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第三夜 伝説の贋作
猟犬
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結果から言おう。中学生としての彼でも白谷を刑事に戻すことは難しかった。
どんなに彼が話しかけても無視を決め込み、それでも彼があきらめず話しかけ続けた結果、「話しかけないでもらえるかな?」と目も合わせず、そう拒絶された。これにより、ただでさえ強くはない彼のメンタルは粉々に砕けちった。
「あーもう無理無理、無理だって」
彼は廊下でぐるぐる回りながら今後について考えた。まずはあの手を使う必要があるのだが……。
「ワンチャン、逆効果なんだよなあ。あの警視総監殿のことだから」
「おお、なかなか骨が折れそうだねえ」
大津が苦笑を顔に張りつけて、彼に灰色のコートを手渡す。綺麗におり畳まれた状態だった。
風が空間を裂き、その音の波が一直線になるころには、彼は警察の人間になっていた。
「とりあえず、後のことは警視総監どのに任せて、僕たちは行くとしましょうか」
「行くって、どこへ?」
「白谷怜理さんの夫、烏丸宗吾さんの病院へ、です」
彼は薄く笑いながら、廊下を歩いて行った。
「こんなところにいたのか」
警視庁の屋上に影が2つ。風の音が反響し続けている。
「白谷君」
「あ……警視総監」
抜け殻のような白谷とすべての警察職員を束ねる長である赤神が相対する。時刻は21時。警視庁の電波塔とビル群からの明かり、そして遥か頭上の月が2人を照らし出していた。辺りには誰の姿も見受けられない。
「なんですか?」
白谷がぶっきらぼうに吐き捨てるように聞く。相手が警視総監であることは理解しているのか無視はしなかったが、その聞き方は思慮に欠けていた。上司への態度がなっていなかったと言い換えてもいい。
本来であれば、𠮟責ものである返し方だったが、赤神は特に気にしない。それは白谷相手だろうと、警察官になったばかりの人間が相手であろうとだ。赤神は礼儀云々や職場関係という狭い次元には生きていない。
だから……
「ちょっと君を連れ戻しにな。姉が殺されてそうなっていることは知っている。まあ仕方がない。誰であれ喪失感というものは人間に欠かせないものだ」
姉、という単語に白谷が反応する。赤神を睨みつけるように視線を向けた。
「お前……」
赤神は白谷を見下ろし、薄い、三日月のような笑みを張り付け、そして、
「だっせえなあ」
……そう言い切った。
「っ!!」
赤神の言葉を聞いた直後、白谷は赤神に殴りかかっていた。もう相手が目上の人間であることなど頭から抜け落ちている。
ぱしーんと歯切れのいい音が屋上に響き渡る。風が音を立てて吹いていても聞こえるほどなのだから、白谷は全力で赤神に殴りかかったのだろう。
その全力で振るわれた白谷の拳はキャッチャーミットに収まったボールが如く、赤神の手に握られていた。
「なんだ、まだ殴れるぐらいには力残っているじゃないか」
「黙れ!! お前、今なんて言った!!?」
白谷が叫ぶ。
「だっせえなあとそう言った」
「っ!!」
「いいか? 今のお前は限りなく、ださい。姉が殺された、その辛さは分かるさ。当たり前だ、あんな風に切り刻まれていたら、無関係な人間でも辛くなる」
赤神は白谷に言葉の滝を浴びせ続ける。
「だけどなあ、いつまでそうやってうじうじし続けている気だ? 天国にいるお前の姉はお前がそんなになって苦しくないと思うか?」
「お前に……お前に俺の何が!!?」
「分かるさ。大切な人を殺された気持ちは身に染みてな。けれど幸運なことにお前は刑事だぞ!!」
「幸運、だと?」
「ああ。お前は姉を殺した犯人に逮捕という形で復讐することができる。姉を殺した犯人の自由を何年も奪うことができる。ああまあ、死刑になるかもしれないけどな。それはお相子ってことで」
赤神は握っていた白谷の手を放す。その手は、今にも動きが止まりそうな、はりこのように宙ぶらりんになった。
「これは姉の敵討ちだ。男として、残されたものとしてこれほど成し遂げてかっこいいことが他にあるか? いや、ないと俺が断言する。そうやって泣き続けてもいいが、それだとお前はダサいままだ。いつまでも被害者の枠にはまったままだぞ」
「……いつまでも、被害者……」
白谷は倒れるようにフェンスにもたれかかる。そして、手を顔に当てる。その目にはだんだんと光が戻ってきつつあった。
「猟犬になれ、白谷」
「………………」
「犯人に噛みついて、決して離さない猟犬に」
「…………………………は……い」
長い長い沈黙の後、白谷は立ち上がり警視総監を見据える。抜け殻に魂が戻ってきただけではなく、その姿は前より幾分か強くなって見えた。
それを見た赤神は満足そうに微笑み、白谷に背中を向ける。そして、そのままぽつりぽつりと呟きだした。
「俺がお前の気持ちを分かるっていたのはな、俺もお前みたいになったことがあるからだ」
「そうなんですか?」
「ああ、俺は6年前に娘を殺されている。社会人になって結婚を控えていた、大切な一人娘を。鏡恭弥が本格的に介入した6年前の連続殺人事件でな」
