半月の探偵

山田湖

文字の大きさ
39 / 53
第三夜 伝説の贋作

猟犬

しおりを挟む
 結果から言おう。中学生としての彼でも白谷を刑事に戻すことは難しかった。
 どんなに彼が話しかけても無視を決め込み、それでも彼があきらめず話しかけ続けた結果、「話しかけないでもらえるかな?」と目も合わせず、そう拒絶された。これにより、ただでさえ強くはない彼のメンタルは粉々に砕けちった。

「あーもう無理無理、無理だって」
 彼は廊下でぐるぐる回りながら今後について考えた。まずはあの手を使う必要があるのだが……。
「ワンチャン、逆効果なんだよなあ。あの警視総監殿のことだから」
「おお、なかなか骨が折れそうだねえ」
 大津が苦笑を顔に張りつけて、彼に灰色のコートを手渡す。綺麗におり畳まれた状態だった。
 風が空間を裂き、その音の波が一直線になるころには、彼は警察の人間になっていた。
「とりあえず、後のことは警視総監どのに任せて、僕たちは行くとしましょうか」
「行くって、どこへ?」
「白谷怜理さんの夫、烏丸宗吾さんの病院へ、です」
 彼は薄く笑いながら、廊下を歩いて行った。







「こんなところにいたのか」
 警視庁の屋上に影が2つ。風の音が反響し続けている。
「白谷君」
「あ……警視総監」
 抜け殻のような白谷とすべての警察職員を束ねる長である赤神が相対する。時刻は21時。警視庁の電波塔とビル群からの明かり、そして遥か頭上の月が2人を照らし出していた。辺りには誰の姿も見受けられない。
「なんですか?」
 白谷がぶっきらぼうに吐き捨てるように聞く。相手が警視総監であることは理解しているのか無視はしなかったが、その聞き方は思慮に欠けていた。上司への態度がなっていなかったと言い換えてもいい。
 本来であれば、𠮟責ものである返し方だったが、赤神は特に気にしない。それは白谷相手だろうと、警察官になったばかりの人間が相手であろうとだ。赤神は礼儀云々や職場関係という狭い次元には生きていない。
 だから……
「ちょっと君を連れ戻しにな。姉が殺されてそうなっていることは知っている。まあ仕方がない。誰であれ喪失感というものは人間に欠かせないものだ」
 姉、という単語に白谷が反応する。赤神を睨みつけるように視線を向けた。
「お前……」
 赤神は白谷を見下ろし、薄い、三日月のような笑みを張り付け、そして、


「だっせえなあ」


……そう言い切った。


「っ!!」
 赤神の言葉を聞いた直後、白谷は赤神に殴りかかっていた。もう相手が目上の人間であることなど頭から抜け落ちている。
 ぱしーんと歯切れのいい音が屋上に響き渡る。風が音を立てて吹いていても聞こえるほどなのだから、白谷は全力で赤神に殴りかかったのだろう。
 その全力で振るわれた白谷の拳はキャッチャーミットに収まったボールが如く、赤神の手に握られていた。

「なんだ、まだ殴れるぐらいには力残っているじゃないか」
「黙れ!! お前、今なんて言った!!?」
 白谷が叫ぶ。
「だっせえなあとそう言った」
「っ!!」
「いいか? 今のお前は限りなく、ださい。姉が殺された、その辛さは分かるさ。当たり前だ、あんな風に切り刻まれていたら、無関係な人間でも辛くなる」
 赤神は白谷に言葉の滝を浴びせ続ける。
「だけどなあ、いつまでそうやってうじうじし続けている気だ? 天国にいるお前の姉はお前がそんなになって苦しくないと思うか?」
「お前に……お前に俺の何が!!?」
「分かるさ。大切な人を殺された気持ちは身に染みてな。けれど幸運なことにお前は刑事だぞ!!」
「幸運、だと?」
「ああ。お前は姉を殺した犯人に逮捕という形で復讐することができる。姉を殺した犯人の自由を何年も奪うことができる。ああまあ、死刑になるかもしれないけどな。それはお相子ってことで」
 赤神は握っていた白谷の手を放す。その手は、今にも動きが止まりそうな、はりこのように宙ぶらりんになった。
「これは姉の敵討ちだ。男として、残されたものとしてこれほど成し遂げてかっこいいことが他にあるか? いや、ないと俺が断言する。そうやって泣き続けてもいいが、それだとお前はダサいままだ。いつまでも被害者の枠にはまったままだぞ」
「……いつまでも、被害者……」
 白谷は倒れるようにフェンスにもたれかかる。そして、手を顔に当てる。その目にはだんだんと光が戻ってきつつあった。

「猟犬になれ、白谷」
「………………」
「犯人に噛みついて、決して離さない猟犬に」
「…………………………は……い」
 長い長い沈黙の後、白谷は立ち上がり警視総監を見据える。抜け殻に魂が戻ってきただけではなく、その姿は前より幾分か強くなって見えた。
 それを見た赤神は満足そうに微笑み、白谷に背中を向ける。そして、そのままぽつりぽつりと呟きだした。
「俺がお前の気持ちを分かるっていたのはな、俺もお前みたいになったことがあるからだ」
「そうなんですか?」

「ああ、俺は6年前に娘を殺されている。社会人になって結婚を控えていた、大切な一人娘を。鏡恭弥が本格的に介入した6年前の連続殺人事件でな」

 その呟きは月明かりの強い夜へと溶け出していった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...