半月の探偵

山田湖

文字の大きさ
35 / 53
第三夜 伝説の贋作

獣と踊らされる人形

しおりを挟む
 息が切れる、視界が真っ白になる、足が痛む、息が切れる、視界が真っ白になる……この循環を繰り返しながら白谷透はパトカーのある地下駐車場まで下りていた。エレベーターを待つということは思い浮かばなかった。近くに地下に降りることができる階段があったから走って下っている、それだけ。だが白谷の人生の中でここまで全力で走ったことはないのではなかろうか。

「そんなはずはない、まさか……ははっ」乾いた笑いが漏れる。脳が精神の均衡を保つために出したものだったが、やはり去来する不安には勝てなかった。

――切り裂きジャック、その模倣犯による最後の殺人事件は今まで犯行の舞台となっていた新宿ではなく、そこから総武線で3駅も離れた中野で起きた。
 そして、その場所は……白谷と白谷の姉である怜理、そしてその夫の住む一軒家。これが意味すること、それは姉か宗吾がこの惨劇に巻き込まれたことだった。

「多分、死体を家に……捨てたんだっ!そうだ……そうに違いない」
 その可能性は限りなく薄い。だがこの時の白谷は本気でこう思いこんでいた。
 白谷はシートベルトをし、パトランプを点灯、エンジンをかけ、アクセルを踏んだ。視界の隅に駐車場に到着した大津たちが何か言っているのが分かるが気に掛ける暇はない。パトカーは法定速度を超えたスピードで加速していった。



「おいおい、途中で事故起こすんじゃないだろうな」
 唯我がエレベーターに乗りながらながら、業平に言う。パトカーのタイヤが駐車場をこする音が閉鎖された環境にあるエレベーターまで聞こえてきた。
「まあ、サイレンの音聞こえたしある程度は大丈夫じゃないか?」
「あの刑事、すごい慌てようだったな」
「当たり前だろっ!俺だって家族が事件に巻き込まれたって分かったらこうなると思う」
 怒る業平に唯我はため息をつきながら少し声のトーンを落として言った。
「人間は理性を失った瞬間、化け物みてえになる」
「それがどうかしたのか?」業平は階段を駆け下りながらも意識は唯我の方に向けていた。なにか重要なことを言わんとしていることだけは慌てている頭でも十分に理解できる。

「あの刑事、おんなじことするかもしれないな。今回の犯人に」
「え? てか化け物って……」
「前にも見たことがあんだよ。交番勤務の時に。獣みたいな鳴き声がするっていうんで行ってみたら……。そこに、呆然とした白髪のガキがな、居たんだ。あの時のガキの目はやばかった。光を失っててな。今でこそだいぶ持ち直したのか知らねえけど、それでもたまに見るとすごいゾッとするんだ。なんて言うかすごいちぐはぐな感じだ。操り人形みたいに」
「ちぐはぐ……」
 業平はこれが誰の事を指しているのかよく分からなかった。





 彼と白谷を除く刑事局の刑事と刑事局と仕事をしていた新宿警察署の刑事は、2手に分かれてパトカーに乗り込んだ。
「まさか……透の……」
「いまはそんなこと考えるな……」
 震えた声でつぶやく国本を大津が叱咤する。だが大津の顔も少し青くなり、声も力がこもっていない。
 彼も白谷があそこまで冷静さを失った姿を見たことが無かった。それに彼よりもずっと白谷と過ごした時間の長い刑事局の面々もあの姿の白谷を見たことが無い。


「こんな時、あの人だったらどうしているのだろう」彼は流れていく景色を見ながらそう考えていた。
 パトカーはその車体に都会の景色を歪めて映し出していった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...