7 / 25
第7話 灯火の少女ミナ
しおりを挟む
月影の村から遠く離れた北の丘の上に、ひとりの少女が立っていた。ミナは風に髪を揺らしながら、眼下に広がる村の新しい家々を見つめていた。あの夜、魔獣が襲った傷跡はすでに癒えつつある。人々は再び畑を耕し、炉を焚いて生きている。だが、胸の奥の痛みだけはまだ消えなかった。
リオンが旅に出てから、ひと月が過ぎていた。夜になるたびに彼女は同じ夢を見る。赤い月の下、白い竜とリオンが互いに刃を交わす夢だ。夢の中のリオンは悲しげで、どこか遠い場所へ消えていく。そのたびにミナは目を覚まし、涙で枕を濡らしていた。
その日、村の薬草小屋に一人の旅人が訪れた。黒い外套をまとい、杖をついた若い男だった。彼は名乗らず、低い声で言った。「この村に、リオン=カーディスという青年がいたはずだと聞いた。」
ミナの心臓がどくりと跳ねた。「リオンを知ってるのですか?」
「知っている。彼は今、西へ向かった。だがその先にあるのは滅びだ。」
「滅び?」
男は口の端でかすかに笑った。「彼の魂には“滅びの王”の影がある。その力を目覚めさせるため、竜は彼を導いている。お前は知らないだろう、白き竜シェリアが何を背負っているのかを。」
ミナは息を呑んだ。リオンから聞いた竜の名。忘れるはずもない。「あなたはいったい、何者なんですか?」
男は答えなかった。ただ、杖の先の黒い石が淡く光っていた。「近いうちに、この村にも再び影が来る。その時までに備えろ。リオンを生かしたいならな。」
そう言い残し、男は霧の中へと消えた。彼の足跡はすぐに風に消され、まるで初めから存在しなかったかのようだった。
その夜、ミナは村長の家を訪ねた。老いた村長は炉の火を見つめながら彼女の話を聞いたあと、重い口を開いた。「その男、黒い外套に杖を持っていたと言ったね……それは“影の使い”と呼ばれる者かもしれん。王国滅亡の頃にも現れた。滅びと再生の狭間に、人を運ぶといわれる存在じゃ。」
「リオンに……危険が迫っているの?」
「分からん。ただ、一つ確かなのは、この村が再び“王の輪”の中に入ってしまったということじゃ。」
ミナは拳を握りしめた。「だったら私も、ただ待っているだけじゃ嫌です。リオンはきっと、何か大切な戦いをしてる。この村を守りながら、私もその輪に抗ってみせます。」
そう言うと、村長は古い木箱を差し出した。「これは昔、お前の家が代々守ってきた『灯火の護符』だ。王国の時代より伝わる希望の印。“滅びの王”が生まれる前、光の巫女がこれを掲げて闇を祓ったという。お前の母も、確かにこれを使った。」
ミナは箱を開けた。中には、淡く琥珀色に光る石が入っていた。それは月の石とは違い、暖かく柔らかな光を放っていた。「これが……」
「お前の中にも光の血が流れている。リオンが滅びと戦うのなら、お前はその対となる灯だ。」
ミナは護符を胸に抱いた。「リオン……あなたの光になる。」
その夜遅く、外では風が強まった。空には厚い雲がかかり、月が隠れている。村の外れの森から、不気味な気配が漂ってきた。ミナは灯を手に外へ出た。火の明かりの向こうに、人影が揺れている。
「誰?」と声をかけると、黒い霧が形を取り、人の姿へと変わった。赤い瞳が二つ、闇の中に浮かび上がる。
「また影……!」
霧の影は低く笑い、言葉を発した。「ルシエルの光の残滓……まだ生きていたか。あの王の傍らにいた巫女の血筋だな。」
「あなたは何者!」
「我はアスヴァルの眷属。お前の光を奪い、輪を閉じる者だ。」
霧が伸びて襲いかかる。ミナはとっさに護符を掲げた。石が別の光を放つ。柔らかいはずの光が鋭く輝き、影を照らした。悲鳴が上がり、霧が焼けるように弾けた。
「これが……灯火の力?」ミナの全身を光が包む。母の声が聞こえた気がした。
