半月の探偵

山田湖

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第三夜 伝説の贋作

毎日を自分で生きるために

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「やっぱり、ここにいたか。いずれお前は一度得た快楽に溺れて、切り裂きジャック以上の回数の殺人を犯すことになると思っていたよ。……だからもうそれ以上は進むんじゃあない。やめとけ」

 ……そう、路地裏の人影に呼びかけた。





 ――5日前。

「むぎゅ~」
「……何してるんですか? 色堂さん。手を顔に当てて」
 彼は両手を頬に当てて、会議室のいつもの席で座っている色堂を見て問う。そのコンマ数秒後、彼は絶対にこれは聞いてはいけないことだと遅れて悟った。色堂が凄い形相でこちらを見る。
「何してるもこうも、マフィアの方との交渉が長引いてるのよ!! なんであんな強面の殿方と交渉しなきゃならんのよー!! 腕組んでこっち見下ろしてくんの怖いんだけど!!」
 そう言って色堂は彼の肩を掴み、思いっきり前後する。彼が時々思うことだが色堂は彼の師匠と行動や性格、言動が非常に似ており、若干人見知りで大人しい彼がついつい心を許してしまいがちになる女性である。
「あのマフィア、全員摘発できないのかよ?」
「まあ、摘発したらしたらであちらの国がどういってくるかわからんしなあ……」
 ぼやく刑事たちの声が聞こえる。今の刑事達に国際問題まで踏み込める勇気がある者は一人としていないだろう。

「ただ、マフィアだったとしたら、少しおかしな点があるのよねえ」
 先ほどの声音とは打って変わった、凪いだ水面に水を一滴落としたような声で考えこむ。
「おかしな点?」
「うん。今回は報道規制が引かれたからいいけど、普通だったらあんなエグイ殺人事件が起きた場所に行きたいって人は多くはないじゃない? ということは……?」
 彼もここで色堂が言わんとしていることに気づいた。
「あ、お金を落とす人が少なくなる……ということか」
「そゆこと。いかにマフィアでもお金が無いとやっていけないでしょ? その金を運ぶ一般人を遠ざけちゃってどうするのって話よ」
「組織の事を考慮に入れない私怨による犯行、という可能性もあり得るけどね」と色堂は付け足した。色堂の言う通り、マフィアの構成員が犯人だっとしたら、この殺人という行為は墓穴を掘ったことになる。

 周りを見渡すと疲労の色が濃くなった刑事たちの顔が彼の目に映る。今回のような長丁場な事件を経験した刑事達は決して多くはないのだろう。

「こりゃあ、ひどいな」
 いつものように家族に連絡をしてきたらしい大津が薄く笑いながら入ってくる。心の底からの笑いというよりかは自分の精神を安定に保つために無理に笑っているように見えた。大津も疲労を顔にこそ出さないものの肩を執拗に揉んだり、目頭を押さえている辺り、結構疲れが蓄積されてきているのかもしれない。その手には缶コーヒが握られており、色堂と彼に手渡す。
「まあ、嫌がらせのようなタイミングでガス管の工事やってるからなあ。昼寝しようにも寝れんだろ」
 窓の外から地面を削る音が断続的に聞こえてきており、窓を閉めてもその音は刑事達のところまで貫通し、集中力を削り、寝ようとする者の睡眠を本格的に阻害しに来ている。
「確か、ガス管の周辺に地下施設を作って、ガス交換とか何か問題があった時に早急に対応できるようにとのことらしいけど……何か意味あるのかしらねえ。半年ぐらい前からやってるじゃないのよ」
 色堂が頬杖をつきながらぼやく。
「しかし、ここまで厳戒態勢が長期化するのも珍しいな。こんなこと6年前の連続殺人事件以来だぞ」
「6年前の連続殺人事件?」
 このワードに彼が疑問を持った。少し食い気味に大津に聞く。
「ああ。確か君の師匠がA級協力者になる少し前の事件だなあ。結局犯人捕まってないけど。もしかしたらそいつが今回の犯人かもしれんなあ。手口、だいぶ違うけど」

 そうやって話していると、今まで重苦しかった会議室の空気が、さらにどんよりとしたものになる。彼は雨が降る直前のような空気の中にいる感覚になった。

 白谷が入ってきたのだ。その顔に今までのような生気はなく、ただロボットのように下を向いて歩いていた。右足と左足がプログラミングされたかのように交互に動いている。
「ねえ、透?」
 白谷が会議室に入ったのを確認したらしい国本が話しかけるが白谷は下を向いたままだ。
「あのさー今日、この後……」「なにか……」
 そのまま、国本が白谷に話しかけ続けていると、突如として白谷が立ち上がり、机を思いきり「バン!!」と叩いた。その音は会議室を音速で駆け巡り、刑事達の注目は一気に二人の方へと向いていく。
 白谷はその後、国本に何をするでもなく、先ほどと同じようにふらつくようにして会議室を後にする。

「透、どうしちゃったのよ」
 国本が今にも泣きそうな顔をして椅子にへたり込んだ。椅子がきしむ音がする。何人かの刑事達は見回りやパトロールに行く際、そっと国本の肩を叩いて出ていった。
「まあ、実の姉があんな風にして殺されたんだ。ああなるのは仕方がない。でも、有栖、ありがとうな。透を元気づけようとしてくれて」
 大津が柔らく告げる。もう誰も白谷の事を責めることができなかった。

 彼はこの一連の光景を見て、あの時――師匠が夢幻のようにこの世から消え去った日を思い出していた。今の白谷は、あの時の自分と同じなのだ。あの時は世界の全てが敵に見えたし、かけられる悔やみの言葉や憐みの目など気休めにもならなかった。
 彼があの日を通して学んだことは『死は断絶である』ということだ。どんなに綺麗な死であっても、英雄的な死にざまでも、犬死に等しい死であっても、死は死なのだ。美麗美句の厚化粧を施してもそれは変わらない。どんなに泣いても苦しんでも死んだ人はもう自分に笑いかけてくることもないし、言葉をかけてくれることもない。そして残された者は、その現実を乗り越え、立ち上がり、必ず巡ってくる毎日を生きなければならない。

『だからね、匠? 何があっても、一度落ち着いて目を背けずゆっくりと全体を俯瞰しなさい。そして、分析して、自分に何ができるかを考える。こうすれば大体の物事なんてどうとでもなるのよ。……あ、今日のご飯の予定は? え、カレー? やっぴー☆』
 彼は師匠が言っていたものを考え、行動する基本を思い出した。前髪を軽く掴んでゆっくりと全体を見回す。
「分かっていますよ、師匠。俺は今、何をすべきか……」


 彼が今すべきことは、切り裂きジャック、その模倣犯の逮捕。

――そして、姉との断絶の日に閉じ込められている白谷を助け出し、毎日を生きられるようにすること。

 これだけは冷徹で合理的な「半月の探偵」では無理なことだ。白谷を助け出せる可能性があるとすれば、「半月の探偵」ではない、中学生としての彼による説得、それでも無理ならに頼るしかない。

「師匠のようにはうまくはできないけど……やるしかないんだよ。匠」
 そして少し怖気づいている、もう一人の自分に声をかけたのだった。





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