半月の探偵

山田湖

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プロローグ

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「やっぱり、あなたと――って……」
「え? 誰と僕が?」
 太陽のような明るい存在感を放つ金髪の女性と月のように静かな黒髪のような少年。そんな2人の周りを桜の花びらが雪が降るかのようにゆっくりと散っていく。実際には桜の花が散るスピードは秒速1.4メートル程らしいが、なぜかその時は本当にゆっくりに見えたのだ。黒髪の少年は散って地面に落ち、泥に汚れた桜の花びらを眺めていた。どんな姿になっても美しいものは美しい。そうその女性は前に言っていたが、泥に濡れた桜の花びらはとても美しくは見えなかった。
 黒髪の少年の問いに微笑みで返したその女性は羽織っていたコートを脱ぎ、少年の肩にかける。
「これ、あなたにあげるわ。夏用もあるわよ」
「え……」
 それってどういう……と問おうとしたその少年の声を遮り、向日葵のような笑顔のままその女性は少年に告げる。
「私がいなくなったら、あなたは自由よ」
「いなくなったらって、そんな……」
 黒髪の少年の声が震えを帯びていく。そこにあるのは恐怖なのだろうか。

 その女性はそれを見て少し考え込んだ。その表情は若干苦しそうに見える。
「じゃあ、ヒントをあげる。もし、私が居なくなったら……私の机の引き出しを開けて。そこが示す場所に私がいる。でも……覚悟は決めておいてね」
「覚悟?」
「そう。そして、覚えておいて。あなたと――は……」









 2年後、混乱の日。

「やはり、そこに立つのは君だったか」
 一人の男が来訪者に向けて背中を向けたままそう話す。

――東京が、世界有数の大都市が闇に包まれている。非常用電源が作動したのか明かりが戻っている建物もちらほらあったが、まだ星々が普段の数十倍以上はっきり見える位には暗かった。
 


 その中でガラス張りの部屋に浮かぶ人影が二つ。長い階段とエレベーターを使ってその部屋に入ってきた来訪者の影はまだ幼さを残しており、それを背中で迎える影は完全に大人だった。

 星々の明かりと月明かりでその建物の中はぼんやりと明るい。

「なつかしいね、あの日もこんな半月が浮かぶ日だったな。いまでもあの日の事を思い出すことができるよ。あれは刺激的な夜だった。それに、美しい女性だったね」

 美しい女性、という言葉を聞いた途端、来訪者の出す雰囲気が一変する。氷のように冷たい、されど炎のような激情を含んだ殺気がこの場を支配する。

 しかし、迎える影はその殺気を意に介していないかのように、来訪者に告げる。
「さあ、こっちも時間が無い。東京の終焉まで時間が無いんだからね。だから君は今自分が持てる最大限を持って潰す。これが君にできる最後のはなむけだ。でも、君も無抵抗のままやられないだろう? 足の運び方からある程度武装していると見た」

 そして、迎える影はその顔を来訪者の方に向ける。その瞬間、迎える影から、来訪者の放つ殺気を塗り替えるような、完成した一枚の絵を白い絵の具で塗りつぶしてしまいそうな重圧が解き放たれる。

「それじゃあ、推理劇の幕を上げる者と幕を引く者……その最後の戦いを始めるとしよう」

 少し楽しそうに迎える影が来訪者にそう高らかに告げた。

 そして、その2秒後。1発の銃声が空気を切り裂き、その部屋に響き渡った。








 3月30日...
 その日は、東京が闇に包まれた暗黒の日。
 その日は、東京の崩壊が危ぶまれた災厄の日。

 そして、その日の夜は一人の少年の因縁に決着が着いた



 ――運命の夜。



 
   
 
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