包む。
しばらくして風が吹き抜ける。リオンの体は崖際に倒れていた。黒い影は霧のように散り、空へ消えていく。
「……これで終わりじゃない。」影の声が遠くで囁いた。「次は“王都”で会おう。」
リオンは息を荒げながら地面に手をついた。カイルとリナが駆け寄る。
「無茶するなって言ったろ!」カイルが肩を貸す。
リオンは苦しく息を吐きながらも微笑んだ。「大丈夫だ……もう、恐れない。」
彼が立ち上がると、短剣は新たな光を宿していた。刃の根元に蒼い刻印が浮かび、淡い脈動を放っている。
リナが静かに呟く。「……“蒼き契約”の印。」
「契約……?」
「古の剣士が竜と交わしたもの。滅びではなく、希望を導く誓いの証よ。」
リオンは短剣を見つめ、深く息を吸い込んだ。この印こそが、自分の過去と未来をつなぐ鍵。竜が導こうとする「真実」への道標だと感じた。
「これが“覚醒”ってことか……」
「始まりにすぎないわ。」リナの言葉に、リオンは小さく頷いた。
彼らは再び歩き出す。谷の向こうには、沈みゆく太陽と、その先に広がる王都ルディアンの影が見えた。
リオンの胸の奥で微かな光が鼓動する。竜の声が、遠くから静かに囁いた。
「進め、リオン。真実は影の向こうにある。」
(続く)
カイルが門前の衛兵に話しかけた。「通行許可をもらいたい。交易路を抜けて、都に向かう途中でね。」
衛兵は軽く頷いて名簿をめくる。「魔獣討伐の依頼書は?」
「持ってない。ただの旅人だ。」
警戒の色を浮かべた衛兵が三人を上から下まで見渡した。リオンは背の短剣を一瞬だけ隠すようにして、静かに立っていた。その眼差しの奥に宿るものが、衛兵の警戒をほんの少し和らげたようで、男は肩をすくめた。
「中は今、王都からの使者で騒がしい。揉め事は起こすなよ。」
カイルが軽口を返して手を上げた。「任せとけ。」
砦の中は思っていた以上に活気があった。市場や兵舎、訓練場が並び、音と熱気が入り混じっている。兵たちは剣を振るい、武器の鍛錬に励んでいた。中庭の片隅では旅商人たちが露店を構え、香辛料や布、防具などを売っている。
リオンはその光景を眺めながら小さく息を吐いた。「ここまでの道のりで、戦いの痕が多かったけど……人は立ち上がるんだな。」
リナが小さく頷いた。「長い戦乱を耐え抜いた土地よ。王が滅びても、生きる意思が残った。だけど……それもいつまで続くか。」
その声の奥には、かすかな不安が感じられた。
夕暮れ、宿屋“風影の灯”に腰を落ち着けた三人は、今後の道を話し合っていた。カイルが地図を広げ、ルディアンまでの道を指でなぞる。
「ここから西の街ルディアンまでは四日。だが途中の峠、“灰冠の山道”は崩れてるらしい。別のルートを取るなら北の古街道を通るしかない。」
リナが首を振った。「北は危険すぎる。亡霊や魔物の巣が多いわ。」
「じゃあ山道を直してもらうか?」
「いや、俺が行く。」リオンが口を開いた。「灰冠の山道を抜けてみる。竜の声が、そこからだって言ってる。」
二人は顔を見合わせた。カイルが苦笑し、「竜が道案内とはな。ま、あんたの勘はこれまで外れてねぇし、ついていくさ。」と言い、リナも小さく頷いた。
翌朝。砦の外、霧の中。リオンたちは山道へと向けて歩き出した。道程は荒れ、岩が転がり、地面には奇妙な焦げ跡が残っている。山の空気は乾いて冷たく、鳥の鳴く声すら聞こえない。リオンの足元に落ちていた黒い破片を拾い上げると、それは焦げた鎧の欠片だった。
「戦があったんだな。」カイルが呟く。
リナが地に指を当てると、淡い光が広がった。「ここ、血の跡がある。だいぶ昔のものだけど……。」
やがて道は崖に差しかかる。下は雲に覆われ、見えないほど深い谷だ。風が唸り声のように吹き抜ける。
その瞬間、耳の奥で声が響いた。
――リオン……戻れ。
竜ではない。もっと冷たく、低い声。リオンは剣を抜いた。「誰だ?」
次の瞬間、地面から黒い靄が立ち上がった。形を変えながら空中に浮かび、やがて人の姿をとる。黒い鎧をまとった男、瞳は血のように赤く光っている。
「またお前か……滅びの王。」
リオンの体が反応するより先に、心臓の奥で激痛が走った。膝が沈み、息が詰まる。
「何者だ!」
「俺か?お前がかつて王と呼んだ“闇の剣士”――アスヴァル。お前の裏側そのものだ。」
その名を聞いた瞬間、リオンの脳裏に断片的な記憶が流れ込む。炎の城、血の海、そして自分の隣に立つ黒い影。
「俺には……お前なんて知らない!」
「忘れたか。俺はお前が恐れ、捨てた力の残滓。お前の滅びの半身だ。」
黒い剣が走る。リオンは反射的に短剣で受けたが、衝撃で体が吹き飛ぶ。岩壁に叩きつけられ、血を吐く。カイルが叫んだ。「リオン!」
だがリナがそれを制した。「下がって!彼の中の戦いよ!」
痛みの中でリオンは立ち上がる。胸の奥が燃えるように熱く、視界の端が白光に染まる。声が再び響く。シェリアだった。
「リオン、抗え。この影はお前自身の罪。だがそれは過去だ。未来ではない。」
「分かってる……けど、こいつが――!」
「お前の剣で確かめろ。滅びとは何なのかを。」
黒影のアスヴァルが嗤った。「救いなどない。光も、竜も、お前を裏切る。」
「黙れ!」リオンは跳躍し、渾身の力で短剣を振り下ろした。刃に白い光が走り、風を裂く。衝突の瞬間、光と闇が拮抗し、音も色も消えた。二つの力がぶつかり合い、爆発的な閃光が山を包む。
しばらくして風が吹き抜ける。リオンの体は崖際に倒れていた。黒い影は霧のように散り、空へ消えていく。
「……これで終わりじゃない。」影の声が遠くで囁いた。「次は“王都”で会おう。」
リオンは息を荒げながら地面に手をついた。カイルとリナが駆け寄る。
「無茶するなって言ったろ!」カイルが肩を貸す。
リオンは苦しく息を吐きながらも微笑んだ。「大丈夫だ……もう、恐れない。」
彼が立ち上がると、短剣は新たな光を宿していた。刃の根元に蒼い刻印が浮かび、淡い脈動を放っている。
リナが静かに呟く。「……“蒼き契約”の印。」
「契約……?」
「古の剣士が竜と交わしたもの。滅びではなく、希望を導く誓いの証よ。」
リオンは短剣を見つめ、深く息を吸い込んだ。この印こそが、自分の過去と未来をつなぐ鍵。竜が導こうとする「真実」への道標だと感じた。
「これが“覚醒”ってことか……」
「始まりにすぎないわ。」リナの言葉に、リオンは小さく頷いた。
彼らは再び歩き出す。谷の向こうには、沈みゆく太陽と、その先に広がる王都ルディアンの影が見えた。
リオンの胸の奥で微かな光が鼓動する。竜の声が、遠くから静かに囁いた。
「進め、リオン。真実は影の向こうにある。」
(続く)
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