半月の探偵

山田湖

文字の大きさ
36 / 53
第三夜 伝説の贋作

吠えることしか能のない駄犬

しおりを挟む
――桜の花びらは散っても死んでも美しい、そんなことを誰かが口にしていたのを覚えている。どんなに土で汚れようとも、踏みつけにされようとも気高き存在感を誇るとも。

 なぜ急にそんなことを思い出したのだろう。押し寄せる緊張と不安、絶望に支配された色のない濁流にのまれながら、なぜそんなことを急に……。


 だが、それでも今一つだけ言えることがある。

 「そ……んなの……嘘じゃないか……全部、全部、全部、全部、全部っ!!」

 白谷透は、耳元で上がった獣にも似た絶叫が自分の物であると気づいた時、虚無に汚染された瞳で見慣れていたはずの家の天井を見上げて呟いたのだった。





「透!! っ!!」「白……」
 誰かが大声で中にいる者に呼びかけるが、驚きとショックのあまり咽頭が縮小してしまったのか、その後は発声できなかった。先の二言は国本と彼による物だ。

「うっぷ……うう、こ……れは」
 現場に入った彼らが見たもの……それはこの連続殺人事件の中で最も惨いといえる死体だった。テーブルの上には人の原形を留めていない遺体が寝かされており、その横には内臓らしきものが丁寧に並べられたうえに椅子の横には肉片が積み上げられている。
 その前には茫然自失となっている白谷の姿があった。テーブルの上にある遺体に手を触れようとしているがその手はむなしく空を切るのみであった。姉に手を触れたくても、脳が目の前に広がる赤い鮮血と人間の亡骸で構成された光景と関わりたくないと判断を下しているため完全に肘が伸び切らないのだ。
……白谷はそうした自分も含めて目の前の惨劇を受け入れることができていない、いや受け入れたくないのかもしれない。

「努、有栖……外に出してやれ……」
 そう捻りだすように指示を出した大津の声は表情をうかがい知れぬ、無表情なものだった。国本と冬木もうつむき加減に無言で白谷を持ち上げるようにして抱え、外に運び出そうとする。白谷を抱える二人の体は恐怖のあまり震えていた。白谷はその間、操り手のいない人形のようにぴくりとも動かなかった。

 涙を一滴だけ、かつての楽園に残して。

 白谷が二人によって外に運び出されたのを見た大津は彼の方に目を向ける。これから言おうとしていたことは警察全体の士気を下げかねない。
「それから匠君……どうやら俺たちは……」
 負けたらしいと言おうとした大津の言葉に割り込むようにして、彼は静かに、だが前の惨劇を見据えながら言う。
「まだ……ですよ。だって相手がどれだけ凶悪でも、他人より優れていても、一回捕まえてしまえば警察の勝ちだと……師匠は言っていました」
 その声は冷静さを帯びていたが、だんだんと震えてきている。
「それ……でも……これは……こ……れはこんなのって……あまりにも……」
 そして、彼はブロックを積み重ねてできた建物が、なんの考えもない子供の無垢な手によって崩壊されたかのようにその場に崩れ落ち、膝をつく。
「匠君」
 大津は彼を起こそうとして肩を持とうとしたが、「は……」と手を置くのをためらった。
 なぜなら、彼から氷のように冷たく、そして炎のような殺気が出ていたからだ。その殺気は現場を燃やし尽くしてしまうように広がっていく。目は極限まで開かれ血走り、息は荒い。血が出るのではないかというほどこぶしを握り締め、わなわなと震わせている。そのままよろめくようにして立ち上がった。灰色のコートが揺れる。
 今の彼は、白谷の姉の死体を見据えながらも、鏡恭弥の手によって殺され、弄ばれた師匠の姿を思い出していた。これまで様々な犯罪者を見てきているが人を好き勝手に弄び、そして亡骸までも凌辱するようなこの世の屑みたいな連中には反吐が出る。

「絶っ対に……豚箱にぶち込んでやるよ。模倣犯風情の価値のない虫けらがあ!!!」

 普段の冷静さと年相応に子供らしさのある仮面は剥がれ落ち、憤怒を全面に出した彼、半月の探偵がそこに立っていた。

 近隣から応援で急行してきた何台ものパトカーの赤いランプが陰惨な現場をこれ以上ないほどに赤く、赤く染め上げていた。
 大津は密かに、そのまま彼が殺気で現場を燃やし尽くし、最初からすべて無かったことにはできないかと、被害者も含め誰も傷つかない世界は作れないのかと、その時は本気でそう思っていた。


 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...