――迷うな、ミナ。その光は命そのもの。誰かを守りたいと願うほどに強くなる。
ミナは微笑んだ。恐怖はすでに消えていた。護符の光が次々と影を焼き払っていく。やがて霧がすべて消えた時、村の空気は澄み渡っていた。
村人たちが駆けつけ、口々に驚きの声をあげる。「ミナが……光を……!」
村長が杖をつきながら近づき、深く頭を下げた。「あの夜の巫女が、再び現れた……。これでこの村も、滅びの輪に呑まれずに済むかもしれん。」
ミナは胸の護符を見つめた。小さな灯はまだ淡く揺れている。その光の奥に、リオンの姿が浮かんだ。彼もまた、どこかでこの光を感じている気がした。
「リオン……。あなたが王の過去を背負うなら、私はこの灯火であなたの未来を照らす。必ず、どこかで繋がってる。」
空が少しずつ明るみ始めた。夜明けの風が柔らかく村を包む。ミナは丘に上がり、遥か西を見つめた。そこには見えないはずの遠い山々、そして旅を続ける一人の青年の幻影があった。
胸の奥で光が脈打つ。それは確かに、リオンの放つ“蒼き契約”の輝きと呼応していた。
彼女もまた、自分の戦いを始めたのだ。
(続く)
リオンが旅に出てから、ひと月が過ぎていた。夜になるたびに彼女は同じ夢を見る。赤い月の下、白い竜とリオンが互いに刃を交わす夢だ。夢の中のリオンは悲しげで、どこか遠い場所へ消えていく。そのたびにミナは目を覚まし、涙で枕を濡らしていた。
その日、村の薬草小屋に一人の旅人が訪れた。黒い外套をまとい、杖をついた若い男だった。彼は名乗らず、低い声で言った。「この村に、リオン=カーディスという青年がいたはずだと聞いた。」
ミナの心臓がどくりと跳ねた。「リオンを知ってるのですか?」
「知っている。彼は今、西へ向かった。だがその先にあるのは滅びだ。」
「滅び?」
男は口の端でかすかに笑った。「彼の魂には“滅びの王”の影がある。その力を目覚めさせるため、竜は彼を導いている。お前は知らないだろう、白き竜シェリアが何を背負っているのかを。」
ミナは息を呑んだ。リオンから聞いた竜の名。忘れるはずもない。「あなたはいったい、何者なんですか?」
男は答えなかった。ただ、杖の先の黒い石が淡く光っていた。「近いうちに、この村にも再び影が来る。その時までに備えろ。リオンを生かしたいならな。」
そう言い残し、男は霧の中へと消えた。彼の足跡はすぐに風に消され、まるで初めから存在しなかったかのようだった。
その夜、ミナは村長の家を訪ねた。老いた村長は炉の火を見つめながら彼女の話を聞いたあと、重い口を開いた。「その男、黒い外套に杖を持っていたと言ったね……それは“影の使い”と呼ばれる者かもしれん。王国滅亡の頃にも現れた。滅びと再生の狭間に、人を運ぶといわれる存在じゃ。」
「リオンに……危険が迫っているの?」
「分からん。ただ、一つ確かなのは、この村が再び“王の輪”の中に入ってしまったということじゃ。」
ミナは拳を握りしめた。「だったら私も、ただ待っているだけじゃ嫌です。リオンはきっと、何か大切な戦いをしてる。この村を守りながら、私もその輪に抗ってみせます。」
そう言うと、村長は古い木箱を差し出した。「これは昔、お前の家が代々守ってきた『灯火の護符』だ。王国の時代より伝わる希望の印。“滅びの王”が生まれる前、光の巫女がこれを掲げて闇を祓ったという。お前の母も、確かにこれを使った。」
ミナは箱を開けた。中には、淡く琥珀色に光る石が入っていた。それは月の石とは違い、暖かく柔らかな光を放っていた。「これが……」
「お前の中にも光の血が流れている。リオンが滅びと戦うのなら、お前はその対となる灯だ。」
ミナは護符を胸に抱いた。「リオン……あなたの光になる。」