その呟きは月明かりの強い夜へと溶け出していった。
どんなに彼が話しかけても無視を決め込み、それでも彼があきらめず話しかけ続けた結果、「話しかけないでもらえるかな?」と目も合わせず、そう拒絶された。これにより、ただでさえ強くはない彼のメンタルは粉々に砕けちった。
「あーもう無理無理、無理だって」
彼は廊下でぐるぐる回りながら今後について考えた。まずはあの手を使う必要があるのだが……。
「ワンチャン、逆効果なんだよなあ。あの警視総監殿のことだから」
「おお、なかなか骨が折れそうだねえ」
大津が苦笑を顔に張りつけて、彼に灰色のコートを手渡す。綺麗におり畳まれた状態だった。
風が空間を裂き、その音の波が一直線になるころには、彼は警察の人間になっていた。
「とりあえず、後のことは警視総監どのに任せて、僕たちは行くとしましょうか」
「行くって、どこへ?」
「白谷怜理さんの夫、烏丸宗吾さんの病院へ、です」
彼は薄く笑いながら、廊下を歩いて行った。
「こんなところにいたのか」
警視庁の屋上に影が2つ。風の音が反響し続けている。
「白谷君」
「あ……警視総監」
抜け殻のような白谷とすべての警察職員を束ねる長である赤神が相対する。時刻は21時。警視庁の電波塔とビル群からの明かり、そして遥か頭上の月が2人を照らし出していた。辺りには誰の姿も見受けられない。
「なんですか?」
白谷がぶっきらぼうに吐き捨てるように聞く。相手が警視総監であることは理解しているのか無視はしなかったが、その聞き方は思慮に欠けていた。上司への態度がなっていなかったと言い換えてもいい。
本来であれば、𠮟責ものである返し方だったが、赤神は特に気にしない。それは白谷相手だろうと、警察官になったばかりの人間が相手であろうとだ。赤神は礼儀云々や職場関係という狭い次元には生きていない。
だから……
「ちょっと君を連れ戻しにな。姉が殺されてそうなっていることは知っている。まあ仕方がない。誰であれ喪失感というものは人間に欠かせないものだ」
姉、という単語に白谷が反応する。赤神を睨みつけるように視線を向けた。
「お前……」
赤神は白谷を見下ろし、薄い、三日月のような笑みを張り付け、そして、
「だっせえなあ」
……そう言い切った。
「っ!!」
赤神の言葉を聞いた直後、白谷は赤神に殴りかかっていた。もう相手が目上の人間であることなど頭から抜け落ちている。
ぱしーんと歯切れのいい音が屋上に響き渡る。風が音を立てて吹いていても聞こえるほどなのだから、白谷は全力で赤神に殴りかかったのだろう。
その全力で振るわれた白谷の拳はキャッチャーミットに収まったボールが如く、赤神の手に握られていた。
「なんだ、まだ殴れるぐらいには力残っているじゃないか」
「黙れ!! お前、今なんて言った!!?」
白谷が叫ぶ。
「だっせえなあとそう言った」
「っ!!」
「いいか? 今のお前は限りなく、ださい。姉が殺された、その辛さは分かるさ。当たり前だ、あんな風に切り刻まれていたら、無関係な人間でも辛くなる」
赤神は白谷に言葉の滝を浴びせ続ける。
「だけどなあ、いつまでそうやってうじうじし続けている気だ? 天国にいるお前の姉はお前がそんなになって苦しくないと思うか?」
「お前に……お前に俺の何が!!?」
「分かるさ。大切な人を殺された気持ちは身に染みてな。けれど幸運なことにお前は刑事だぞ!!」
「幸運、だと?」
「ああ。お前は姉を殺した犯人に逮捕という形で復讐することができる。姉を殺した犯人の自由を何年も奪うことができる。ああまあ、死刑になるかもしれないけどな。それはお相子ってことで」
赤神は握っていた白谷の手を放す。その手は、今にも動きが止まりそうな、はりこのように宙ぶらりんになった。
「これは姉の敵討ちだ。男として、残されたものとしてこれほど成し遂げてかっこいいことが他にあるか? いや、ないと俺が断言する。そうやって泣き続けてもいいが、それだとお前はダサいままだ。いつまでも被害者の枠にはまったままだぞ」
「……いつまでも、被害者……」
白谷は倒れるようにフェンスにもたれかかる。そして、手を顔に当てる。その目にはだんだんと光が戻ってきつつあった。
「猟犬になれ、白谷」
「………………」
「犯人に噛みついて、決して離さない猟犬に」
「…………………………は……い」
長い長い沈黙の後、白谷は立ち上がり警視総監を見据える。抜け殻に魂が戻ってきただけではなく、その姿は前より幾分か強くなって見えた。
それを見た赤神は満足そうに微笑み、白谷に背中を向ける。そして、そのままぽつりぽつりと呟きだした。
「俺がお前の気持ちを分かるっていたのはな、俺もお前みたいになったことがあるからだ」
「そうなんですか?」
「ああ、俺は6年前に娘を殺されている。社会人になって結婚を控えていた、大切な一人娘を。鏡恭弥が本格的に介入した6年前の連続殺人事件でな」
その呟きは月明かりの強い夜へと溶け出していった。
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