その夜遅く、外では風が強まった。空には厚い雲がかかり、月が隠れている。村の外れの森から、不気味な気配が漂ってきた。ミナは灯を手に外へ出た。火の明かりの向こうに、人影が揺れている。
「誰?」と声をかけると、黒い霧が形を取り、人の姿へと変わった。赤い瞳が二つ、闇の中に浮かび上がる。
「また影……!」
霧の影は低く笑い、言葉を発した。「ルシエルの光の残滓……まだ生きていたか。あの王の傍らにいた巫女の血筋だな。」
「あなたは何者!」
「我はアスヴァルの眷属。お前の光を奪い、輪を閉じる者だ。」
霧が伸びて襲いかかる。ミナはとっさに護符を掲げた。石が別の光を放つ。柔らかいはずの光が鋭く輝き、影を照らした。悲鳴が上がり、霧が焼けるように弾けた。
「これが……灯火の力?」ミナの全身を光が包む。母の声が聞こえた気がした。
――迷うな、ミナ。その光は命そのもの。誰かを守りたいと願うほどに強くなる。
ミナは微笑んだ。恐怖はすでに消えていた。護符の光が次々と影を焼き払っていく。やがて霧がすべて消えた時、村の空気は澄み渡っていた。
村人たちが駆けつけ、口々に驚きの声をあげる。「ミナが……光を……!」
村長が杖をつきながら近づき、深く頭を下げた。「あの夜の巫女が、再び現れた……。これでこの村も、滅びの輪に呑まれずに済むかもしれん。」
ミナは胸の護符を見つめた。小さな灯はまだ淡く揺れている。その光の奥に、リオンの姿が浮かんだ。彼もまた、どこかでこの光を感じている気がした。
「リオン……。あなたが王の過去を背負うなら、私はこの灯火であなたの未来を照らす。必ず、どこかで繋がってる。」
空が少しずつ明るみ始めた。夜明けの風が柔らかく村を包む。ミナは丘に上がり、遥か西を見つめた。そこには見えないはずの遠い山々、そして旅を続ける一人の青年の幻影があった。
胸の奥で光が脈打つ。それは確かに、リオンの放つ“蒼き契約”の輝きと呼応していた。
彼女もまた、自分の戦いを始めたのだ。
(続く)
0
あなたにおすすめの小説
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
追放されたけど実は世界最強でした ~元下僕の俺、気ままに旅していたら神々に愛されてた件~
fuwamofu
ファンタジー
「お前なんか要らない」と勇者パーティから追放された青年リオ。
しかし彼は知らなかった。自分が古代最強の血筋であり、封印級スキル「創世の権能」を無意識に使いこなしていたことを。
気ままな旅の途中で救ったのは、王女、竜族、聖女、そして神。彼女たちは次々とリオに惹かれていく。
裏切った勇者たちは没落し、リオの存在はやがて全大陸を巻き込む伝説となる――。
無自覚にチートでハーレムな最強冒険譚、ここに開幕!
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
過労死コンサル、貧乏貴族に転生す~現代農業知識と魔法で荒地を開拓していたら、いつの間にか世界を救う食糧大国になっていました~
黒崎隼人
ファンタジー
農業コンサルタントとして過労死した杉本健一は、異世界の貧乏貴族ローレンツ家の当主として目覚めた。
待っていたのは、荒れた土地、飢える領民、そして莫大な借金!
チートスキルも戦闘能力もない彼に残された武器は、前世で培った「農業知識」だけだった。
「貴族が土を耕すだと?」と笑われても構わない!
輪作、堆肥、品種改良! 現代知識と異世界の魔法を組み合わせた独自農法で、俺は自らクワを握る「耕作貴族」となる!
元Sランク冒険者のクールなメイドや、義理堅い元騎士を仲間に迎え、荒れ果てた領地を最強の農業大国へと変えていく、異色の領地経営ファンタジー!
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる